何でも無い日々
その日、ミリアはネサラの髪を整えていた。
普段から綺麗に手入れされている髪は指通りもよく弄り甲斐がある。
「しかしどういう風の吹き回しだ? お前が髪を整えたいなんて」
「悪いか?」
「いや。珍しいだけだ」
普段ネサラの身嗜みに口を出さないミリアが触るとなれば、確かに珍しいことだ。
「……この前リアーネ姫の髪を触らせてもらってな。何となく、お前の髪も触りたくなった」
「何となくで触られるのかよ、俺の髪は」
ネサラはそうぼやくのとは裏腹に、されるがまま。
香油を取り、ふといつも使ってる物とは違うことに気付く。
「この香油……」
「この前クリミアでいいのを見つけてな。いい香りだろ?」
わざわざ持ち帰るほどの品だ。王都メリオルを思い出す、香り。
「ああ。少し貰ってもいいか?」
「そう言うと思って、お前の分もあるぜ」
そう言って同じ種の瓶を指し示す。
「珍しい。私の分まで用意するとは」
「……そりゃ、お前が好みそうな香りだったから、な」
「…………」
一瞬、手が止まる。
「……そうか」
ミリアの為に用意していた香油と同じ種の香油を使って、ミリアがネサラの髪を整えている。そう意識してしまうと、今のこの状況がすごく気恥ずかしくなってくる。
そうなったのは偶々だし、ミリアから言い出したことな以上、今目の前の作業に影響は及ぼさせないが。
「……この香油を見て、お前を思い出してな。柄じゃねえって分かってるんだがな」
「本当に柄じゃないな。気障ったらしい振りはしてるけどお前結構気が利かないし」
外面を繕って、腹の探り合い、騙し合いなどは随分強くなったが、身内への気配りについては完璧とは言い難い。実はこの間ベグニオンに訪れた時、サナキからネサラは気が利かないと愚痴られたりもしたのは内緒だ。
「お前がそれ言うか? お人好しで戦嫌いの癖に冷血ぶっあいてててて」
腹が立ったのでちょうど結んでいた髪を引っ張ってやった。本来の目的を忘れるわけにはいかないのですぐに止めるが。
「……それはそうと、俺もお前も、らしくねえことまでして無茶やって、よく生き延びれたもんだ」
「それは……確かに」
傍から見れば滑稽なことでも、何してでも生き延びることに必死だった。そこから逃れられたからこそ、今はそれを指さして滑稽だと言えるのだ。
「……正直、私たちの力というよりは周りに助けられていたがな。ティバーンに黙認されていたのをいいことに好き勝手活動して、二進も三進も行かなくなって皇帝に泣きついて慈悲を貰って。今だって……」
「過ぎたことをとやかく言っても仕方ねえだろ」
「……そうだな。さ、終わったぞ」
どんなに悔やんだところで、過去は変わらない。もう終わったことなのだ。
「お、結構いい仕上がりだな」
「ふふ、そうだろう」
ネサラは鏡で仕上がりを確認し満足そうだ。ミリアもその反応に得意げになる。
「さて、行くか」
「ああ」
道具を片付けると、2人並んで部屋を出た。