つながりは、穏やかに

「ただいま」
「お帰りなさい、……お、おねえ、さま……」

片手に満たない数の人が暮らすにはあまりに広すぎる屋敷。
にも関わらず、帰宅すると必ず出迎えがくる。それがこんなにも心地よく、安堵できる。

「いつも言ってるけど、無理しなくていいんだよ? 気持ちは嬉しいけど……」
「そうはいきませんわ。わたくしがあなたを『姉』と認めている。それをきちんと周りに示さないと」
「それは何度も聞いてるけど……」

慣れない様子で「お姉さま」と呼んでくれる彼女。常々無理しなくてもいいと言っても、それを曲げようとしない。
このやり取りも、もう何度も繰り返してきた。

「お兄さまは今日も遅いのでしょうか?」
「うん。今日も話し合いが揉めに揉めてるみたい。私だけ先に帰されちゃった」
「そうでしたの。夕食はお兄さまを待ちますの?」
「先に食べておけって。ついでに無理に待たずにセレスを早く寝かせてほしいって」

帰り際にゼロスからの指示を伝えると、セレスは苦笑する。

「お兄さまってば、そう言われると待ってしまいたいですわ」
「私もそうしたいけど、セレスの体調管理の方がもっと大事ですー」

下手をすると朝まで寝ずに待ちそうなセレスに、レイラは腕でバツを作り負けじと対抗する。
エクスフィアを装備していても発作が起こるような状態だったのに、今のセレスはエクスフィアを外している。そのため彼女の容態はいつ急変するとも知れない、危険な状態なのだ。
付き人がいてくれるとはいえ、どうも彼はセレスに対して強く出られない傾向がある。なのでレイラができるだけ様子を見るようにしている。
セレスとて、自分の体のことは自分が分かっている。ゼロスたちの心配だって。だからこそ悔しいのだが。


「お気遣いありがとうございます。そうそう、今日はセバスチャンがいいフルーツを仕入れてくれたそうで、デザートにケーキがありますわ」
「本当!? やったぁ、楽しみだなあ」

食卓に用意された暖かい食事と、その後に待っているデザートについ頬を緩ませてしまう。

 *

「……俺さま、待たなくていいって言った筈だけどな〜?」
「……あれ、ゼロス、早かったね、おかえりなさい」
「早かったね、じゃねえって。もう日付もすっかり変わってるぜ」

やっとの思いで帰宅して、部屋に戻れば、そこには窓をずっと見つめる愛しい相手の姿が。
振り返った彼女は、本当に意外だ、という様子で首を傾げる。

「あれ? もうそんな時間だったの?」
「そうだぜ。ったく、こんなに冷えちまってよ」
「……あっためて」
「っ、……」

普段の、真面目な姿を思えば、他意はない、言葉通りの意味の筈だ。なのに夜遅い時間帯の、どこか気だるげな今の姿に、別な意味を想起し思わずゼロスは息を飲む。
その意味合いを裏付けるように、レイラはゼロスの髪をひと房手に取って弄る。女性絡みのそういった場面など今更珍しくもないのに、彼女からそんな言動が飛び出てきた、その事実自体が、ゼロスを酷く動揺させる。

「……冗談だよ。明日も早いし、疲れてるでしょ? ゆっくり寝よう、ね」

レイラはそう言って笑うが、先ほどのそれがあまりに真に迫っていたものだから、ゼロスとしては気が気でなかった。

「そ、そうだな〜! お互いに忙しいしな〜!」

慌てて取り繕うが、動揺はレイラにも伝わっているだろう。

「ねえ、ゼロス」

冷たい寝台に横たわり、毛布を被ってすっかり寝る態勢を整えたレイラは、最後に一言、声を掛ける。

「……ひとりに、しないで」

それに答えようとしても、レイラは端からそれを期待していないというふうに、規則正しい呼吸音だけがあとに残った。

分かっている。レイラがずっと握り続けたままのもう片方の手の中に、何があるか。彼女が何を待って、何を思って、眠らずに外を――空を、見ているのか。今のような独りの時は常にそうしていることも、全て分かっている。彼女自身が、それが不毛な時であるとよく分かっていても、止められないことも。
空を見る時にゼロスのことが頭にないのと同じように、ゼロスと一緒の時は空を見ていない。さっきの言葉は、そのことを指していることだって、分かっている。

ゼロスを知る人が聞いたら鼻で笑いそうな話だが、ゼロスは、女の子――心から愛した、誰よりも大切な女の子との付き合い方が分からない。故に、あれこれ理由を付けて清い付き合いに押し留めている。
まさかこれまで恋愛経験などない、真面目で堅い相手の方が、先に進むことに積極的な素振りを見せてくるなど、ふたりを知る人からすれば信じられないだろう。

「情けねえな、俺……」

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