或る日、目が覚めて起きたら、何かやたらめったら視界がクリーンに冴え渡っていた。
前夜寝る前、何かしたっけ。
「まぁ、何時になくスッキリと目覚め良く起きられたからいっか」とお気楽に考え、何時も通りに朝の支度を整えて厨の方へと向かう。
この時間なら、まだ厨当番の者達が朝餉の準備をしている最中の頃だろう。
暇な自分が何か手伝えないかと訊きに行き、了承を得られればそのまま何かしらの手伝いをしようとの腹積もりだった。
出入口に掛けてある暖簾を掻き分け入り、中に居る者達に挨拶がてら声をかける。
『おはよー、毎度朝から精が出るね。何か俺に手伝える事ある?』
「やぁ、おはよう主」
「おや、だれかとおもったらあるじじゃないか。おはよう」
「おはよう、主。今日は何時もより少し早いね?」
『うん。何か何時になくスッキリ目覚めたから、そのまま起きた。何か手伝う事ある?』
本日の朝の厨当番は、先に挨拶を返してきた順に述べて……光忠、あつき(小豆)、歌仙だった。
今日も朝から美味しい御飯にありつけそうである。
「うーん、きみのきもちはとてもありがたいのだけど、あいにくといまはてがたりていてね。もうしわけないが、あるじはあさげができるまでまっていてくれないかな……?」
「もし、どうしても手が空いて暇だって言うなら、先に大広間に行ってる薬研君達の手伝いをしてきたらどうかな? 食卓を拭いたり、箸とか各自の湯呑みやらの配膳を揃えてると思うから」
『おっ、薬研達ももう起きてたんだな……早起きなこったで感心するね』
「そういう訳だから、君は大広間の方に行っておいで。此方ももうじき準備出来る頃だから。出来たら声をかけに行く、そしたら運ぶのを手伝ってくれ」
了承の返事をして軽く手を振りつつ厨を出て大広間へと向かう。
すると、言われた通りに既に起きて朝餉の準備をしていた者達が居た。
『おはよー、薬研。堀川も厚君も起きてたんだね、おはよー』
「おう、おはようさん大将」
「おはようございます、主さん! 今日は早いですね」
『それ、さっき厨組にも言われた』
「何時もはもうちょっとゆったりしてるだろ? 大将。ひょっとして、今日雨降るんじゃないか?」
『おい、失礼だぞ厚……』
揶揄い混じりに笑いながら言ってきた彼にジト目で睨みを飛ばして返す。
仮にも一応主である私を馬鹿にするとはけしからんぞ。
そう心の内だけに小言を落として、本来の目的であった手伝いを申し出て配膳並べを手伝う。
薬研と向かい合って配膳並べをしていると、そういえば、と思い出した風に話しかけられた。
「そういや、大将……眼鏡はどうした?」
『え?』
「眼鏡。何時も基本は掛けてるだろ……? 掛け忘れたのか?」
『あ……っ。そういや眼鏡の存在をラフに忘れてたな…。それはそれはナチュラルに』
「大丈夫かよ、大将……? まだ寝惚けてんじゃねーのか?」
『失敬な……! 偶々、今日は朝起きたらやけに視界がクリアに見えたから忘れてただけ!』
「でも、主さんって裸眼での視力かなり悪いんじゃなかったですっけ……? そういう事ってあるんですか?」
『う〜ん……まぁ、偶にはよく見えるようになっちゃう事もあるんじゃない? 霊力的なものが働いたりして。ほら、此処は沢山の神様が集まる特殊な空間な訳だから』
一見適当な事を抜かした感じに受け取られるかもしれないが、実のところ、コレが意外と当て嵌まっちゃったりするのだ。
そんなこんなで意味深に頷かれた薬研から興味深げな視線を貰うのだった。
そうこうして朝餉の準備を終え、ぞろぞろと起き出した皆が揃い、揃って朝餉の時間となる。
偶に(酷く頭が痛い時等に)裸眼のまま居る事も暫々あった故か、後から顔を合わせた者達も私が眼鏡を掛けていない事を特に気にする事はなかった。
自分でも何でか解らないけど、今日はよく見える日だ。
まるで、視力を悪くする前に戻った時のようにはっきりと視界が見えていた。
――よく解らない事象は、他にも続いた。
ふと意識しない時にふ……っ、と頭に何かの映像が過るのだ。
それが何だか解らぬ為、何かしら過った気がしても首を傾げるくらいしか出来ないのだ。
そんな事は、日中の執務をこなしている最中にも起きた。
訳が解らず不思議に一人頭を傾げていると、気になったのか、近侍を務めていたたぬさんが声をかけてきた。
「どうかしたのかよ、頭なんて傾げて……何か気になる事でもあったか?」
『うぅむ……それが、絶賛めちゃくそ気になる事があってでしてねぇ〜……』
「何だよ……煮え切らねぇ返事だな」
『ゔ〜ん……っ、さっきからちょいちょい頭に過るコレは何なんだぁ〜……? 気になってしょうがない故に作業に集中出来ない』
うんうん頭を捻って唸り声を上げていたら、書類作業を手伝ってくれてたたぬさんに無言で怪訝な顔を向けられた。
解せぬ……。
とか言って思考を飛ばしていたら、不意に思考にノイズ混じりの映像が過って、其方の方へ思考を集中させた。
そしたら、そのノイズ混じりの映像に敵影らしき姿が映った気がした。
思わず、意識せずとした呟きが口を突いて零れる。
『……今の、もしかして時間遡行軍の打刀じゃ……、』
「は……っ?」
私がふと呟きを漏らした途端、直後にドタバタと慌ただしく駆けてくる小さな足音が聞こえてきた。
次いで、執務室の入口が勢い良く開かれる。
「主様、大変です……っ! 時間遡行軍が現れました!!」
「何……!?」
姿を現したのは、政府から遣わされているウチの本丸担当をしている管狐のこんのすけだった。
たぬさんが即座に反応して腰を上げる。
『場所と時代は……っ?』
「恐らく、此処二二○五年の時代に近い時代で、場所は相模……現代で言う神奈川県に位置する国の辺りです!」
『敵の数は何れくらいの規模?』
「数はそれ程の規模ではなく少数かと。恐らくですが、敵の目的は、次に歴史改変を狙う分岐点の下見か何かだと……」
『……ひょっとすると、さっき俺が頭の中で見たのはこの事だったのか…? だとしたら、何やら数少なな人手でわざわざ行動してたのも納得出来るよね……』
「どういう事だ……?」
たぬさんが間髪入れずに問うてくる。
私は、半ば思い至った自身の現状に思わず目元を引き攣らせながら答えた。
『もしかしたら……俺、未来予測的な事が出来るようになったのかも……。……何っつーのかな、予知能力って言うの? コレ……っ。つまりは、敵が何処かに現れる予感がズバリ当たっちゃう的な……? ……って、何言ってんのか自分でも解らなくなってきたわ……ッ』
考えている内に頭の中が混乱の極みに陥り、思考がしっちゃかめっちゃかになる。
そんな私を他所に嬉々とした表情を見せた何処ぞの彼は、意識を外に逸らして現実逃避をしかけていた私の腕を掴むとこう宣ったのだった。
「なら……主が直接戦に付いてくりゃ、その新たに発現したかもしれないっつー力を証明出来る上に確信出来るって事だよな? ……だったら、早速物は試しだ。戦闘には巻き込まねぇように守るって前提で主も出陣先に同行するっつー事で決まりだな?」
『はぁあ……ッッッ!? いや、お前何言っちゃってんの!?何突拍子もない事ほざいてんの!!? ねぇっ……!!』
「さ……っ、流石にそれは、容易に決定付ける事は出来ませんよ!? そもそも、戦場は非常に危険が伴います! そんな処へ、戦闘タイプの審神者でない主様を連れていかれるなんて、承諾出来ませんっ!! ……って、ああ、ちょっと……! 同田貫さん話を聞いてくださ……ッ!?」
「ごちゃごちゃうるせぇっ。何時までもこんな処でぐだぐだしてる暇あったら、さっさと行って片付けちまわねーと、それこそ歴史改変されちまうぞ。解ったんなら、戦支度済ませちまおうぜ……!」
『ぅおわ……っ!? え、……え? ちょい待って、お願い待ってたぬさん! 担いでいくのはやめてぇえええええ!!!! ……っうおぇ』
容赦一切無く米俵などの荷と同じように肩に担がれれば、自然と腹には彼の肩が食い込む訳で……。
暴れ落ちるのを阻止する為に強い力加減で押さえ付けられた私は当然逃げる事は叶わず、仕方なく彼の肩に担がれたまま出陣先まで連行される事となった。
本当、何で突然未来予知能力なんてものが私の中に降って湧いたのだろうか。
実に謎だ。
果たして、この能力はこの歴史を守るという戦において使える能力なのであろうか。
そして、私自身使いこなせるようになるのだろうか。
一抹の不安を抱えて、仄暗い空気が渦巻く戦地へと足を着ける。
文字通り、地に足を着けた途端、不思議と感じた敵のものと思しき気配に意識を集中させると、感覚的に言うと少し遠い先……距離的に言えば遥か先の視界に敵影の姿を確認した。
一気に緊張を高まらせた私の空気に、すぐ側に居たたぬさんが身を寄せる。
「居たか」
『嗚呼……っ、敵影発見! 方角は二時、寅の刻方向……! 距離、は……えと、凡そ五百メートル(?)程先で数……は、視認出来た分だけで三振り。一塊に居るって言うよりは、ちょっとバラけた感じで居るみたいだな。此方の存在にはまだ気付いてないっぽそう……!』
「ぇえ……っ! ど、何処ですか主君!?」
「嘘ですよね、今の!? だって、偵察値が高い俺達でさえもまだ見付け切れてないのに……っ!」
『いや、そんな事言われても、見えちゃったもんは仕方な……っ』
共に部隊を組まれていた部隊員の秋田とずお兄に問われるも、まだこの突然開花した(?)力の理屈も理解してない故に答えられず。
そうこうしていれば、脳裏に過った映像に咄嗟に意識を集中させる。
そして再び指示を飛ばし始める。
『――“視えた”……ッ!! 敵の陣形、魚鱗陣と思われたし! 二度は言わんからよく聞けよ……!? 此れより、我が部隊は逆行陣にて陣形を組み、敵陣営を叩き潰す!!各担当配置は各々判断に任せる……! 視認出来た敵影は短刀、打刀、太刀である! 敵陣の強さまでは予測出来ん……っ、油断せずにかかれ!! 良いな……!?』
「「はい……っ!!」」
「了解です……!」
「任せておけ」
部隊員であった秋田に加え、前田、ずお兄、長義君がそれぞれ頷き己が武器を構える。
「俺はアンタを守らなきゃいけないんでな……下手に巻き込まれねぇよう、俺から離れるんじゃねーぞ主」
最後に部隊長を務めていたたぬさんが一言私に告げた。
それに対し、私も口許に俄に不敵な笑みを浮かべて応えた。
『おうよ……っ。お前等の事、信じてるからな。俺の守りは任せた。仕事はしっかりこなせよ?』
ニヤリ、そう笑めば、彼も咆哮を上げて吼える事で応えた。
「当たり前だァ……ッッッ!!」
――結果、私の予知能力のおかげで私も無事、皆も無事の快勝を勝ち取る事が出来たのである。
本丸へ帰城したその後の晩、何故か一つの部屋で二人一緒に寝る事となって、床に就いた際に気付く。
『あれ……部屋殆ど真っ暗なのに、何か何時もよりもよく見える気がする……』
「あ……?」
『いや、俺元々夜目はそれなりに利く方だったから、多少薄暗い程度でも見えてたんだけど……今はより鮮明に見えてるというか』
「良かったじゃねーか。夜目が利くなら、この先危険が減って良しってな。……っと」
『え…………ちょい、何で上に覆い被さってきてんの。何然り気無く服の中手ぇ突っ込んできてんの? おい、コラ、やめなさい。まさぐるな。こんな時間に盛るな、やめろ……っ! 私今日疲れてる! 全力で疲れてる!! だから眠たい!! 寝させろっ!! ……っの、馬鹿ァアッ!!!!』
突如、暗がりでごそごそと寝巻きの中をまさぐりだした彼を止めようとして、何時になく明瞭に見える視界で熱に浮かされた艶ある彼を見てしまったが最後……。
抵抗虚しく、私は彼に戴かれてしまうのであった。
頼むから元に戻ってくれと私は全力で願う。