カフェ

 駅近の人気の喫茶店は、いつだって変わらない甘い空間。私と同年代らしい、学校帰りの女子達の可愛らしい恋バナ、鼻孔を擽ぐる焼きたてパンケーキの匂い、そんな物達がおもちゃ箱のようにごった返して、賑やかで尊い。
 それなのに、注文した苺のショートケーキにも目をくれず、一人隅の席で俯いている私は、きっとここから去るべき異物だ。こんな楽しげな場所で、嫌な事にばかり頭を支配されているだなんて。だけど――――ふと前から聞こえた音に顔を上げた時、向かい合った目の前の席に見知らぬ男の子が座っているなんて事態も、それによりもたらされた驚きも、この場所には中々不釣り合いだと思うんだ。
「誰……」
「俺?忘れんなよい、お前の彼氏だろ。なあ、これ食わねえんなら貰っていい?」
 思わず口から出た第一声。それに対し、真っ赤な髪をした男の子は、いかにも自然な受け答えで私の頼んだケーキを指差す。
「はあ、どうぞ……?」
 訳の分からない展開に呆気に取られた上、初めから追い払う気力もない私には、最早そう言う他なかった。怖い、とは掛け離れた見目の学生の子で、危険もなさそうだし。
 返事を聞いた彼は、少しだけ嬉しそうに目を輝かせると、フォークを手に取りケーキに突き立てる。何だかその動作が子供っぽく見えた。ひょっとしたら、私より年下なのかもしれない。
 可愛い系のイケメンとでも言えばいいのかな。男の子は、初見では言動と髪色のインパクトが強くて分からなかったけれど、かなりモテそうな顔をしている。美味しそうにケーキを頬張る姿も、こういうタイプを好きな女子には酷く受けが良さそう。そんな彼がこうして私に話しかけるなんて、罰ゲームか何かなのだろうか。そう考えながら周囲を見回してみたけれど、彼と同じ制服を着た男子生徒の集団は見当たらなかった。
「なんで私に話しかけたの?」
「ん?」
 気になっていた疑問をぶつけると、食事に夢中だった彼が視線を上げ、咀嚼しているものを飲み込み終えてから喋り出す。
「恋人だからだろい。ほら、お前も食べる?」
 所謂、''あーん''の姿勢。こちらへ差し出されたフォークに刺さるケーキの欠片を視界の端に収めつつ、私は溜息を吐いた。
「そういうのはいいからさ」
 受け流す私に、彼がつまらなさそうな顔をしてフォークを皿に置いた。
「お前がいつまでもケーキ放置してるから、可哀想で見てらんなかった」
「私、可哀想だった?」
「違う。放置されて温くなった挙句、こんな美味しいのに暗い顔で食べられるだろうケーキが可哀想」
「ああー」
 何だか納得してしまう答えだ。きっと、男子なのに一人でこの店に来るくらいには、甘いものが大好きなんだよね。でも私だって、いつもなら、ケーキを美味しそうに食べる事に関しては自信があるんだけどな。
「そうそう、お前が俺を知らなくても、俺はお前を知ってるぜ」
 唐突に、事もなさげに言われた耳を疑うような科白に、目を丸く見開いてしまう。
「どうして?」
「お前が毎回俺より先に、俺と同じ物を注文してたからだよ。店員が俺の注文したスイーツを運んでるから、俺の頼んだ分が来たんだと思ってわくわくしてたら、大抵お前の方に持ってかれるんだよな。何度も続くと流石に腹立つぜい」
 そう、私は確かにこの店の常連なんだけれど。でも俄かには信じられないような話だと思った。
「いつも、待たされてる俺の事なんか気付かずに、本当にうまそうにケーキ食ってるし。それなのに今日は――」
 歯切れ悪そうに続けようとする彼。言いたい事に気が付いてしまった私は、全部を言わせてなるものかと口を開いた。
「ねえ、気にかけてくれてありがとう。でも私ならもう大丈夫だよ」
 私の知らないところで、私を見守ってくれていた人の存在。
 今までのふざけた振る舞いは、きっと私を元気付けるため。対して飾らない方の彼の言葉は、不思議と私の心の内まで入ってきて、先程まで感じていた憂鬱をいくらか解消してくれていた。
 私は自分のフォークを手に取り、まだ残されていたショートケーキの苺に刺すと、口許へ運ぶ。苺は最後まで取っておく派だなんて、私達やっぱりとても気が合うんだね。そんな感想と共に、苺の甘さと仄かな酸味が舌を刺激して心地良い。存分に味わった後、私は正直な気持ちを、晴々しい表情で伝えてみせる。
「うん、美味しいね」
「だろい?」
 そんな私を見て、彼も満足げに笑ってくれたんだ。



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