叶わぬ想いを抱くのはどっち

ディミトリが“彼女”に初めて出会ったのは、グレンが受勲を受けて暫くしてからのことだった。
グレンが同じ髪をした少女に王城を案内しているのを見かけて、疑問を抱いた。
彼女は誰なのだろう、と。
気になって近寄ってみれば、向こうも自分に気付いた。
彼女は誰なのかと問えば、そういえば会ったことなかったっけ、とグレンは頭を掻き、少女は恭しく頭を下げた。

「初にお目に掛かります、殿下。ベアトリス=サーラ=フラルダリウスと申します。グレンとは従姉妹に当たります」

ベアトリス、と口の中で反芻する。
思い返せば、ロドリグの弟とは顔を合わせたことがあった。なのに不思議なことに、その娘に当たるであろう彼女のことは今の今まで全く知らなかった。グレン達に従姉妹がいる、という事実すらも。
曰く、普段はフラルダリウス領の別邸で勉学に励んでいて、運悪く中々顔を合わせる機会に恵まれていなかったとのことだ。

「将来は騎士を志していまして、一足早く受勲したグレンから色々教わるべく来城しました」
「そうなのか。なら、期待して待っていることにするよ」

その手は貴族の令嬢らしからぬ荒れ具合で剣だこも見えて、その言葉に偽りはないと見て取れる。
その時は所用があったから、挨拶程度で話を切り上げて別れた。

それから数日が経ってから、また彼女を見かけた。
今度は案内を付けずに一人だけで王城を見て回っているようだった。

「またお会いしましたね、殿下」
「君と会ったことをイングリットに話したら、何か無礼はされなかったかと心配されてしまったよ」

イングリットの語ったベアトリスの人物像と、目の前にいる非の打ち所のない所作で腰を折る少女が同一人物だとは到底思えなかった。
曰く出会い頭に訳の分からない因縁を付けられて大喧嘩にまで発展したことがあるのだとか。他にも色々と好き勝手にやらかして人に迷惑ばかり掛けていて稀代のじゃじゃ馬娘と悪名高いとか。
そう言われた当人は笑っていた。

「ガラテア家の令嬢とは幼い頃に一度会ったきりですから。彼女の中で私の印象は当時のままなのでしょう」
「……ん? だったら大喧嘩をしたのは本当なのか?」

イングリットから彼女の話を聞かされて、別人と間違えているのかと思ったが、彼女の反応を見るにどうやらそうではないらしい。

「礼儀も道理も分からない年頃のことでしたから」
「一体何をしたんだ?」
「……恥ずかしいことに、グレンの婚約者である彼女が気に入らなくて。幼かったとはいえ、横恋慕したのは私の方だというのに本当に身の程知らずでした」

確かにそれは、イングリットからしたら大迷惑だっただろう。

「驚いたよ、話を聞いた時は別の人と勘違いしてるものかと思ったが……」
「グレンに聞いてみるといいですよ。風聞より俄然面白い話が聞けると思います」

当人は自分の悪評すらも笑って肯定する。とんでもない器量だ。

「……折角ですので、私からも一つ面白い話をしましょう。これは誰にも言ってないことなので、内緒ですよ?
幼い頃と違い道理を弁えた今は、グレンの妻になるのは不可能だと分かってます。
……ですが、あたしはグレンの隣に在り続けることを諦めていません」

そう言った彼女は折り目正しい令嬢から一転して、じゃじゃ馬娘の浮名に相応しい不敵な笑みを浮かべた。
告白の内容よりも、彼女のその笑みが、強く焼き付き印象に残った。

 *

ディミトリがベアトリスと顔を合わせたのは、その二度だけだった。
あれから間もなく、ダスカーの悲劇に見舞われ、グレンをはじめとした多くの者が命を落とし、ディミトリただ一人が生き残った。
彼女が王都を訪れることはなく、士官学校の入学も一年ずれていた。
戦争が始まって彼女が王国軍に参加したことで戦場や王城で顔を見ることはあったが、国王である自分と一兵に過ぎない彼女が話をするような機会もなく、ほとんど意識していなかった。
それが、王国内の不穏な動きを鎮める為に王妃を娶る話となり、その相手にベアトリスが挙げられて意識せざるを得なくなった。
グレンから聞いた話では、彼女は政略結婚を嫌がり、結婚しなくて済むよう騎士を目指したという。当人の語った理由と少しずれているそれが建前だったのか理由の一つだったかは定かではないが。それに、グレンへの彼女の気持ちが消えたとは思えない。
そんな彼女を王妃になど、あらゆる意味で彼女を蔑ろにするようなものだ。ディミトリは躊躇したが、所詮私情でしかなく、止めさせることなどできずにいた。

彼女に事情を話し婚姻を申し出た時、ベアトリスなら、自らの我を通すことを決して諦めない彼女なら、彼女の意に真っ向から反するこの話を断るだろうと一縷の期待を掛けていた。
だが現実は、引き受けてしまった。僅かに諦観を浮かべた笑みと共に。
その顔を見た時、そんな顔をさせてしまったことが心苦しくなった。
そんな心苦しさを察したであろうベアトリスは笑ってみせたが、彼女が笑えば笑うほど、ディミトリの心苦しさは増す一方だ。

「……本当にすまない、ベアトリス」

未だに覚えているあの笑みを、自分が不甲斐ないばかりに奪ってしまった。

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