「はぁ〜、遂にマリオンたちが帰ってきちゃうよぉ〜!」

力なくデスクに突っ伏して泣き喚くような声で嘆く姿は、まるで子どものようだった。これではどちらが親なのか、わからなくなってしまいそうだ。傍らで控えめに苦笑しながらぼさぼさ頭を見下ろしていると、僅かに顔を上げて縋るような目で見つめられた。

「ねぇ。おれ、ちゃんとマリオンと話せると思う? マリオン、まともに相手してくれるかなぁ〜?」
「変に意識をするト、かえってぎこちなくなるのデハ?」
「パパは何も考えないで、マリオンちゃまに『おかえり』って言ってあげたらいいノ〜!」
「そうですよ。自然に、が一番です」
「うぅっ、そうだよねぇ。おれ、がんばるぞぉ〜」

ジャックとジャクリーンに同調して励ますと、ノヴァは急に湧き上がるように体を起こして意気込みだした。緩いガッツポーズまでつけて。
ノヴァがマリオンに避けられていると悩みを打ち明けたのは、一ヶ月ほど前のこと。マリオンの態度が妙によそよそしくなり、二人がじっくり顔を合わせて会話することもめっきり減ったのだという。これまで良好な親子関係しか見たことがなかったから、正直なところ意外だった。
こうして萎びたノヴァを見ていると、とても気の毒で。かといって繊細な領域に部外者が不躾に介入するわけにもいかず、気休めに慰めることしかできずにいる。
と、あくまでもノヴァを心配して見守っていたのだが、別の事情を感じ取ったらしい彼は気を遣ったように微笑んだ。

「なんか、ごめんね。セレーナちゃんも、ガストくんのことで不安なのに」
「わ……私のことは、お気になさらず」

考えないようにしていたのに、しっかり名前を出されてしまっては意識せざるをえない。ほのかに狼狽えつつ平然を装って笑ってみせたが、どうやら腑に落ちていない様子だ。足下にいたジャクリーンも、とても悲しそうな声で訴えてくる。

「セレーナちゃま、ガストちゃまと仲直りしないノ……?」
「あら、仲直りだなんて……別にケンカをしているわけではないのよ? ただ、ガストに迷惑かけないように、きちんと一線は引いておかないといけないから」

ジャクリーンを宥めようとしていたはずなのに、気づけば自分自身に言い聞かせていた。ほの暗く影の差す想いを胸中に閉じ込めて。
すると、ノヴァはだらしなくデスクに上体を委ね、そのまま頬杖をついてこちらを見上げた。頭を捻らせて、小さく唸り声をあげながら。

「う〜ん。本当に迷惑かどうかっていうのは、セレーナちゃんじゃなくてガストくんが決めることだと思うんだけどなぁ」
「ソウデスヨ。ガストがそんなコトを思うナンテ、ジャックには考えられマセン……」
「でも、ガストは優しいから……私に気を遣って、無理をしているのかも」

今度はこちらが励まされる側になってしまった。それでも拭いきれない不安を指先に込め、白衣の裾を掴んでいると、ジャクリーンが目の前でちょこまかと動きをつけて無邪気に元気づけようとしてくれる。

「それは大丈夫ナノ! ガストちゃまはセレーナちゃまがだ〜いスキだから、セレーナちゃまがヤキモチ妬いてたって知ったら、きっと大喜びしちゃうと思うノ〜!」
「お、大喜びって……もっと独り占めしたいなんて言われて、喜んじゃうのっ?」
「だって、ヤキモチは大スキの証ナノ!」
「そうそう。そりゃあ、あんまりにも度が過ぎた束縛は問題だけど。セレーナちゃんの可愛いヤキモチなら、好きな子から言われたら嬉しくなっちゃうんじゃない? セレーナちゃんは、ガストくんに言われて嬉しくならないの?」
「えっ……そ、それは……」

独占欲なんて人を身勝手に縛りつけようとするものを向けられて喜ぶだなんて、むしろ歓迎的に話すジャクリーンやノヴァの言葉を信じられずにいたのに。ノヴァに促されて想像してみると、急激に腹の底から炙るような恥ずかしさが込み上げ、胸の奥が甘く締めつけられる感覚に襲われた。そっと頬に指先を当ててみると、物凄く熱い。これは、嬉しいに入るのだろうか。でも、少なくとも嫌ではない。

「だ、だけど、ガストが同じ気持ちかどうかなんてっ」
「ガストちゃま、セレーナちゃまのコトが大スキって言ってたノ! ジャクリーン、聞いたコトあるノ〜!」
「ええぇっ!?」

嬉しそうに報告してくるジャクリーンだが、都合良く認識しているのではないだろうかとつい疑ってしまう。困惑していると、ノヴァとジャックまで微笑ましげな眼差しをこちらに向けて。

「ぶっちゃけおれも、ガストくんってセレーナちゃんのこと好きなんじゃないかって思ってたんだよね〜」
「ど、どうして……」
「ガストくんもセレーナちゃんと同じくらい、結構見ててわかりやすいし」

そんなにさらりと当然のように言われては、今まで勘違いだと振り払ってきた期待がまた誘き寄せられてしまう。緩みそうになる唇をきゅっと慌てて引き締め、逸る鼓動を押さえつけるために両手を胸元で握りしめる。

「セレーナちゃんもガストくんが帰ってきたら、ちゃんとゆっくり話し合った方がいいんじゃないかな」
「ノヴァも人のコトは言えマセンヨ」
「ハイ、ソウデシタ……」

穏やかな表情で助言してくれていたノヴァだったが、ジャックに釘を刺されるとたちまちデスクに沈んでいった。
あちらもこちらもまだまだ問題は晴れそうにないけれど、こうして悩みを打ち明けて支え合える環境があるのはとてもありがたいことだと思う。とはいえ、いざ改めて向き合うとなると怖気づいてしまう。

「ゆっくり話し合い、ねぇ。ちゃんとできるかしら」
「セレーナちゃまとガストちゃまなら大丈夫ナノ〜! もし心配だったら、ジャクリーンが一緒にいてあげるノ!」
「ううん、それは心強いような、なんだか心配のような……ま、まずは一人で頑張ってみるわね」
「そうナノ? じゃあ、ジャクリーンは離れたところで応援してるノ〜!」
「ふふ、ありがとう」

確かにジャクリーンがいれば勝手に何でも話してくれそうではあるけれど、余計なことまで伝わってしまいそうで恐ろしい。純粋な厚意をありがたく受け取る振りをして、やんわり阻止することに成功した。
明日で、一週間。不思議とそれ以上に離れていたような感覚だ。それだけ間が空くとますます口が重くなりそうで、明日のことを考えると今から胃を絞られるほどの緊張に襲われた。



そして、翌日。

「……そろそろ帰ってきてる頃かしら」

つん、とテーブルに備えられたぬいぐるみの頬を指先で突っつきながら、落ち着かない気持ちを小さく吐き出した。
研究部の外に出て確かめてみれば済むことだというのに、重い腰を上げることができないのは、この一週間ですっかり引きこもりが定着してしまったからだ。外に用事がなかったのだから仕方がない。
とはいえ、ガストが帰ってきたとわかったとしても、外に出るのは億劫に感じてしまうかもしれない。ノヴァたちに背中を押してもらったとはいえ、ガストと顔を合わせて話すのがまだ少し怖い。突き放すような態度を取ってしまった上、この醜い気持ちを知ってもまだ、彼は本当に今までどおりに接してくれるだろうか。臆病に震える腕でぬいぐるみを引き寄せ、頭をそこに埋めて縋るように抱きしめる。
ガストと会ったら何から話せばいいのだろう。上手く想いを言葉にできるだろうか。悶々と思い悩んでいると、扉の開く音を耳が微かに捉えた気がした。

「よ、よう、セレーナ! ただいま。俺がいない間、元気にしてた……か……?」

やけに明るく誇張された馴染みのある声が途端に勢いを失っていったのと、顔を上げて二人の目が合ったのは、ほぼ同時のことだった。
まだ心の準備ができていないのに、向こうから出向いてくるだなんて。突然のことにたじろいでいる一方、にこやかに取り繕っていたガストの表情にも何故か動揺が走っており、おずおずと近づきながら人差し指が向けられた。

「あの〜……そ、それって……」

指先がこの腕の中を指していると気づいた瞬間、冷たい焦燥が背筋を駆け抜けて頭が真っ白になった。そして考えるよりも先にぬいぐるみを抱いたまま立ち上がり、衝動に任せて大きく絶叫した。

「きゃーーーーーーーっ!? ああああのっ、こ、これはその、ち、違うの! 寂しくなったから買いに行ったとか、そういうのではなくて、えと、前に甥っ子を連れてショップに行った時に見かけて、とっても可愛いし、ここに置いておけば会えない時でもガストの代わりに元気を貰えるかも〜? なんて思ったら、つい……と、とにかく違うの!」
「わ、わかった! わかったから落ち着いてくれ!」

身を乗り出す勢いで必死の弁解で捲し立てると、慌てて両の手で制そうとするガストに宥められた。こんな大恥を晒して落ち着いていられるわけがない。彼の目を見る勇気もなくなり、俯いてぬいぐるみで顔を覆い隠す。

「ううぅ〜、ごめんなさい。こっそりこんなの買って可愛がってるだなんて、気持ち悪いわよね、私」
「いやぁ、気持ち悪いどころか、むしろ可愛いって思っちまったんだけど」
「か、可愛い!?」

やたらと嬉しそうに浮ついた声で恥ずかしいことを言うものだから、一体どういうつもりなのだろうと気になって、控えめに目だけ覗かせてガストの顔を見上げた。すると、締まりなくふやけたような表情を向けられているのに気づき、また一つ驚いた。

「それから、ちょっとだけ期待しちまった」
「期待……?」
「その、さっきみたいにぬいぐるみに縋りつきたくなるくらい、俺がいなくて寂しいって思ってくれてたのかなぁって」

そんなに幸せそうに期待の目を向けられては、甘く絆されてこちらの期待まで引きずりだされてしまう。ずっと心の奥で秘めやかに疼かせていた、淡い期待を。

「……ガストは、寂しかった?」
「へっ?」
「一週間離れていて、寂しいって思った?」

呆気に取られて固まるガストの視線が、黙々と注がれる。 自分は一体何を聞いているのだろう。熱に思考が浮かされて、正常な判断ができなくなったのかもしれない。とてつもない羞恥心に襲われだして、再び逃げるようにぬいぐるみに隠れた。

「ごめんなさい。今のは忘れて」
「そうだなぁ。キャンプ中はずっとアキラたちと一緒に生活してたから、四六時中すげー騒がしくてさ。ひょっとしたらそんなふうに感じる暇もねぇのかなって、最初は思ってたんだけど……それでも、あんたに会えないのは寂しかったよ。せめて声だけでも聞きたいなぁって思っても、スマホは没収されちまってるし」

とっさの撤回を遮ったのは、素直に吐露された彼の想いだった。また、胸の奥が締めつけられる。ほのかな息苦しさに、ぬいぐるみを持つ指先が力む。

「でも、そのおかげであんたへの気持ちを整理できたかなって思うし、ちょうどいい機会だったのかもな」
「そ……そう……」

急激に、指先の体温が奪われた気がした。ガストがいない間、こちらはずっと迷いに囚われていたというのに。器用な彼はあっという間に踏ん切りをつけてしまったらしい。
だけど、これでいい。これでようやくきっぱりと割り切れると思った。なのに彼は力強く肩を掴んで、距離を置くどころか埋めようとする。

「やっぱり、どんなにだめって言われても、俺はもっとあんたに近づきたい!」

真っすぐ告げられる確固たる意志に惹きつけられ、今度こそはっきりと顔を上げた。普段は優しげな緑の眼差しが、今は鋭く真剣な光を携えてこちらを一心に見つめている。瞳の奥に秘めたる想いを射止められてしまいそうで、畏れを抱いて思わず後ずさろうとする。固く肩を掴む手は、それを許してはくれなかったけれど。

「な、何を言っているのっ?」
「あんたが本気で『嫌』だって言ったらやめる。けど、一度は好きにしていいって受け入れてくれたんだし、『だめ』ってことは、俺を嫌がってるってワケじゃねぇんだよな?」

痛いところを突かれて、唇を強く結んだ。今まで都合の良く曖昧な言葉で躱してきたけれど、今回ばかりは隙を捉えられて逃げ道がない。本気で彼を拒めるだけの理由が、自分にはないのだから。
このままでは彼の優しさに流されて、今までと変わらず甘えてしまう。強い危機を感じ、すぐさま視線を逸らして逃れる。

「で、でも……ガストは、みんなのヒーローで……私なんかが独り占めしちゃ、いけなくて……」

せめて、きちんと己の内にある汚い感情を打ち明けておかなくてはならないのに。ただ苦し紛れに、正当ぶった言い訳を辿々しく繰り返すことしかできない。

「俺のヒロインはセレーナだけだ!」

目を覚ますような、叱咤にも似た告白だった。負の感情に足を取られて溺れそうになっていた意識が、あっという間に明るみに掬い上げられて、呆然と彼の目を見つめる。

「ヒ……ヒロイン……?」
「あぁ。ヒーローには傍で支えてくれて、心から大切にしたいって思えるヒロインってのが付き物だろ? それに、あの元気な甥っ子クンも言ってたよな。ヒロインのピンチを救うのは、ヒーローの役目だって。あんたを守るのが俺の役目なんだから、ほら、条件ぴったりだ」

尤もらしく語る様はとても無邪気で、無性に申し訳なくなってやんわりと視線を外す。そんなに純粋な期待を向けられても、今の自分ではきっと応えられないだろうから。

「……ガストのヒロインに相応しい人なら、もっと他にいるわよ」
「なっ、何でそんなこと言うんだよ?」
「だって、私……女の人たちに囲まれているガストを見て、嫌なこと考えてしまったから」
「嫌なこと……?」

恐る恐る一瞥すると、心底見当がつかないと言わんばかりの視線を注がれていて、やはりこの人にはもっと綺麗な心を持った人が相応しいと痛感した。邪な部分を曝け出すのがますます憚られ、頭を彼の逞しい胸に委ねる。顔を見られるのも、見るのも怖くて。

「……ガストを取られたくないって。ガストは今まで私のためにたくさんの時間をくれたはずなのに、もっと独り占めしたいって、思っちゃった」

小さく絞りだした声が、ひどく震えた。ぬいぐるみを片腕で抱えたまま、彼のシャツの胸元をくしゃりと掴んで恐れに耐える。びくりと揺れ動いた体は、きっと驚いたのだろう。今までひた隠しにしてきた、強欲さに。
いくら懐の深い彼でも、さすがに受け入れられないはずだ。だから、いつまでもこうして甘んじているわけにはいかない。緩められる手をすり抜け、そっと踵を返して背を向ける。今にも決壊しそうな顔を見せたくなくて、せめて声だけでも虚勢を張ろうとして。

「ほら、幻滅したでしょう? 私のこと、きっと嫌いになったわよね。だから私、ガストに大切にしてもらう資格なんて──」

背後から伸びてくる腕に捕らえられ、腹の底がひやりと浮かされた。

「ちょ、ちょっと、ガスト!?」

強張るこの身を包む体温はとても優しくて、だけどびっくりして拒もうとすれば男の力強い腕に絡めとられ、心臓の鼓動が落ち着きなく暴れだした。

「いや……あんたがすげー嬉しいこと言うから……」
「えぇっ!? 今のどこが嬉しいの!?」
「そりゃあ、全部……?」
「い、意味がわからないのだけれどっ」
「だって、ヤキモチ妬いちまうぐらい、俺のこと好きでいてくれてるってこと……で、いいんだよな!?」

嫌われる覚悟をしていたのに、どうしてこんなことになっているのか。混乱しつつ首を捻ってちらりと彼の顔を覗き見ると、昂る喜びをぐっと噛み締めるような面持ちが間近に迫り、爛々と煌めきながら見つめてくる瞳に圧倒されて息を呑んだ。そんなに露骨な言葉にされると、異常に恥ずかしくなって顔が茹だってしまう。

『セレーナちゃんの可愛いヤキモチなら、好きな子から言われたら嬉しくなっちゃうんじゃない?』
『ヤキモチは大スキの証ナノ!』

ノヴァとジャクリーンの言葉が、脳裏に過ぎった。本当に彼らの言うとおりで、いざ現実になるとなんだか物凄く戸惑いを覚える。

「……ガストって、ジャクリーンみたいなこと言うのね」
「えっ、ジャクリーン?」
「な、何でもないわ」

ノヴァの部屋でこっそりと相談していたことが危うくばれてしまうところだと、慌てて首を横に振った。これ以上、恥を晒したくはない。
恥といえば、今の状況も十分に恥ずかしいのだけれど。

「ね、ねぇ、ガスト? そろそろ、離してくれないかしら」
「嫌だ」
「どっ、どうして!?」
「だって、離したら逃げちまうだろ?」

恨めしさを露わにした視線に責められ、罪悪感に言葉を詰まらせる。これまでの前科を振り返ると、返す言葉もない。

「に、逃げないって約束するから、ねっ?」
「そんなに俺に抱きしめられるのが嫌なのか……?」

どうにか説得を試みるも、悲しそうに眉を下げて良心に訴えてくるものだから、押し負けそうになる。

「嫌、じゃなくて……わ、私、これ以上は、恥ずかしくてしんじゃいそうだからっ!」
「ははっ、奇遇だなぁ。実は俺も今、ドキドキしすぎてしにそうなんだよな〜」
「だったら離れたらいいのではっ!?」
「いやぁ、だってせっかくなけなしの勇気振り絞ったんだぞ? すぐに離しちまったらもったいねぇだろ?」
「そんなこと言われても〜……」

さっきまでの真剣な空気は何だったのか。胸を強く穿つ心臓の音が果たしてどちらのものなのか、もはやわからないけれど。へらっと気の抜けた笑みを浮かべて縋りつかれると妙に信憑性が増して、すっかり抵抗する気も奪われた。

「大体、ヒーローを堂々と独り占めできるのはヒロインの特権なんだから、あんたはもっとワガママになっていいんだぞ?」

『特権』なんて魅惑的な言葉で釣られては、今まで頑なに積み上げてきた壁がなし崩しにされてしまう。

「……それなら、私を独り占めするのはガストの特権っていうこと?」
「えっ?」
「ち、違うのっ?」
「いや、ぶっちゃけそこまで考えてなかったっていうか……い、いいのかっ!?」

どうしてそこで恐縮しだすのか。人のことを散々甘やかしておいて、この様子では嘘偽りなく自分のことを顧みなかったようである。一方的に与えられるのは納得がいかなくて、素直な不満をぶつける。

「だって、独り占めだなんて……そんな特権、片方だけに与えられてもおかしいじゃない」
「そ、そっか……そう、だよな……」
「そういうことだから、ガストもたくさんワガママになってね?」

仕返しのつもりで、柔く微笑んで言い聞かせた。純粋にガストを甘やかしたいという気持ちも、当然あったけれど。
ガストはしばらく感極まったような顔を見せて固まっていたが、この身を抱きしめる力を強めると、力なく項垂れて肩に顔を埋めた。

「じゃ、じゃあ、もうしばらくこのままで!」
「えぇっ!? それはだめ!」
「なんでだよ!?」

心置きなくワガママを聞いてあげられるには、まだまだ許容量が足りないようだけれど。それでも、ガストに甘えてもらえることに幸せを感じているのは、確かだった。






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