ある日の夕食事情

その日は野営で、普段ならジーニアスがご飯の用意をする所であった。

「ジーニアス、今日は私がやろうか」

食事の準備に取り掛かるジーニアスにレイラはそう声をかけた。

「今日はたくさん魔術使って、疲れたでしょ? 私もたまには料理したいし」
「いいの? じゃあ頼むよ」

ジーニアスも二つ返事で了承し、調理器具をレイラに受け渡す。

「今日は何を作ろうとしてたの?」
「シチューにしようかなって思ってたんだ」
「へえ。ならシチューでいいか」

と、そんな会話をしてからジーニアスはロイドたちの元へと行ってしまう。
程なくしてロイドがやって来る。

「ジーニアスが戻ってきたから何かと思ったら、今日はレイラが作るんだな」
「そうだよ。何か注文ある?」
「肉! ジーニアスの奴、栄養がどうのとか言って沢山食べさせてくんねーだろ? 俺、沢山ビーフ食いてえ!」
「分かった分かった」

野菜を切りながらレイラは苦笑する。
思えば、この会話が悪夢の始まりだったのかもしれない。ロイドと――クラトスの。


「はーい、できたよー」

お腹をすかせ今か今かと待ち構える皆の元に鍋を持ったレイラが参上する。

「いい匂いー」
「ジーニアスほどじゃないけど、味は保証するから」

器によそってそれぞれに渡していく。

「な、なあレイラ……」
「何?」
「俺、確かにビーフ食いてえって行ったけど……」

器に盛られたものを見てロイドが固まる。

「シチューにしようと思ってたからね。お肉も結構あったし、たまにはこういうのもいいでしょ?」

にこにこと笑みを浮かべながら言うレイラには悪意など一切感じられない。
シチューにしようという予定と、ロイドからの肉が食べたいという注文を両立させた結果出来上がったもの――それはトマトソースをたっぷり使ってビーフや野菜をたっぷり煮込んだビーフシチューであった。

「そ、そうだけど……」

好物のビーフと嫌いなトマトを同時に使われた献立はロイドにとって予想もできなかった事態だ。
トマトをよけて食べればいい、なんてのも通用しない。ビーフにはトマトソースがしっかり染み込んでいるからだ。

「おいしいけど、もっと煮込んでもいいかもね」
「そっか。次から気をつけてみる」

ジーニアスが述べた感想をレイラは頭の片隅に置いておく。

「あれ? クラトスさん、どうしたんですか?」

ふとコレットがクラトスが器を見つめたまま動いていないことに気付く。

「クラトスさん? あの、何か気に入らない所がありましたか?」

だとしたら由々しき事態だ、とレイラはクラトスを見つめる。

「い、いや……私は食べなくても平気だ。お前たちが食べるといい」
「ダメです! 今日はたくさん戦って、明日もたくさん戦うのに、食べなかったらいくらクラトスさんでも持ちません!」

純粋な好意が痛い。どうやってこれを食べずに済ますかとクラトスは思案しだすと、

「クラトス、もしかして貴方……」

リフィルの好奇心に溢れた視線にまずい、と思う間もなく。

「トマトが食べられないのかしら?」
「だったらロイドと一緒ですね〜」
「クラトスさんがあ!? まさか」

意外な一面を見た、と半ば面白がっているリフィルやコレットに対し他に入ってる具材が気に入らないのかもしれない、とジーニアスは否定的だ。

「……そのまさかだったりして、ね?」

改めてクラトスとロイドを振り返ったレイラの瞳には不敵な光が宿っていた。

「クラトスさんとロイドには何がなんでもトマトを食べてもらいます。さあ!」

よく分からないが謎の使命感に駆られたレイラはスプーンを取り器から一口掬って2人に差し出す。

「ひいっ! やめろ!」
「い、いや……気持ちはありがたいが遠慮する……」

2人に詰め寄るレイラは傍から見れば微笑ましいが、2人にとって死活問題であった。

その日の夕食を2人がどうしたかは誰も知らない――

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