※なぜかみんなで牢屋

「これで四人ですね。ここ最近悪さする奴等が多くて牢屋に空きがないんですよ。あっ、言っておきますがそこの三人でこの人をリンチしようとか考えないでくださいよ、後始末が面倒なのでー」
普段の彼ならば俺がリンチされるわけねぇだろ!と凄んでいたはずだろうが、今はつっこむ余裕もないほどに驚いていた。監守は一向に牢に入ろうとしないフォイフォイの背中を無理矢理押して、鍵をかけて去っていった。
「おっお前は!」
 という声で緩い空気から緊迫したものに変わる。呆然としていたフォイフォイは調子を取り戻したように極悪面をして「よぉ…久しぶりだなぁ。俺は忘れてないぜ、あの時受けた屈辱をな」と剣のない腕を構えた。
これから復習劇が始まろうというところで、フォイフォイはあのバリサンの戦士に素手で吹っ飛ばされた。壁まで飛ばされたフォイフォイは音沙汰もない。あまりの展開にアルバはどうしたらいいのかわからず、とりあえずフォイフォイの無事を図ろうと抱き起こしてみたが、彼はすでに気絶していた。
「前回は技名も言わせてあげれなかったので。今回はきちんと待ってあげましたよ」
「さっき監守さんに注意されたばっかなのにー!」

ところでフォイフォイは、あの戦士があどけない子供の護衛役なのではないかと思っている。片方は紛れもないロリなのだけれど、もう一方は仮にも勇者である。数時間共にしていたからフォイフォイにも少しずつわかってきたが、仮にこちらがいきり立って喧嘩を吹っ掛けても買うのは戦士だけで、それをいさめようとしてツッコミをいれてくるのがあちらの勇者だ。どうして王はあんなのを勇者に選んでしまったのか。
「あの、フォイフォイさん」
名を呼ばれ向かいの壁を睨む。もう一人の勇者は少しびくついて、ツッコミを入れてから話を始めた。なんだってこんなに弱っちいガキがこんなに危険な旅に出ようと決心したのかフォイフォイにはわからなかった。彼には明確な理由があり、だからこそ危険な旅にも体を張ることが出来るのに。
「それで、なにが言いたいんだお前は」
 団欒とした空気が嫌で、どうでもいいことをベラベラ話すアルバをひと睨みした。ピキリとアルバが笑顔を凍りつかせおどおどとし始める。いらつく。言いたいことがあるならハッキリ言え。
だいたい、こいつは勇者には向いていない。「すみません…」なんて言い出すアルバに一度蹴りを入れたくなった。
このガキは勇者どころか危険が不似合いだ。こういう気弱なやつはせいぜい町の中でのんびりと暮らして通り魔に合って生死をさまようくらいだろう。むしろこいつは一生ここで暮らせばいいんじゃないだろうか。あの戦士がいうにはここがマイホームで囚人服は普段着なのだそうだから、それがいい。ここは死に一番近くて一番遠い安全で危険な場所だ。この死に無頓着そうに見えるこいつにお似合いだろう。
すると、まるで助け船を出すかのように黒髪の戦士がプククと口許を押さえて笑った。
「蛇に睨まれたミジンコのようですね勇者さん」
だれが蛇だ。と思ったがそれよりもはやく「それを言うならカエルだよ!」という全力投球なツッコミが入ったため口を閉ざして戦士を見やる。
この男は強い。今もゆったりとくつろいで油断をしているように見えるがそれは傍にあの子供がいるからであり、相当の使い手だ。あの大きく重たい剣を軽々と抜いたときにはつっとした。あの時手も足も出ず愛刀をバキバキに砕かれ吹っ飛ばされた俺が言うのもなんだが、いや吹っ飛ばされた俺だからこそわかる、女子供を連れ歩くよりこの男一人で魔王討伐に向かった方が早いだろう。そうしないのは戦士であったからで、勇者に選ばれなかったからだ。あの強さを待つこの男ならば王に信頼されていてもおかしくはないのだが、ルドルフも知らないらしくノーマークだ。どうもその辺が胡散臭い気がしてならない。
あの男の素性がわからない。フォイフォイの考察が深いところまで及んでいたところ、あの真っ赤な瞳がフォイフォイを睨んだ。患っているフォイフォイは心をよんだ!?と思ったがそんなわけもなく、彼はただ目付きが悪いだけだった。
「ところであんた、なんでこんなとこにいるんだ」
「お前らを迎え撃つため、と言ったらどうする?」
「えっちょっと待て戦士、さっき店の破損を擦り付けられたって言ってたよね!?」
戦闘体制に入り右拳をつき出すフォイフォイはすぐに愛刀がないことを思い出したがここまできてもう引き返せない。向こうだってあの武器を全て奪い取られ素手なのだ、勝算はある。フォイフォイはすでに素手で壁まで飛ばされていることを忘れていた。さてどちらから動くか。赤目の戦士が、剣呑な雰囲気を察しツッコミを入れてから生唾を飲み込んだアルバをちらりと伺ったのをフォイフォイは見逃さなかった。
「余所見とはいい度胸だな!」
顎めがけてアッパーを。「戦士!」と外野が声を張り上げて戦士ロスが右ストレートを繰り出した。吹っ飛んだのはフォイフォイでそんな彼を上から冷たく見下しているロス。二人のバトルを見守っていたアルバは半目になりながら「容赦ねぇー…」と呟いた。敵のアルバだって目の前で何度も同じ人物にぼこられている姿を見ていれば可哀想にもなる。
「…なんです俺が殴られたらよかったんですか」
ロスがゲスを見るような目で言った。
「え、そういうわけじゃなくて。って、それよりもフォイフォイさん! さっきやられたばっかりなのに…大丈夫…ではないよね…」
「そんなやつ放っておいてもいいでしょう」
「だって、彼にいろいろ聞かないと! ルドルフさんに城に連れていかれたはずのフォイフォイさんがここにいるってことは…」
「王の説得に失敗したんじゃないんですか」
「嘘だああああ」
「うるさいですよ、他のお仲間に失礼でしょう」
「あっごめ…ってお仲間ってなんだよ! 僕は無実だ!」
「ああそういうの犯罪者がよく言いますよね」
「僕はなにもしてないよ!」
ぷえーぷえー。フォイフォイは地面に張り付いて戦士が気を抜くのを待っていた。わけではなく、ここへ来た時に素手でぶっとばされたことを思い出して、何故自分は喧嘩をふっかけてしまったのかと悔やんでいた。
(くそぉこの完全無欠のフォイフォイ様が二回は不意打ちではあるが同じヤツに三度も負けるとは…ここは逃げる、しかねぇ)
いまだ頭上で漫才をやっている二人に気付かれないようにフォイフォイはゆっくりと地面を転がっていく。ゴロゴロゴロゴロ。ゆっくりじゃなかった。すぐさま、アルバのツッコミが入る。一拍なんとも言えない空気が漂い、戦士が面倒くさそうにフォイフォイの真上で仁王立ちをして見下した。地から生えずるような冷たさが殺気だと気付いた時には、戦士は膝を付いてフォイフォイの目を見つめていた。ほとばしる殺気は戦士からフォイフォイへ注がれており、戦士の背中しか見えていないアルバは気づいてはいない。無論、正真正銘紛れもない殺気である。戦士の赤い目はアルバを見るゴミの目ではなく、人を殺す目をしている。フォイフォイはかっこいいも悪いも忘れてヒィと声を上げて硬直した。
「おい」
と、小さな声だった。その殺気その目からしてあまりに小さい声に驚いて、フォイフォイはぽかんとしてすぐに正気を取り戻す。
「もう一度聞く。なぜあんたがここにいる?」 
「…ハ、さっきも言ったはずだ。お前たちを」
「本当のことを言えよ。お前が…もし、本当にあの人を殺しに来たんだとしたら俺はもう容赦はしない」
 暗闇の牢獄で彼の白い頬は冷徹に青白くひかり、赤い瞳が血の色を深くする。フォイフォイは一度息を吸って、舌打ちをした。
「…冗談だ。殺そうなんか、思っちゃいねぇよ。助けに来たんだよ、俺たちは」
「……そうか」
目をついと細くしてフォイフォイから体を離す。どうして助けに来たのか、俺たちとは誰なのか、彼は聞かなかった。よほど、あの小さな勇者が大事なのだろうか。
フォイフォイはほっと、息をついたのもつかの間、一度この機会に今の疑問を投げ掛けてみることにした。
「なんであんた、あんなのと旅に出てるんだ」
戦士が再び、目を向ける。少しだけ驚愕の色を滲ませてはいるが、いったいどういう意味で驚いているのか、さっぱりだ。一度黙り込んだ戦士が「なぜあんたがそれを聞きたがる」と問い、ファイファイは「わからなかったから聞いた」と素直に答えた。戦士はもう一度黙り込み、たどたどしく言葉を紡ぎはじめた。
「きっと。あんたから見れば、あの人はただのガキなんだろうな。けど成り損ないの俺には、あの人が勇者に見えた」
戦士は声に出してから、苦い表情をしてこくりと頷いた。フォイフォイはよくわからんという顔をしたが聞き返すことはしなかった。この戦士にもよくわかっていないのだろう。だがフォイフォイにはわかることがあった。わかるというか、やはりなと確信を得た。あのドSで鬼畜な戦士はどんなにあの勇者に冷たく当たろうが勇者を、アルバを好いているのだ。  
「まあ、いいコンビっちゃあ、いいコンビかもな」
上体を起こし、戦士の影に見えるアルバをじっと見つめて笑んだ。「はぁ?」と戦士がいったが、フォイフォイは答えるつもりはなかった。
「それはSとMという意味で?」
「は?」

軸索