細すぎる道を辿って

彼の野望は別の野望とぶつかり合い、敗北を喫して潰えた――そう、思っていた。
生き永らえこそしたが、何も為さぬままおめおめと逃げ帰った彼に対する周囲の目は冷たいものであった。以前と変わらぬまま軟弱者と誹りを受け続け、異物として孤独なまま、埋もれて消えていくだけか、と自嘲していた。
だが――それを見つけた時、まだ自分は天に見捨てられていなかったのか、と目の前が開けたような心地だった。

野望の実現への道は実質断たれたようなものだ。だが、決して諦めた訳ではない。かの皇帝によってフォドラは変わる、その機運に乗れれば道が繋がるかもしれないと、その機を伺い続けてきた。
そうして、“彼女”を見つけた。
現皇帝の治世についていけず、異国への亡命を図る者もいない訳ではなかった。が、喉元を彷徨った末に力尽きたであろう傷と土埃に塗れた女は、それとは別だと一目で伺えた。

「う……リオ……」

恋人か家族か、朦朧とする意識の中で必死に誰かを呼んでいた。
可哀想に、この先はパルミラ。このまま求めている相手と相見えるどころか真反対の方向を進んだまま、息絶えることになる。
ここで会ったのも何かの縁だ、せめて看取って弔いくらいはしてやろうかと、そう思った時だ。
か細い呼吸の中で、彼女はその名を呼んだ。それが、閉ざされようとしていた彼女の生と彼の野望を、新たに繋ぎ止めた。

「エー……デル……ガルト……」

微かな呼吸の中で、それを聞き取ってしまった。
気が付くと彼は、その女を愛竜の背に乗せていた。どうか保ってくれよ、と彼女の生命力に祈りながら。

 *

フォドラの喉元を守るゴネリル兵の目を避けるように、一頭の竜が降り立つ。
竜に乗っていた二人のうち、片方が降り、その地に足をつけた。

「さて、と。俺が送ってやれるのはここまでだ。ここから教えた通りに進めば、誰にも見つからずにフォドラに入れる」
「色々と世話になったわね」

たった一年。だが長い一年だった。
どうも自分は悪運が強いらしい。パルミラの気紛れのおかげで生き延びて、こうして帰れるのだから。
帰り道への一歩を踏み出そうと足を上げるが、呼び止められてしまう。

「おっと、忘れてた。こいつを皇帝に届けてくれ。それがあんたを何事もなく帰す為の条件だ」

そう言って送ってくれた彼は書簡を投げ渡し、悪戯っぽく片目を閉じる。受け取った彼女はげんなりした顔でそれを見つめた。
ざっと書簡を検めて、それが正式なものであると確認する。こうして自分に預けてくる以上、表沙汰にはできない内容のものらしいが。

「あんた……最初からこの為にあたしを助けたわね?」
「さて、何のことやら。少なくとも、あんたを危機に陥れるようなものじゃないからそこは安心してくれ。届けるだけでいい。その先のことは俺と皇帝の領域だ」
「……ま、どの道彼女の元には行くんだし、届けるだけでいいなら引き受けるわ」

目の前の彼は胡散臭いし何を考えているか知れないが、一応助けてもらった義理はある。これくらいで義理を果たせるなら安いくらいだろう。

「それじゃ、こんなもの預かったんじゃ尚更道草食ってられないし、もう行くわ。二度と会うことはないでしょうけど、元気でね、王子様――いや、元盟主様」

ひらひらと手を振りながらも振り返ることはせず、彼女は待ち焦がれた故郷へ向けて足を踏み出した。


彼女の姿が捉えられない程離れたのを見届けてから、彼は大きく溜め息を吐いた。

「……参ったな、まさかバレてたとは。……折角拾った命だ、今度は半端な死に方するなよ、元王妃様?」

彼女を見定めていた一方で、こちらも見定められていたようだ。まさか最後にあんなからかい混じりに笑って去っていくような人物だとは思わなかった。意趣返しもあったろうが、一本取られた。
しかしもう送り届けて別れを告げた以上、彼にできることは皇帝からの動きを待つのみだ。
無事でさえいれば、送り届けてくれる筈だという確信があった。万が一何も起きない時は、何らかの不運で彼女が道半ばに倒れた時だけだ。

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