松野おそ松の隣にいた彼女は無邪気な笑みを浮かべ楽しそうに歩いていた。
弱井トト子の隣の彼もまた、無邪気に楽しそうな笑顔を浮かべ歩く。2人の姿はまるで1枚の絵を見ているかのように美しく瞳に映った。
お似合いだな、素直にそう思う。
「………いいなぁ」
私が隣を歩いていたらいいのに。
***
静かなカフェの静かな空間は好きだ。ゆったりとくつろげるから。
窓際のソファー席を選びそこに座ってガラス越しに見える通行人を眺める。寒い街を駆け足で歩く人々を見ながらふぅっと息を吹きかけ湯気が出ているお茶を冷ます、湯気が少なくなった瞬間、少量のお茶を口に含んだ。口の中に大好きな味が広がり、それと同時に熱さも広がる。やっぱりまだまだ熱かった。ちょっとだけ舌を火傷したかもしれない。
ヒリヒリする舌を感じながらガラス越しの風景を眺めていればふわっといい香りが私の鼻をくすぐった。
「はい、アップルパイ」
目の前に置かれたこんがりと焼けあがったきつね色のアップルパイ。いい匂いが充満し、生唾を飲み込む。この大好きなアップルパイを運んでくれたのはこのお店でアルバイトしている松野トド松くん。彼と私は中学生の頃の同級生。
「ありがとうトド松くん」
「こちらこそ。いつも来てくれてありがとうね」
笑顔でお礼を言えば彼も笑顔を返す。それから「そろそろアルバイト上がる時間なんだ。良かったら一緒に遊ばない?」と言葉を続ける。私はふたつ返事でその誘いに乗り、彼のアルバイトが終わるまでアップルパイを食べながら待つことにした。
小さなフォークを手に取りパイを一口サイズに切り分ける、ふんわり香るパイの匂いが心地いい。口に運べば身体中に幸せが広がる。そうそう、食べたかったんだ、この味。アップルパイを頬張り笑みを浮かべる私。
外を歩く通行人は、きっとニマニマ笑う私を変な人だと思いながら見ているだろう。それでも気にせずニマニマ笑いながらアップルパイとお茶を口の中へと運ぶ。
大好きなカフェで、大好きなお茶とアップルパイに囲まれて優雅に過ごすこの時間は世界で1番幸せな時間かもしれない。ポカポカしてきた体でそんなことを思った。
さてもう一口食べようとフォークを伸ばした時、視界に映った。幸せにヒビが入る光景が。
「寒いなぁトト子ちゃん!」
「ほんと寒いねーおそ松くん!」
「寒いからくっついていい!?」
「やだ!そんなくっつかないでよー!」
ガラス越しに見えた寄り添うように歩く男女の姿、寒い街並みに無邪気に笑う暖かそうな2人は浮いて見えた。楽しそうで、あったかそうで、幸せそうで。2人の姿に目を奪われる。
いいな。
「なりたいな」
溢れた本音。
「なりたいって何に?」
「えっ」
いつの間にか、バイトを終えたトド松くんが後ろに立っていて、不思議そうに私を見つめていた。誰かいたの?と外に視線を移した彼、すぐに「あれ」と声に出す。きっと、外にいる2人を見つけたんだろう。
向かい側の席に座ってガラスを覗き込むトド松くん、それからやっぱりそうだと言いながら私に視線を移す。
「おそ松兄さんとトト子ちゃんいたね」
外を歩いていたのは彼の兄でもある松野おそ松と、その幼馴染の弱井トト子。2人は私の友達でもある。
「なりたいって何? あの2人に?」
勘が鋭いトド松くんに苦笑しながら「羨ましいなって思って」と声に出した。彼は首を傾げて宙を見る。何を考えてるんだろう。気になるけど、あえて聞かない。
私が残りのアップルパイを食べようとまた一口切り分けた時、「そういうことか」と何かに納得したかのようなトド松くんの声が聞こえてきた。
「あーなるほど。ふーん、なんか意外だなぁ」
「何が?」
「いや?なりたいって羨ましくなるぐらい好きなんだなぁって」
トド松くんの言葉にフォークを持つ手が震えた。
「………気づいた?」
「バレバレ」
笑顔を作れば彼もまた、笑顔を返す。私の笑顔とは全く違う意地悪そうな笑顔を。
「大丈夫だよ、誰にも言わない。僕口かたいし」
「なら良かった」
「ちなみにいつから?」
「中学からかな」
答えれば前に座った彼は目を丸くする。彼の表情におかしくなって小さく笑ったあと震える手で切り分けたアップルパイを口に含んだ、美味しさは変わらない。
「長っ………全然知らなかったー………」
「長いかな?」
「長いよ。心変わりとかなかったの?」
「無かった。他に心奪われる人なんて現れなかった」
また目を丸くするトド松くん、その視線が少しだけ痛い。目の前に置かれた大好きなアップルパイとお茶は既に冷めきっていた。外を歩いていた2人はもうどこにもいない。
そういえば、あの時もそうだった。
中学生の時、初めて心奪われたあの日。2人は同じように楽しげに笑顔を浮かべ廊下を歩いていた。少し離れた場所で2人を見ていた私は、その無邪気な笑顔に心奪われた。それと同時にそんな綺麗な笑顔を独り占めしている隣の人物に羨ましいとも妬んだ。だって、私にその笑顔は作れないから。
ジッと見つめていれば笑顔の持ち主が私の視線に気づいたのかこちらを見る。大きく手を振って「なまえ!」と元気よく名前を呼んだ。
その瞬間、私は恋に落ち、今に至る。
あの日から、2人並んで歩く姿を見るたび、羨ましくなって悲しくなって苦しくなる。お似合いな2人を見るたび心にどんどんヒビが入って割れていく。
だって、私はああはなれないから。
「………そんなに好きなんだね……」
トド松くんの声。
「そんなに魅力あると思う?」
「あると思うからずっと好きなの」
「へぇー。他にいい人いると思うけどねぇ」
「絶対いない」
「断言したよ………。あんなののどこがいいの?僕よく知ってるけど頭のてっぺんからつま先までオールクソだよ?」
絶対そんなことない。首を振ればトド松くんは呆れた。
「変わってるねなまえちゃん」
「そうかな」
「変わってるって。だって、そこまで好きって言うなんて信じられないよ。ましてや仲のいいトト子ちゃんになりたいとか思っちゃうぐらいおそ松兄さんのことを好きだなんて」
静かなカフェ、静かな空間。トド松くんの声が響く。響いて、店の扉が開く音。静かなお店に飛び込んでくる騒がしい足音。スニーカーの音と、ヒールの音。
コツコツコツ。音を鳴らし近づいてくるヒール音に視線を向ければ、聞こえてくる。あの日と同じような無邪気な声が。
「なまえ!」
あの時と同じ。声も、顔も、手を振る姿も、駆け寄る姿も。全部同じ。あの日、恋に落ちたあの瞬間と全部。
「………トト子!」
彼女に恋に落ちたあの時と同じよう、トト子とおそ松くんはカップルかのように並んで私に駆け寄ってくる。その光景を見てやっぱり羨ましいなと心から思った。
羨ましい。羨ましいよ、おそ松くん。トト子と恋人同士のように見えるあなたが羨ましくてしょうがない。私じゃどう頑張っても友達同士にしか見えないのに。心から妬んでいるよおそ松くん。
ああおそ松くん、あなたみたいになりたいよ。
トト子と恋人同士に見えるようなあなたになりたい。