死した天使 1

――シルヴァラントの神子の監視

ある日ユグドラシルに呼び出され、そして下された任務がそれだった。

「シルヴァラントの神子に神託が下るまであと3年あります。早すぎではないですか?」

純粋に疑問に感じ、訊いてみる。

「地上を全く知らないお前が、直前に地上に降りても満足に動けまい。そのための準備期間だ」

確かに。レイラは物心付いた時にはこのデリス・カーラーンにいて、ずっとここで育ってきた。ユグドラシルの言葉には一理ある。
3年の間に地上を知り、自らの立ち居振る舞いを考え、そして神子に接触し、監視する。

「これがお前の初任務だ。せいぜい、折角の機会を無駄にはしないことだな」
「はい。必ず、ユグドラシル様の期待に応えてみせます」

後から考えてみると、ユグドラシルは全くレイラに期待してなかったとか、もしかしたら地上に早く降ろしたのだって体良く追い出してそのまま野垂れ死にしたらいいなどと思っていたのかもしれない。
けれどこの時のレイラは何も知らなかったから。無事に任を果たすことしか考えていなかった。


「……レイラ」

ユグドラシルの居城からウィルガイアにある自室へと戻る道すがら、不意に声を掛けられた。

「……お父様?」

足を止めて、意外に思いながら声の主、クラトスを見やる。ここ数年、彼から声を掛けられるなんて滅多になかったのに、何かあったのだろうか。

「……地上へ、降りるのか」
「はい。ユグドラシル様が任務を下さいましたから」

あぁ、またその目だ。
幼い頃から、クラトスはレイラとろくに目を合わせてくれない。ただ、何か苦しそうな目をして、視線を少し斜め下に逸らす。今も、そう。
一体何が不満なのか。心当たりがあるとしたら、レイラの心に刻まれた幼き記憶。母の死の瞬間。あの時のことが関係しているのだろう。
別に怨んでなんていないのに。そう言おうとしても、あの時の話をクラトスがしたがらないから、ずっと言えず終いだ。

「……用がないなら、私、行きますから」

どうにも大した用でもなさそうだし、これ以上クラトスの目を見ていたらこっちも苦しくなりそうで、踵を返しこの場から逃げるように立ち去る。
クルシスに貢献することが、ひいてはそのトップである四大天使に属するクラトスの為になると言われ、鍛錬を重ねて、ようやく初任務が下されたのに、ちっとも喜ぶ素振りを見せない。
きっとまだ足りないのかもしれない。無事に任務を果たせば、喜んでくれるだろうか、と気持ちを切り替える。
この時のレイラは残酷なまでに純粋で、むしろその逆だったなんて、微塵にも思わなかった。

特に誰にも見送られず、淡々と準備を済ませた後、巨大転移装置で、救いの塔まで降ろされる。
この祭壇は神子の旅の終着点。ここから出発し、3年の後にまた戻るのだ。
見下ろせば、無数の棺が見える。今までマーテルを受け入れられなかった神子の成れの果て。今回の神子は果たしてこれの仲間入りをするのか、途中で倒れるのか、あるいは――
おぞましい空間に対して何の情緒も抱かずに歩き進め、そして、外へ――


青い空から眩い程の太陽の光が降り注ぐ。白い雲が形を変え流れ続けている。土が大地を覆っている。草木が生い茂って、大地を彩っている。海が光を反射して輝いている。風が吹き付けて、砂埃が舞い、草木が擦れて鳴り、波が起こる。
地上は――生きている場所は、こんなにも気持ちいいのか。
レイラは頭を殴られたような衝撃を受けた。心臓が早鐘を打って止まらない。
生きていない場所から突然生きている場所に放り出され、何も考えられなかった。ただあまりに多くの変化が、何もしてないのに飛び込んできて、頭がパンクしそうになって、咄嗟に強化していた視覚や聴覚を、普通の人程度のものへと抑えた。それでも、風が重厚な音を立て草木を鳴らす音、空や大地の彩りは変わらない。

「これが……ここが……地上……」

何もかもが、生きている。
足を一歩、踏み出せば無機質な硬い音ではなく、柔らかくて生きた音が鳴る。恐る恐る、もう片方の足も踏み出してみる。柔らかい土は、何の抵抗もなくレイラを迎え入れた。
想像していたものとは全く違う地上の様相に、圧倒されそうだった。

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