自宅

*若干原作沿い(単行本88巻までの話の流れを汲んでいます)

「それはさておき、今日のお昼ご飯何かな?」
 そう口にした瞬間、しまったというな表情を浮かべて隣を歩くナミに目を向けた。そんな私に彼女は少し呆れた様子で口元を歪めた。
「もう今ので三回目」
 三回目――そう、とある島に着港し、町に出てまだ30分。たった30分の間で私は昼食の話題を三回も挙げた。ただの食いしん坊の様で少し恥ずかしくなった。誤魔化す様に慌てて話題をすり替えようとすると、ナミは私の肩に手を置いて眉根を下げ笑んだ。
「きっと誰よりも貴女が一番嬉しいんだろうね」
 思わずハッと目を開く。そしてすぐに照れ傾げる様に視線を落とした。確かに彼女の云う通り――恐らく船長であって、あの人と一番にぶつかり合ったルフィよりも、一味の誰よりも私は彼が帰って来てくれた事に喜んでいるに違いない。
 つい此間まで一時的に私達麦わら海賊団は何人かに分かれて行動していた。その間に様々な事件が起きた。その中で一番に衝撃的だったものはメンバー1人の離脱。そう、彼、サンジくんだ。
 ドレスローザでの一件を終え、私はルフィ、ゾロ、ウソップ、ロビン、フランキー、ローと行動を共にし、別行動中のナミたちを追ってゾウを目指した。無事再会を果たしたもののそこにサンジくんはいなかった。
 ナミから彼の事情を聞いたうえで、メンバーの欠落にただジッと帰りを待つというのも性に合わず、私、ルフィ、ナミ、チョッパー、ブルックそしてゾウで出会ったペドロとキャロットを加え、サンジくん奪還の為、ホールケーキアイランドへ向かった。
 そして、サンジくんとの再会を果たした。久しぶりに見たサンジ君は何だか別人の様で、彼を引き留める為に掴んだシャツに込める力にも、本当にあのサンジくんなのだろうかと、自信の無さが垣間見えていた。
「サンジくん、帰ろう…?」
 サンジくんによく似た人たちの元へ帰ろうとする彼を引き留める様に更にシャツに皺を深めた。同時に彼は足を止め「なまえちゃん…」と切なげに云った。決して私の方に振り返ることなく首を僅かに傾けて。その横顔は今まで私が見てきたサンジくんの表情でない、彼に似つかわしくない憂いを帯びた横顔であった。堪らなくなって自然と瞳を潤ませた。
「…私、お腹空いちゃったなあ…サンジくんの作る…ご飯が食べたい」
 口先が震えながらも微かな笑いを込めて云った。サンジくんはそれでも私に目を向けない。
「princessちゃん、すまない」
 彼の謝罪の言葉によって私の瞳から涙が零れた。なぜサンジくんが謝る必要があるの――?私は泣いてる事がサンジくんにばれない様に息を止めた。
「最後にもう一度、君が俺の作るご飯を美味しく食べる姿を見たかった」
 サンジくんの声が掠れていた。きっと彼も泣いているんだ、と、でも私は知らないふりをした。そして彼の言葉が引き金となって頭に過った――サニー号のキッチンに立つサンジくんの背中。私はいつも彼のその背中を見たくて朝は誰よりも早くに起きていた。彼が料理に込めるその思いが背に滲み出ていたから。
「俺はもう君の為に作れないんだ」
 懐かしい記憶に意識が遠のいていた時、彼の声が脳裏に響いた。妙に無理した様な明るい口調で云った。その言葉に返事をする間も無く、彼は私の前から去っていった。その時の彼の背中の記憶は無い。見たくなかったから目を逸らした。
「何ぼーっとしてるの」
 ナミが訝しげに私の顔を覗いた。私はハッと目を見開き、何でもないと言う様に首を振った。変ね、と苦笑するナミを置いて私は駆け出した。
「船に戻ろっか」
 そう云った私の口調はとても明るかった。
 船に戻ると甲板でルフィとウソップ、チョッパーは楽し気に鬼ごっこをしていた。私達が帰って来ると皆が笑顔で、お帰りと口を揃えて出迎えてくれる。
 ナミはミカンの木の様子を見るといって去っていった。そして私は足早に船内へと入った。そして向かう先はキッチン・ダイニングスペース。
 私は静かに息を顰めながらその空間へと入った。入った瞬間に香る食べ物の匂いに思わず声が出そうになるも、恐る恐るキッチンスペースを覗いた。見えるのは、愉しげに鼻歌を交えながら料理するサンジくんの背中。私の大好きな背中だ。
 ふと頭に過る、あの時のサンジくんの言葉。
 "俺はもう君の為に作れないんだ"
「サンジ君の嘘つき」
 そう悪意を込めて聞こえるように口にした。するとサンジくんは鼻歌を止め振り返った。私を目にすると驚いた様な顔をした。でもすぐに柔和に笑んだ。
「なまえちゃん、お帰り」
 とても優しい口調で彼は云った。彼が手に持つトングに挟まれたパスタに一瞬目を逸らし、再度サンジくんの顔を見た。
「ただいま、サンジくん」
 私も彼と同じ様に笑んだ。そして私は出来上がった彼の料理を食卓に並べた。
 皆が、食べ物の香りに誘われるようにダイニングへと降りてくる。あっという間に全員揃って食卓に着くと、昼食が始まった。
 今日も彼の作る料理は美味しい。皆を笑顔にする。私は世界で一番彼の作るご飯が好き。そして彼の作る料理を口に含むと脳裏に浮かぶのはキッチンに立つサンジくんの背中だ――。



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