戦士は意外にも買い物上手だった。初めて行き着いた町での値切り技を披露されたときは、ギャップ萌えとか狙ってるのイケメンのくせにくそぅと思ったけど、旅の必需品を買うとなるときなんかは、安い賃金で買うことができて、何かと便利だった。これはイケメンだからこそできる値切り方でもあったけれど、やっぱりイケメンで困ることなんてないんだな、と僕は思い知ったのだった。
 まだ二人で旅をしている頃は、僕と戦士の二人で買い出しに出掛けていたけれど、ルキがパーティーに加わると買い出し係りは戦士とルキになった。はじめは僕抜きで内緒話でもしているのかなと疑っていたけれど、ルキが欲しいものを買ってやるとか、肩車をするだとか、戦士がルキを甘やかしていただけだった。いや、だけ、では済まされないビックリな出来事なのだが、僕はもう買い出しに出掛ける二人に着いていくことはやめ、どんなに疎外感が強かろうが買い物は二人に任せると心に決めた。
 それが、どうしたことだろう。今日に限って、宿に着くなり僕の方へやってきた戦士は「買い出しにいきましょう」と言った。もちろん僕は疑った。ルキに秘密でどこかやばいところにいくの?と下心半分訪ねてみたら、悪い冗談だったのに思いきり殴られて、気づいたら外だった。「えっここどこ」と思って辺りを見渡すと近くの店に戦士が見えた。
「戦士」
 と、聞こえるように呼ぶ。戦士が目だけを動かして、僕を見た。どうも競りにかかったらしく、華麗なほどの値切りに周囲ががやつきはじめた。どうやら僕は殴られて、気絶して、荷物のように運ばれてきたらしい。周囲に散らばる買い物袋をみて、ため息をこぼした。
「なにしてるんですか勇者さん。早くそれ持って立ってください」
 いつの間にか競りを終えた戦士がイカ焼き片手に僕を見下げていた。くそぅ自分だけ美味しそうなもの食べて、でもチョイスがおじさんくさいよと思ったけれど殴られるに違いないので黙る。黙って荷物を担いだ。
「あれ?ほんとに持ってくれるんですか? 体力も腕力もない勇者さんならてっきりこんなに多い荷物持てっこないよ! とか言い出すと思っていました」
 イカ焼きを片手に、戦士は驚いた顔をする。僕ずっと前から思ってたんだけどこいつの驚いた顔って僕を馬鹿にしてるようにしか見えない、というかそうなんだろうなあ。
「わかってたなら最初から持ってよ」
「すみませんぷえーぷえー」
 お前それ謝ってないだろ。そんなツッコミをする余力もなく、僕は荷物を拾い上げてまたまた溜め息をした。
「買い物はもう終わった? 終わってないなら僕、この荷物もって先に宿に帰ってるから、あとは頼んでいい?」
「え、ダメですよ」
「どうして?」
「あなた今日、誕生日でしょう」
 僕は動くのをやめ、戦士を見上げた。どういうことだろう。
「どうして僕の誕生日を知ってるの」
「旅をする相手です、きちんと勇者さんの書類詳細を見ましたから」
「あ、そっか」
「まさかあなた、名前だけ見てあとは見なかったんですか」
「う、うん、ごめん」
 そういえば勇者と戦士でペアを組んだ後、名前や生年月日といった個人情報が記載してある書類を交換していた。こいつの怖さにやられて、書類もなにもなかったけど。というか、あれ、こいつの書類見た覚えがないし、交換した覚えもないんだけど僕の記憶違いなのかなあ。でもどうして、戦士は僕の誕生日を知ってるの?やっぱりこいつとの最初の出会い頭が衝撃的すぎて、書類なんてもの頭に入ってこなかったのだろうか。そんなことありえるかよ、と自分でつっこむ。
「…五月の四日です」
「え」
「俺の誕生日」
「へー。そうなんだ。いいなあ。覚えておく」
 書類の件はひとまずおいておこう。きっと僕が忘れてしまっただけなんだろう。しかし、三月生まれはなにかと新年度間際で苦労しているので、五月生まれって早いなあいいなあと思った直後、戦士に頭をはたかれた。
「いた! 今僕叩かれるようなことしてないよね!?」
「なんかイラついたんで」
「ストレス発散のために僕を殴らないでよ!」
「すいません、つい」
「ついじゃないよまったく。よくわかんないけど買い物終わったの? なら早く帰ろうよ」
 持てるだけの荷物を持って、先を歩く。けど戦士は全く僕を追ってくる気配がなくて「なにかまだ買うものあった?」と聞くと何故か盛大に舌打ちをして何かを僕に投げつけた。
「な、なに?」
 どうやらお金らしい。がまぐちのかわいいお財布はルキと僕が選んだもので、戦士も子供っぽいと言いながらも気に入っているようだ。
「あなた馬鹿なんですか。何のためにあなたを連れてきたと思ってんですか」
「えっ?荷物もちでしょ?ルキには重たいものとかあったんじゃないの?」
「そんなのあいつのゲートがあればいいでしょう。やっぱり馬鹿ですね、知ってましたけど」
 僕はぐうとも言えずに、ただ深く黙り込む。確かに僕も浅い考えをしていたと思うけど、でも、そんなに馬鹿馬鹿言わなくたっていいじゃんか。すると戦士が僕の方へ近づいてきて、手を出した。なに?と一瞬ポカンとしたら戦士がすごい顔をしたから、手に持っていた財布をまた返すと戦士がハァ?と言った。
 なんだか今のは僕を馬鹿にしたハァでもわからないのハァでもなく、なにやってんだこいつという本当のハァ?に聞こえて僕の手に汗がわきだす。手袋で余計に蒸れて、とても気持ちが悪い。怖くて後ずさると、戦士は頭を掻いて溜め息をついた。
「こっちじゃなくて。あなたの持ってる荷物です」
「えっ?あっ、は…………?」
「早くよこしてください。日が暮れるでしょう」
「あっうんごめん、けどなんで」
「あなた馬鹿…いえ、ですから今日、あなたの誕生日でしょう」
「さっきも言ってたね」
「…」
「だからどうしたの?」
 戦士が何を言いたいのか全くわからなくて、訪ねているのに戦士は言葉をなくしたように僕を見たまま固まっている。戦士の冷たい言葉と時々優しい行動はとっても不可解で、意味を読み解くのは難しいんだよなあ。
 実際問題、戦士は僕のことをどう思っているんだろう。垣間見える優しさを感じると、戦士は僕のことを好きでいてくれているのかな、とも思うけど日頃の行いを考えるとひとくちにも言い切れない。一緒に旅をする仲間なんだから仲良くしたいのにな、と僕は考えているのに、戦士にどう思われるのか怖くておどおどしていまう。まさに今だ。僕の様子を見たのか戦士が溜息をこぼして、罰が悪そうに「荷物」と再び手を差し出してきた。
 加えて戦士は「荷物持ちますからなにか、買ってきてもいいですよ」と言って戦士は財布と、それからイカ焼きを僕に押し付けた。荷物を丁寧に地面へ置くと、右にお財布、左にイカ焼きの状態になった。
「この、イカ焼きもくれるの?」
「誕生日プレゼントですよ」
 戦士は荷物を抱えてさっさと歩いていってしまった。イケメンってなにしてもかっこいいんだなあ、と戦士の背中を見て思う。僕の眼差しはきっと尊敬に近かった。こういう戦士の思いやりが格好よくて、してもらった側としては嬉しいけれどやっぱり「イカ焼きっておやじくさいよ!」と戦士の後ろをついていって言ってやると、戦士が荷物を振り回し、運悪く鉄板のような固い何かが僕のアバラに直撃した。
「誕生日にこの仕打ち!」
 と僕は憤慨したけど、やっぱり人からもらったものにけちをつけるなんていけなかったなあ、と反省する。戦士ははじめ驚いた顔をしてすぐに笑ったけど、急に真顔になって
「…すみません」
 と言った。僕には戦士の真意がわからないけど、小さな声ですみませんと謝った今の戦士は僕が嫌いなようには見えなかったので。僕はツッコミひとつして、許してやることにした。
「それで、何か欲しいものはあるんですか」
「うん。何もいらないから今度から僕のアバラ治して」
「あ、それは無理です」
「なんで!?」
「だって俺、苦痛に歪むあなたの顔、好きですもん」
「えっ、そ、そうなの…」
「なに納得してんですか」


軸索