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昨日助けてくれたあの人、今まで見かけたことがなかったけれど、どこの人なんだろう。髪が長くて艶々で、整った顔をした白い服の男の人。旅の人かな、もうここから出ていってしまったかも。だけど、昨日はありがとうとしか言えなかったから、ちゃんとお礼がしたいな。探したら見つかるかなあ。
大人の人って何が好きなんだろう。男の人もカステラ食べるかな。落雁のほうがいいかしら。でもわたし、落雁って苦手。きれいだけど、食べると口の中がぱさぱさするし、あんまり美味しくない気がする。自分が食べられないものを人に渡すってどうなのかな。あ、お茶も用意しなくちゃ。これはわたしが一番お気に入りのを持っていこう。
今日はお手伝いがなかったから、学校が終わった後すぐにお店へ行ってお茶とお菓子を買って包んだ。綺麗にまとめるのに時間がかかってしまって、あっという間に夕方になってしまった。もっと暗くなる前にあの人を見つけなくちゃ。
人通りの多いところは探し回ったけれど、結局彼は見つからなかった。やっぱり、ここらへんの人ではないのかもしれない。もう少し時間があるから、外れの方まで行ってみようかな。
ずんずんと進んでいくうちに空は暗くなっていって、灯りも少なくなっていった。きっともう夜ご飯を食べる時間になったんだ。なかなか見つからないし、もう戻ろうかと思ったその時、見覚えのある人影を目にしてあっと声が出た。わたしに気付いて彼が近づいてきた。
「あ、あの」
「ん?おまえさんは昨日の…」
「みょうじなまえっていいます。昨日は本当にありがとうございました。ちゃんとお礼がしたくて…お兄さんのこと、探してたの。」
お兄さんは少しびっくりしたような顔をしていた。よく見ると、おでこが綺麗で、ちょっとだけ女の人のような顔立ちをして、どきどきした。
「犬川静六だ。なんだ、そんなに気にすることじゃないさ。」
「犬川さん、これ、昨日のお礼。わたしがお手伝いしているお茶菓子屋さんのなの。何が好きかわからなかったけど、どれも美味しいからきっと気に入ってくれると思います。」
わたしが包みを渡すと彼はありがとうと言って受け取ってくれた。
「ただ、昨日の今日でこんな時間まで出歩いてるのは感心しねえなぁ。」
本当にその通りだと思う。わたしは何も言えなくなってしまった。休みの日の昼間に探せばよかった。でも、それじゃあもう見つけられない気がしたから、いてもたってもいられなくなって…。
うつむいたわたしを見兼ねてか犬川さんは口を開いた。
「まあ、変なやつも多いからねェ。家はどこらへんだ?送っていくよ。」
大人の男の人と一緒に歩いたことなんてないから、帰りはとっても緊張してしまった。犬川さんは最近この街に来て、外れに家を借りて暮らしているらしい。わたしは親戚の家で暮らしていて学校に通っていることやお手伝いをしているお店の話をしたり、渡したお菓子についていろいろ説明したり、どんなものが好きか聞いたりした。
家の近くまで来て、もうここで大丈夫だと言った。もしおばさんに見つかったら、何か言われてしまうかもしれない。
「ねえ、また会える?犬川さん。」
「しばらくはここにいるつもりだからねェ。そのうち会えるさ。」
よかった。
「次に会うときはもっと気に入りそうなお菓子を用意しておきます。」
「へえ。そりゃ楽しみだ。さあ、気をつけてお帰り。」
「犬川さんも気をつけて。」
「俺は平気さ。」
あ、笑った。当たり前なんだけれど、綺麗な人って笑っても綺麗なんだ。わたしはなんだか妙に感心してしまった。
おやすみなさいと告げて別れた。犬川さんはわたしが家の前に行くまで見守っていてくれた。大人ってみんなこうなのだろうか。やさしい。
いぬかわせいろく、いぬかわせいろく。いぬかわせいろくさん。お布団に入って眠る前に、忘れないよう頭の中でたくさん繰り返した。漢字でどうやって書くんだろう。また会えるといいな。
2020.10.12
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