僕は戦士のことをロスとはあまり呼ばなかった。ロス、と呼ぶのが恥ずかしいというのもあるけれど、戦士が僕のことを「勇者さん」と呼ぶから僕も意地を張っていただけだった。けれどそんなことが、今では馬鹿馬鹿しく思える。
「頑張れよ、アルバ」
 あいつは消えた。自ら犠牲になって消えてしまった。僕を生かして死にに行ったあいつに、憤りを覚えた。あいつは本物の勇者だった。人のために戦える勇気のある人だった。
「アルバさん」
「大丈夫だよルキちゃん。行こう」
 戦士が勇者だった。次に会う時、僕はあいつをどう呼んでいいのかわからないけど僕はもうすっかりあいつを連れ戻すと心に決めた。世界平和。そんなのまだまだ程遠い。だってあいつが笑っていないもの。僕はもう一度あいつに名前を呼んでほしいもの。あいつもルキも僕も、まだまだ平和とかけ離れてるから、そのために僕は勇者になる。
「頑張れよ、アルバ」
 
 あまりに唐突でちんけな再開を果たした。僕は一年頑張って頑張って腕を上げるためにみんなを助けてまわった。レッドフォックスと謳われるほどにまで成長し、それを担うくらいの実力もつけたつもりだ。戦士と巡りあったときに、僕はもうおまえに助けてもらうことはないんだぞ、むしろ助けられる力を持ったんだぞって、だから頼れよって、一人で頑張ろうとするあいつに言ってやろうと思っていた。
「僕は勇者だぜ」
 思わぬ投獄にあってしまったが、僕は勇者だった。
「笑わせてくれますね」
 僕がようやく投獄できて、敵が帰っていったあとに戦士がぼそりと言った。僕は自信の暗い部分はひとまずおいておいて、あいつの方へ駆け寄った。僕にとっては本当に本当に久しぶりの再開だったのに、あんなかっこわるい終わり方をしてしまって、とても恥ずかしかったけれど、向こうから仕切り直しにしてくれた。
「投獄できて、よかったですね」
 ひとまずは僕の傷をえぐるようだ。けれど僕に一瞬だけ訪れたモテ期のことについてなにか言おうとしたのなら、僕は絶対にこいつとは口を利かないことにする。再開もなにもどうでもいい、本当にショックだったんだから。
「ありがとうございます、勇者さん」
 予想外すぎて、僕は石になる。どうしたんだろう、こいつ。ほんの一時間でも、いろいろ考える時間が出来たのだろうか。思えば僕たちの旅もあっという間だったなあ、と思い返す。
「はは、どうしたのさ」
「勇者さん、俺はあなたが好きです」
「そう…えっ」
「一人の人間として、そういう対象として、俺はあなたが好きです。はじめはなんていじめがいのある人だろうって、思っていただけでした。けれど、俺はいつの間にかあなたを好きになっていて、俺のために必死になってくれたんだって思うと本当に嬉しいです。ありがとうございます。俺たちやっぱり両思いだったんですね」
「はっ、はいっ?なに言ってんの、お前」
 戦士は僕の目の前にずずずと寄ってきて、僕の肩を掴んだ。な、なんなんだこの状況は、もしかして本当にモテ期到来しちゃったの、でも男に好かれたって嬉しくもなんともないよ!と心のなかで一人葛藤する。駄目だ混乱してしまって頭がきちんと働かない。どういうことなのさ、これは。戦士が僕を好き?
「好きっ、って?」
 もしかしたら僕と同じ分類の好きかもしれない。両思いとかなんとか言ってたけど、友情の好きなのかもしれないと思って聞いたけれど「は?愛してるアイラブユーのやつですよバカですか」なんてゴミクズを見る目で言い放った。
「好きな人をそんな冷たい目で見下す!?」
「これも愛なんです、ツンデレってやつですよ」
「そんなツンデレいらないよ! 素直な子の方が僕は好きなのに」
「へぇ、素直」
 急にあたりがずんと暗くなった気がした。優しい赤い目が、少し怖い。
「俺にしては頑張って素直になった方なんですが」
 確かにこいつにしては素直に言ってくれた方ではあるけれど、本当に本心なんだろうか。いろいろいいように振り回されたせいで、こいつの冗談と本気の見分けが皆目見当がつかなくなってしまっていた。
「ふうん。まあ、俺のせいなんでしょうね」
「あっ、心を読まないでよ!」
「顔に出てただけです」
 戦士はじっと僕の顔を見つめて、ふっと笑った。こいつ確かにイケメンだ、と思ったら急に赤い目が目の前にあって、唇があたたかくて、周りで悲鳴のような、奇声のような声があがった。ルキと、みんながいるのを忘れていた。はっとして後ずさると、こいつは、実に性格悪く、にやりと笑っていた。
「逃がしませんよ」
 などと、こいつはかっこつけて言ったけど、僕が嫌だと言って泣きでもしたら、いくらでも逃げることはできる。こいつの甘さも優しさもわかっているから、だからこそ僕は逃げることなんかできないのだ。断るなら全力でやらなければ、こいつは一生僕と向き合ってくれないだろう。
「なんだ、結構恋にも強気なんですね。童貞のくせに、生意気な」
「うるさいよ! 僕は決めたからね、逃げない、けど進みもしない。今のままで十分だから、僕はお前を」
「はいはい。地道にいきますよ」
 こいつはとても残念そうに肩を揺らして、一度目を泳がせた。それにしたってこいつを、いまからどんな名前で呼べばいいんだろう。やはり、シオンさんだろうか。とまた別の議題へと思考を巡らせていると、戦士はシオンは、僕を射止めて、
「次に気付いたとき、あなたは俺を好きになっていますよ」
 僕の方へ長い人差し指で指差して、赤い目を細める。少しどきりとした心臓は押されつつあったけれど、僕も「なら僕はますます惚れさせてやるよ」なんて、馬鹿げたことを言ってしまった。赤い目は大きく開かれて、形のいい唇をとがらせ耐えきれずといったふうに、文字通り吹き出した。
「やっぱり俺は、あなたが好きです」
 笑いながらの告白はとても心に染み付いた。二度目の告白で、僕の顔が真っ赤になってしまっていたようだけど、これはとても嬉しいから。なんて言い訳してしまったあたり、もう劣性にあったのだろうか。

軸索