ラボに引きこもり、先日回収された【サブスタンス】の解析を進めていく最中。デスクの片隅に置いていたスマホが、不意に小さく振動した。メッセージなら後で確認しようと思っていたが、思いの外振動は長く続いて電話の着信であることを悟り、さすがに手を止めた。
スマホを掴んで画面を確認すると、表示された意外な名前に首を傾けながら電話に出る。

「はい。アキラ、どうかした?」
『おっ、セレーナ? いきなりで悪りィんだけど、ちょっと手伝ってもらいたいことがあってさ。今いけるか?』
「えっと、今日中に片付けなければいけないものがまだ少し残っているのだけれど……それが片付いてからでもいいかしら?」
『おう、それでも助かるぜ! じゃあさ──』

そうして呼ばれた先は、サウスの研修チームが生活している共同ルームだった。研修チームの共同ルームであれば、ブラッドやオスカーも居合わせる可能性があるのではないかという懸念があったが、アキラが頑なに大丈夫だと言い張るので、信じることにした。何やら慌ただしく、大雑把な用件しか聞かされないままに切られてしまったけれど。
その後、結局手が空いたのは想定よりも少し遅い時間になってしまい、急ぎ足でサウスの部屋へ向かった。ヒーローたちの居住エリアを行き来することは滅多にないので、通路を歩くだけで緊張して浮足立ってしまう。ましてや、彼らの生活領域に足を踏み入れるだなんて。

「失礼します。遅くなってごめんなさい」
「おー、来たか」
「えっ、セレーナ!?」
「あら、ガストも一緒だったのね」

一瞬の躊躇いを振り切って指定された扉を潜ると、広々とした部屋に見知った顔が幸いにもふたつだけ。片やほんのり待ちわびたと言わんばかりの表情で迎え、そして片や想定外の来客に唖然としている。察するに、ガストはアキラから何も聞いていなかったらしい。
ここは研修チームの共同スペースといったところだろうか。アキラが筆を片手に立ち向かっているリビング用テーブルには、力強く黒々と文字がしたためられた白い紙が。床に座り込むガストの膝の上やその傍らには、鮮やかな色の花と紅白の折り紙が彩る縄状の飾りが数多く散らかっている。他にも、違う形の飾りもちらほら。なるほど、思っていた以上に大がかりな作業のようだ。

「結構立て込んでたんだな。ひょっとして、無理言っちまったか?」

なかなか無茶な呼び出しだったが、それなりにこちらの予定も気遣ってくれている様子ではあった。昔はもっと悪気なく振り回された記憶があるけれど、やはりあの頃と比べてアキラも成長したということだろう。そう思うと、なんだか微笑ましくなった。

「ううん、やることはきちんと済ませてきたし、もう大丈夫よ。ところで、作業はもう終わっちゃった?」
「いや、それならまだ残ってる、けど……ウィルが……」
「ウィル? 姿が見えないようだけれど、ウィルも一緒だったの?」
「まぁ……うん……」

珍しく後ろめたさを滲ませて潰えていく勢いと、曖昧に泳いでいく視線に疑問を抱いて首を傾げる。と、ガストがどことなく探るようにアキラを軽く睨んだ。

「……さては、セレーナを俺とウィルの緩衝材にしようとしてたな?」
「うぐっ」
「ど、どういうことっ?」

あからさまに図星を突かれた反応が見て取れたが、自分だけがその真意を理解できずにおろおろと取り残される。するとアキラは叱られた小さな子どものごとく、ばつが悪そうに口ごもる。

「……さすがにウィルのヤツもセレーナの前ではキツい態度なんて見せたりしねぇだろうし、セレーナが間に入ってくれたら少しは歩み寄ろうとしてくれるんじゃねぇかなって思って」
「お前なぁ。俺たちのことを思ってくれてるのはありがたいけど、勝手にセレーナまで巻き込んでやるなよ」
「だってさ〜……セレーナも、ガストとウィルには仲良くなってほしいって思うだろ?」

やんわりと呆れの色を滲ませて窘めるガストを尻目に、行き詰まったような視線がこちらに縋りついてきた。よほど苦戦しているらしいと、見てとれる。
アキラの気持ちもわからなくもない。ガストは積極的に歩み寄ろうとしているものの、ウィルは頑なにそれを突っぱねているように見える。あくまでも彼らの問題であるので、口出ししないようにしてきたけれど。それなりにもどかしい思いをしてきたのは確かで、ついアキラに同調してしまう。

「そうねぇ。私の好きな人たちには、できることなら仲良くいてもらいたいわ」
「すっ、好きな人!?」
「お前……今のは反応するところじゃねぇだろ」
「いや、だって……」

急にぎこちなくなるガストの反応から、何か語弊を生んでしまったと察したが、墓穴を掘りそうなのであえて深く触れないでおくことにして。それよりも気に病むべきは、アキラの健気な思惑に乗ってあげられなかったことだ。

「私、せっかく重大な役割を任せてもらおうとしていたのに、間に合わなかったのね。なんだか申し訳ないわ」
「い、いや、それは仕方ねぇって。オレもちゃんと知らせてなかったし……」
「そうそう。元はといえば、せっかくアキラが気ィ利かせてくれてたのに、ウィルの機嫌損ねちまった俺が悪いんだしさ。だから、セレーナは気にしなくて大丈夫だ」
「いや、ガストも悪くねぇんだけど……ううぅ、お前ら、揃いも揃ってお人好しすぎんだろ」

苦々しく笑い飛ばしながら慰めてくれるガストの言葉を受けて、アキラは何やらいたたまれなさそうに目を逸らしながら消沈していった。ガストはともかく、何故かこちらまでお人好し呼ばわりされてしまった。期待に応えられなかったのは、紛れもない事実なのだけれど。

「……とはいえ、人手が欲しかったってのも確かだ。残りの作業、一緒に手伝ってくれるか?」
「えぇ、それはもちろんよ。そのために来たんだもの、任せてちょうだいね」

せめて本来の依頼にはきちんと応えなければ。意気込んでみせると、萎みかけていたアキラの表情が日の出のようにキラキラと明るんでいく。

「セレーナ……助かるぜ、サンキューな!」

弟がいたらこんな感じなのだろうか、アキラが弟だったら随分と手がかかりそうだけれど。だなんて、輝かしく向けられる笑顔を眺めながら、微笑ましい気持ちは胸の内に仕舞っておくことにした。

「よし。じゃあ、コイツの作り方をガストに教えてもらって、一緒に作っていってくれ。とにかくたくさんな!」

気を取り直したアキラが指し示す先に近づき、床に転がる縄状の飾りをそっと見下ろす。既にかなりの量があるように見えるけれど、アキラの口振りからするとまだまだ足りないようだ。頑張らなくちゃ、と頷こうとしたところで、足下で胡座をかいているガストがぎょっとした顔でアキラを見上げた。

「えっ、俺が教えるのか?」
「ん? 何か問題でもあんのか?」
「いや……俺のは手間を省いちまってるし、ちゃんとしたやり方をウィルに教えてもらった方がいいんじゃねぇかと思って」

怪訝に首を傾げるアキラに訴えるガストの姿勢はどこか覇気がなく、腫れ物に触るかのようで。

「それなりに綺麗に見えてたらいいんじゃねぇの? ガストが作ったヤツも十分見栄えはいいし、今回はかなりの量も必要だし」
「そうねぇ、よくできていると思うけれど」
「でも、俺は元々助っ人みたいなモンだったし、ウィルが知ったら嫌がるかなって……」
「お前……それは気ィ遣いすぎだろ」

話の流れから、ガストがウィルの機嫌を損ねてしまった原因がだんだんと見えてきた気がする。それでもウィルの気持ちを慮ろうとするガストの人の善さが愛おしくて、汲み取ってあげなければと思った。

「わかった。それじゃあ私、ウィルに教えてもらうわね。アキラ、お部屋に案内してくれる?」
「うぅ〜、わかったよ」

アキラにはまた別の思惑もあったらしく、渋い顔をして案内されてしまった。
共同ルームに足を踏み入れるだけでもかなりの緊張感があったが、個人の部屋となるとますます畏まってしまいそうだ。相手がウィルだから、まだ安心していられるけれど。

「おーい、ウィル〜」

アキラが間延びした声で扉の向こうへ呼びかけると、少しして扉が開いてウィルが顔を覗かせた。ガストが機嫌を損ねたというだけあって、確かにいつもの穏やかさは翳っている。

「何……って、セレーナもいたのか」
「おー。セレーナにも正月飾り作るの手伝ってもらうことになったから、作り方教えてやってほしいんだけど」
「えっ、なんで俺が……アドラーに、教えてもらえばいいんじゃないか?」

戸惑いに揺れるウィルの声が、いっそう沈んでいく。普段なら快く引き受けてくれるだろうに、それだけ燻らせている思いがあるということなのだろう。

「私はウィルに教えてもらいたいの。元々、作り方を知っているのはウィルだったのでしょう? 初めてなのだし、やっぱり基本から押さえていくべきだと思ったのだけれど……だめ?」
「だめ、じゃないけど……セレーナが言うならわかったよ」

控えめに、それでいて熱意が伝わるように真っすぐ目を見つめてお願いしてみると、ウィルは複雑な情を煮詰めた瞳を一際揺らがせて、観念したように目を伏せた。
本当は一人にしてほしかったのかもしれないが、それでも受け入れてくれる辺り、やはり人の善さは拭えないようだ。思わず頬が緩む。

「ありがとう。えっと、じゃあ、少しだけお部屋に入ってもいいかしら?」
「えっ」

空気がほのかに和やかさを取り戻したと思えば、凍りついた声が三つほど目の前と背後から重なった。いつの間にかガストも付いてきていたらしい。ウィルはもちろん、こちらを振り返るアキラの顔もあからさまに狼狽えている。

「そ、それはさすがに……いいよ、俺がそっちに行くし」

彼らの思うところは理解しているし、躊躇いがなかったわけではない。だけど、こうしてウィルに気を遣わせてしまっては意味がないから、苦肉の策を選ぶしかなくて。

「でも、ガストとはあまり顔を合わせたくないのでしょう?」
「いや……それは、そうだけど」
「はは、改めてはっきり言われるとさすがに傷つくなぁ」
「うるさい」

背後で嘆くガストにしっかり棘を刺して、ウィルは小さくため息をこぼした。

「まぁ、誰かさんと違ってセレーナとは何かあるわけでもないし……わかったよ」
「誰かさんって、もしかして俺のことか?」
「わかってるならいちいち聞くな」
「えっと、わ、私、別にガストと何かあるわけではないのだけれどっ」
「ごめん、俺の言い方が悪かったよ……」

色々と誤解を受けていそうな気がしたので慌てて弁解すると、ウィルは微妙に眉を寄せて何故か謝罪を口にした。彼の意図するところを捉えきれずに首を傾げるも、それ以上言及されることはなく、素直に部屋に招かれるだけだった。

「えっと、それじゃあどうぞ」
「ありがとう。お言葉に甘えて、お邪魔します」

そこそこに無理を通してしまった気がするけれど、その分きちんとお手伝いをしていこうと決意して、アキラの隣をすり抜けて中へと足を踏み入れた。

「そんじゃ、オレたちももうひと頑張りするか」
「えっ? あぁ……そう、だな」

気合を入れ直すアキラと、不思議と元気のないガストの声を背に受けて振り返った瞬間、扉に遮られてしまった。最後に見たガストの顔が妙にしょんぼりしていたように見えたのは、きっと気のせいだろうと思い過ごした。







「ガスト? なんでそんな落ち込んでんだよ、お前」
「へっ?」

アキラとウィルの部屋に消えていく背中にぼんやりとした羨望を向けていたところで、アキラに鋭く指摘されて我に返った。

「いや、別に落ち込んではねぇけど」
「そうかぁ?」

何食わぬ顔ではぐらかそうと試みるも、疑わしげな視線が突き刺さるばかりだ。落ち込んでいるわけではないのは本当だが、どうやら懐に悶々と抱える大人げない感情を隠し切ることはできないらしい。

「ただ……」
「ただ?」
「別に何もないのはわかってるけど、ちょっとだけいいなぁって思っちまっただけで……」

だから、諦めて白状してしまった。思いの外弱くこぼれた自身の声が虚しく消えた後、しばしの沈黙が痛々しく流れる。

「お、お前なぁ……」

目の前で絞りだされた声には、様々な苦言を押し殺したような呆れの色が淀んでいて。かつての兄貴分としての威厳など、その緑の目には欠片も映っていないのだろうと自嘲せざるをえなかった。







完成品を掲げて、小さな達成感に心躍りながらじっくりと眺める。ウィルが見本として見せてくれたものと、さほど違いも見られない。華やかで綺麗な正月飾りの出来上がりだ。

「ウィルのおかげで綺麗にできた気がする」
「セレーナは手先が器用だから、コツがわかればすぐにできるようになると思ってたよ」
「あら、そう? でも、やっぱりウィルの教え方が上手だからなのだと思うわ。とても丁寧でわかりやすかったし」
「本当? それならよかった」

率直な感想を述べると、花の綻びのような彩りが彼の表情に差した。緑に囲まれた部屋で作業に没頭しているうちに、ウィルの心も無事に平穏を取り戻したようだ。
三つほど作って、ようやく作り方が手に馴染んできた。この調子なら今からでも力になれそうだと気分が良くなってきたところで、ふと肝心なことを思い出す。

「そういえば、随分とたくさん作らなくちゃいけないみたいだったけれど、これは一体何に使うものなの?」
「えっ。アキラから聞いてたんじゃなかったの?」
「ううん。アキラからはとにかく手伝ってほしいことがあるって呼び出されただけで、詳しいことは何も聞いていなかったのよ」
「まったく、アキラったら……」

悩ましげに眉を寄せて項垂れる様は、無鉄砲な子どもに手を焼く親のようで少し滑稽に見えた。相変わらずといえば相変わらずの光景で、彼には悪いがなんだか安心を覚える。

「えっと、あんまり言い触らさない方がいいみたいなんだけど、アキラが今度の『ニューイヤー・ヒーローズ』に出ることになって」
「あら、すごいじゃない〜。あの番組なら、家族揃って毎年欠かさず見ていたわ。確か、あのメンターリーダーさんも何年か前に出ていたことがあったわよね」
「うん。当時俺も見てたんだけど、俺としてはブラッドさんの企画が過去一番だと思ってて……それを聞いたアキラが、ブラッドさんの企画を超えるって言って、すごく燃えてるんだ」

まさか、親しみのある有名な番組にアキラが出演することになろうとは。思いがけない情報に、ついこちらまで浮かれてしまう。姉と甥が知ればきっと大喜びで騒ぐのだろう。
アキラが燃え上がるのも納得だ。お祭りごとだとか、派手に目立つことが大好きな子だから。それに、あの番組に出られるということは『ヒーロー』として期待されている証でもあって、企画が成功すればより多くの人々に認められることになる。

「張り切るのはいいけれど、勢い余って暴走してしまわないかちょっぴり心配になっちゃうわね」
「そこは俺もちゃんと注意して見てるよ。また調子に乗って、とんでもない無茶でもして危険な目に遭ったりしたら堪らないし」
「そうねぇ。アキラは『ヒーロー』になってからすごく成長したと思うけれど、まだまだ突っ走る癖は直っていないみたいだから。ウィルが見ていてくれるなら、私も安心だわ」

声が少しだけ、震えて聞こえた。ウィルが思い起こしているのは、きっとアキラが火事に巻き込まれた時のことなのだろう。アキラが目を覚ますまで、大切な幼馴染を喪うかもしれないという恐怖に襲われただろう彼の思いは計り知れない。そんな彼に、きっともう大丈夫だなんて無責任な言葉は吐けなかった。
するとウィルは一瞬だけきょとんとした顔を見せた後、また深刻に一筋の影を落とす。

「あのさ、ずっと気になってたんだけど……セレーナはどうしてアドラーと一緒にいるんだ?」
「えっ?」
「セレーナだって、不良に酷い目に遭わされたっていうのに。その……怖いって思わないのかなって」

不意に躊躇いながらも重々しく向けられたのは、ガストへの疑心とこちらへの心配だった。そういえば、ウィルはタワーで再会した当初からずっと気にかけてくれていたっけ。あの頃は、助けてもらったにも関わらずガストを明確に恐れていたから。
あれからそれほど月日は経っていないのに随分と昔のことのように思えるのは、ガストとの関係が大きく変化したからなのだろう。だけどウィルは違うのだと、その様子から窺える。

「……ウィルは、怖い? ガストとアキラが一緒にいるの」

彼の抱えるものを刺激しないように、そっと大切に触れる。すると苦悩の滲む瞳が微かに揺れ、静かに細められた。そして小さな雫のようにぽつりと吐露されたのは、至極素直な言葉だった。

「怖いよ。アドラーのヤツ、足は洗ったって言ってるけど、昔の仲間とまだつるんでるみたいだし。アキラがまた変にそそのかされて、取り返しのつかないことになるんじゃないかって……不安で……だから俺、正直信じられないんだ。セレーナがアドラーと平気で仲良くしてるのが」
「う〜ん、確かに最初は私も怖かったけれど。でもよくよく考えてみれば、お姉ちゃんを助けてくれたアキラだって不良だったわけじゃない?」
「そ、それは……確かに、そうだけど」

真剣に心配してくれているのに屁理屈で返してしまうのは申し訳ないと思ったが、たじろぐウィルの顔からは少し力が抜けたようで、ついふっと口元を緩めてしまった。

「それに、ガストは怖さなんて感じなくなるくらい、とっても優しくしてくれたから。今の私にとってはもう、世界で一番大好きな『ヒーロー』になっちゃった。……でも、それはあくまでも私の想いでしかないし、ウィルが怖い思いをしたのも確かなのだから、ガストと仲良くするようにって無理に押し付けるつもりはないわ」
「セレーナ……」
「さてと。一人で作れるようになったことだし、私はそろそろあちらに戻るわね。教えてくれてありがとう」

あまり長話をすると押しつけがましくなってしまいそうだから、適度に話を切り上げて借りていた椅子から腰を上げた。これ以上、一人になろうとしていた彼の邪魔をするわけにもいかない。そうして配慮したつもりだったが、真面目な彼にはむしろアキラの分まで気を遣われる羽目になる。

「そんな、こちらこそ急のお願いだったみたいなのに、アキラを手伝ってやってくれてありがとう。セレーナには世話になりっぱなしだよ」
「あら、そんなことないわよ〜。私だってアキラとウィルにはたくさん助けてもらってきたのだし、困った時はお互い様でしょう?」
「……それもそうだね」

楽観的に振る舞ってみせると、ウィルは目を丸くした後、肩の力が抜けたように柔らかく微笑んでくれた。よかった、顔を合わせた時からだいぶ険しさもなくなったようだ。

「それじゃあ、また何かあったら頼らせてもらうわね」
「うん。こちらこそ」

安堵を胸に、部屋を後にしようと軽やかな足取りで扉へ向かう。そして扉が開いた瞬間、待ち構える大きな影が唐突に現れてぎょっとした。

「セレーナ……」
「ガ、ガスト!? どうしてこんなところに立って」
「世界で一番大好きなんて……俺のこと、そんなふうに想ってくれてたんだな……」
「えっ……もしかして、聞いていたの!?」

何やら熱のこもった視線が注がれていると思えば、とんでもない事実を突きつけられ、強烈な衝撃が頭を駆け巡った。別に隠すことでもないけれど、秘めたる心の内から率直にこぼした言葉をそのまま聞かれていたとなれば。しかも、そんなに感動を噛み締めるような顔で面と向かって触れられてしまっては、無性に恥ずかしくなってしまう。
顔に熱を感じながら固まっていると、ガストの隣にいたらしいアキラがひょっこり扉の影から顔を出す。取り繕ったような、白々しい笑みを浮かべて。

「いやぁ〜。セレーナならこう、いい感じにウィルを説得してくれたりするんじゃねぇかな〜って思ってたんだけど」
「まさかこんな話が聞けるなんて……あぁ〜、今の俺、最高に幸せ者だぜ」

そんなに無邪気に喜ばれて、本来ならこちらも嬉しいと思うべきなのだけれど。二人だけならまだしもアキラやウィルもいる手前、どうしても大恥の方が勝って頭が混乱する。
絶句しているうちに、背後に立つウィルが恐らくは窘めるような意図を込めて、大きくため息を吐きだす。

「まったく……こうして立ち聞きしているくらいなんだから、作業は当然終わったんだよな?」
「うっ、それは」
「実は、ずっと立ち聞きしてて全然進んでねぇんだよなぁ〜。ははは」

あからさまに狼狽えつつ空笑いするガストとアキラを前に、思わず打ち慄えた。こちらは色々と力になりたくて懸命に頑張ろうとしていたのに、この二人は完全に手を止めて盗み聞きに徹していたという。恥と理不尽への怒りに追い立てられ、今回ばかりは見過ごしてあげられそうになかった。

「も〜〜、ちゃんと真面目に作業しなさ〜〜〜〜い!!」

渾身の叫びをあげると、目の前の二人は揃って焦り顔で肩を大きく揺らし、勢い良く謝罪を口にした。






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