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外から漏れ出す柔らかい光に刺激され意識をもってくると、頭がずきずきとした。身体をもぞもぞとしたかったけれどありとあらゆるところが痛くてきちんと動かすことができなかった。
「目が覚めてよかった。俺の方でも手は尽くしたんだが、どうなるかと…。」
枕元には静六さんがいて、わたしが起きるのをずっと待っていたようだった。なぜか辛そうな顔をしている。
なんとか上半身を起こしたけれど、やはりそこら中が痛んで仕方なかった。怪我をした覚えなどないのにどうしてこんな状態になってしまったのか、すっかり記憶が抜け落ちてしまっていた。
「静六さん、おはよう。ねえ、聞いて。何でかわからないけど、身体が痛くてどうにかなっちゃいそうよ。」
静六さんは複雑そうな表情をさらに曇らせた。どうしてそんな顔をするんだろう。
話を聞くと、先日彼が留守にしていた間に泥棒か何かが入ってわたしを襲ったらしい。静六さんが家に戻ってきた頃には血まみれで倒れており息も絶え絶えだったみたいで、すぐにつきっきりで治療してくれたけれど容体は良くならずに数日間寝たきりのままだったようだ。確かに、少し肉が落ちているように感じる。
わたしは、彼が家を出る時のことはほんのりと頭に残っていたけれど、それからは何がなんだか全然覚えておらず、ちっとも思い出すことができなかった。けれど寝込む前には静六さんが言うようにとても怖いことが起きていたような気がした。まあ、この人がそう言うなら間違いないんだろう。
すぐそばに座っていた静六さんはわたしの手を握って、身体には傷が残ってしまうかもしれないと申し訳なさそうに眉を下げた。
お腹のおへそあたりが一番痛む上に、さっきからずっとぐじゅぐじゅとした変な感覚になっていたから服を捲ってみると、包帯がぐるぐると巻かれていて血が滲んでいた。包帯をゆるめて腹の方をちらりと覗くと、縫われたのか、皮膚が血でぐちゃりとなっていた。
なるほどこれだと痛むのは当然で大きな傷が残るだろう。しかし、どうせ彼の他にわたしの身体を見る人なんていないのだから気にする必要などなかった。それに、静六さんがとても悲しそうな顔をするから、わたしは自分の身体なんてどうでもよくなってしまった。
静六さんは、嫁入り前の女の子がどうとか言ってわたしの身体に傷が残ってしまうことをひどく気にしているようだった。
傷は完全にはなくならないかもしれないけれど、静六さんが治せないなら仕方ない。他の誰にだって治せないだろう。運悪く襲われてしまったのだから傷痕はどうしようもないことだ。そんな事件はない方がよかったに決まっているけれど、わたしが眠っている間も離れずに静六さんがつきっきりで面倒を見てくれていたことが嬉しかった。やっぱり静六さんは優しくてだいすきだなあと思った。
ぐうとお腹が鳴った。こんな時でもしっかりお腹は空く。だって何日も寝たきりで何も食べてなかったんだもの。静六さんはわたしに何が食べたいか聞いた。怪我人だから消化のいいものでと付け足すのを忘れずに。
「わたし、あんまりおかゆが得意じゃないの。うどんが食べたいなあ。」
「はいはい。今用意してやるからねェ。」
「あったかいやつがいいな。」
ごはんができるまで待っている間に、足首のところにも切り傷があることに気付いた。少しずきずきするだけで大したことはない。歩きづらくならないといいけど。
***
数日でびっくりするくらい早く具合は良くなって、立ち上がれるようになったし部屋を動き回ってもふらふらとしなくなった。身体の痛みももうほとんど引いて、いつも通り過ごしていれば何も不都合はなかった。たくさん食べてよく寝たのと、静六さんが熱心に治療してくれたおかげだ。それでも前に彼が言ったように、やはり傷だけはきれいに治りきらず痕になってしまっていた。
「ああ、俺のなまえ。かわいそうに、痛かっただろう。」
あれ以来、静六さんはわたしのお腹を、傷痕をよく撫でるようになった。そこに触れられる度にわたしは身体の芯からぞわぞわするようなむずむずするような不思議な感覚に襲われる。肉を這うぬるい手があまりにも優しくて、何か大事なものに触れているみたいだから恥ずかしくてくすぐったくてたまらない。身をよじると静六さんは悪戯っぽく微笑んだ。それから顔や身体のあちこちに柔らかい唇を落としていく。彼に触れられたところが、お腹の奥があつい。わたしを見つめる二つの水晶は暗くて冷たいはずなのに熱を孕んでいる。溶けてしまいそうだった。
腕を首に回して接吻をねだると彼はそれに応える。胸に触れていた手は腹へと移り、うっすらと凹凸のある皮膚を撫でる。そこに傷痕が残っているを確かめるように。
「俺はおまえに傷があろうと捨てるなんて真似はしないさ。」
うん。わたしは小さく頷いた。わたしのからだはこの人だけのものだから、傷の一つや二つがあったって、そのせいで他の誰かに悪く思われたって、どうということはないんだ。
生死を彷徨っても、女として売り物にならない欠陥品になっても静六さんはわたしを無下に扱ったりはしない。彼がわたしを大事にしてくれているのを証明していると思うとひどい傷痕すら愛おしい。まさぐる彼の手のひらの感覚を追いながら、ぼんやりとそんなことを考えていた。
2021.4.8
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