utpr 鳳瑛二に片思いしていた女の子がHE★VENSの雑用係になる話

2019/07/31

『あの、鳳瑛二って言います。よろしくね』
「……は?」

 ずっと片思いしていた男の子が、アイドルになっていた。その光景をテレビの前で唖然と見つめるわたし。いやいやいや……えっアイドル?
 確かに彼の父はアイドル事務所を経営していたし、兄はその事務所のアイドルだった。でも彼は普通の学生だったはずで、だからわたしは彼と知り合いで(残念ながら『友達』と呼べるほどの仲ではなかったけど)、わたしは彼に片想いをしていたのだ。

 数年ぶりに見た片想いの相手は、手の届かないアイドルになっていた。

 そんな衝撃的な出来事から早数週間、わたしはHE★VENSの雑用係としてメンバーとそれなりに仲良くやらせてもらっている。……え?衝撃的なのはわたしの今の立ち位置だって?もちろん言いたいことは分かる。わたしだってまさか自分が本物のHE★VENSと接点を持つ日が来るなんて思ってなかった。
 ただまあ、本当に"色々"あってこうなったんだよね。その"色々"は話せば長くなるので、今は"色々"勘弁して欲しい。

「安曇、すまないが今日の晩御飯を頼む」
「わかりました、何時頃帰りますか?」
「あまり遅くはならないと思うが……また連絡しよう」
「はい、お願いします」

 そう言って出かけていく鳳さんを見送ると、入れ違いでロケから帰ってきた帝くんがやってきた。

「ねえ『マネージャー』、このカバン部屋に運んどいてよ」
「はい!」

 帝くんからカバンを受け取り、階段を登る。何が入ってるのかわかんないけどなんかめちゃくちゃ重いな……何これ……。

「あっこらナギ、女の人に力仕事を頼んだらダメだって」
「でもこの人はナギたちの『マネージャー』でしょ?」
「それはそうだけど……」

 階下から帝くんと鳳くんの会話が聞こえる。本当は『マネージャー』じゃなくて『雑用係』なんだけど、いわゆるマネージャー業もわたしの仕事なのでみんなは『マネージャー』って呼んでくれる。そんな大層なお仕事ができてるかは、わかんないけど……。
 一度荷物を床に置いて、会話に入るため声を上げた。

「わたしは大丈夫なので!」
「ほら、本人だってああ言ってるんだし」
「じゃあ俺も手伝うよ」
「へっ!?」

 突然の展開に素っ頓狂な声を上げてしまった。鳳くんは素早く階段を登り、わたしの足元の荷物を軽々と持ち上げる。うわあ、男の子なんだなあ……。って、そうじゃなくて!

「わたしが持ちますよ!」
「ダメだよ、こんなに重いんだから。あ、ドア開けてくれる?」
「は、はい!」

 頼まれた事に反射で頷いてドアを開けてからしまったと気づく。だけど時すでに遅し、鳳くんは部屋に入って荷物を置いたところだった。

「これでよし、と」
「あ、あ〜……」

 わたしが頼まれた事だったのに、あろうことかメンバーの鳳くんに手伝わせてしまった。なんという失態。
 ……鳳くんは、わたしが雑用係として働くようになってから毎回こうやって手伝ってくれようとする。簡単な仕事は断れば引き下がるけど、力仕事とかは今回みたいに有無を言わさずといった感じだ。
 そんなにわたしって信用ないのかな?というよりは、鳳くんの性格なような気もする。

 わたしが昔同級生だったことを、たぶん鳳くんは気づいていない。というか、同級生にわたしみたいなのが居たことさえ知らないだろう。少し寂しいとは思うけど、今こうして近くに居られるなら昔のことはいいか。

「ありがとうございます、鳳くん」
「どういたしまして。」
「おっ、今日は『マネージャー』ちゃん居るんやな!」

 玄関から元気な声が聞こえてきた。この声は桐生院さんだ。鳳くんと二人で階段を降りると、仕事から帰ってきたらしい桐生院さんと天草さんがいた。

「おかえりなさい、桐生院さん、天草さん」
「ただいま、『マネージャー』ちゃん」
「只今帰還した」

 二人の荷物を受け取って部屋に運び戻ってくると、「ドリンクが切れた」とトレーニングをしていた大和さんがやってきて、ピアノを弾いていた皇さんもやってきた。

「お疲れ様です、大和さん」
「おー」

 大和さんにスポーツドリンクを差し出して、出かけている鳳さん以外全員集まったのでお茶の用意を始めようかな。この間頂いたクッキーもあるし。わたしからドリンクを受け取った大和さんがボトルに口をつけ、その様子を何故か桐生院さんがじっと見ている。

「なんだよ?」
「いや、『マネージャー』ちゃん、なんで大和だけ名前で呼ぶんやろな〜って思っただけや」
「へ?」

 名前?呼び方の話だよね。そういえば大和さん以外はみんな苗字で呼んでるかもしれない。いや、前に大和さんが「日向って呼ぶんじゃねえ」って言ったから下の名前で呼んでるだけで特に深い理由とかはないんだけど。
 そう言うと桐生院さんは両手を合わせた。

「ほんなら、ワイのことも名前で呼んでやって言うたら名前で呼んでくれるん?」
「えっ」

 桐生院さんを、名前で。考えたこと無かったな。試しに「ヴァンさん?」と呼ぶと、桐生院さんは「それやそれ!」と笑った。桐生院さん、ってずっと呼んでたから、なんか違和感がすごい。ムズムズする気がする。

「これからはそう呼んでや、なとりちゃん」
「えっあっ、わかりました……?」

 うーん、呼びなれるかなあ。心の中で何度か「ヴァンさん」と呟いていると、不意に手を引かれた。腕を辿って顔を見ると、天草さん。

「天草のこともシオンと呼んで欲しい」
「えっ。シオンさん?」
「ああ、その柔らかな響きが我の癒しとなる……」

 名前で呼ぶだけで癒しになるのか果たして疑問だけど、喜んでもらえてるみたいで良かった。ヴァンさんとシオンさんは名前で呼んでいい、と。絶対不意にでちゃうのは苗字だと思うんだよね……気をつけよう。

「それならナギのことも名前で呼んでよ!」
「えっ」

 そんな、恐れ多い。とはいえ、「ねえねえ」と迫る帝くんに気圧されて「ナギ……くん」と呼ぶと、愛くるしい顔で「うん、そっちの方が良い」と言われてしまった。
 え〜、あのHE★VENSの帝ナギをナギくんなんて呼んでもいいの……?

「綺羅と瑛二は?」
「なとりは……皇、と呼ぶのが苦手……だと思う」
「え!」

 まさか本人にバレてるとは……。たしかに皇さんってちょっと呼びにくくて、綺羅さんって呼んでもいいならそっちの方がうれしい。いや、苗字が呼びにくいから名前で呼ばせて欲しいなんてワガママにも程があるけど。

「き、綺羅さんって……呼んでもいいですか?」
「ああ、構わない」
「ありがとうございます!」

 綺羅さんから許可を貰ったので、今度からは綺羅さんも名前で呼んでいいらしい。やったね!

「瑛二は?」
「えっ、俺は……」

 鳳くんを名前でなんて、恥ずかしくて呼べない気がするな……。わたし中の彼は、アイドルの鳳瑛二じゃなくて、今もまだ同級生の鳳瑛二くんだ。

「俺は、その……」
「あ、あー……あつ! そろそろ鳳さんが帰ってくる時間だと思うので、晩御飯の支度しますね!」
「ちょっとなとり!」

 鳳くんが微妙な顔をして目線を逸らした。それで察した、彼はきっと名前で呼ばれたくないんだろう。しょうがないよね、彼にとってわたしはまだまだ他人で、名前で呼ばれるほどの仲じゃない。ほかの皆がフレンドリーすぎるんだ。
 スマホに入った『あと二時間程で帰る』という鳳さんからの連絡を確認して勢いよく立ち上がった。この話題はここでおしまい!エプロンをつけると髪の毛を縛ってキッチンへ向かった。「じゃあ俺はひとっ走りしてくるわ」と出ていく大和さんの背中に「ご飯準備出来たら連絡しますね!」と声をかける。

「俺も手伝うよ」
「えっあ、でも」
「安曇さんのこと、手伝わせて欲しいんだ」

 そう言いながら「ダメかな?」と首を傾げる鳳くん。これは断っても引き下がらないタイプのやつだ……。手抜きできなくなってしまった。

「じゃあ、あの、おねがいします」
「うん、任せて」

 エプロンをつけて、腕まくりをする鳳くん。華奢に見えるけど腕にはしなやかに筋肉がついていて、やっぱり男の子なんだなって改めて思った。まじまじと見ている訳にもいかないので(バレたら恥ずかしすぎる)、気づかれる前にそっと視線を逸らした。
 軽く話し合った結果、ポトフとミートボール、サラダを作ることになった。まずはポトフから取り掛かろう。

「安曇さんはさ」
「、はい?」
「いきなり名前で呼んで、って言われても、困らない?」

 大体の料理が出来上がって使った調理器具を洗っていると、サラダにドレッシングをかけて混ぜていた鳳くんが口を開いた。何かと思えば、さっきの話かな?

「うーん……相手によりますね」
「そう、だよね……」

 初対面の人に名前で呼んで欲しいって言われてもきっと戸惑っちゃうと思う。大和さんは理由がなんとなくわかったから呼べたけど、そうじゃなければよっぽど無理じゃないかな。HE★VENSのみんなくらい顔を合わせてないと。
 頷きながら、何故か視線を落とした鳳くん。不思議に思って声をかけるより先に、ナギくんが「ねえ」とひょっこり顔を覗かせた。

「ねえなとり、瑛一が帰ってきたら名前で呼んでよ」
「ちょっと、ナギ?」
「ええっ……そんな、恐れ多いですよ」
「いいからいいから〜」

 ニヤニヤしたナギくんに強く抗うことができず、結局「一回だけ」と約束をする。まじか……。鳳くんはどうだろう。「お前が兄さんを名前で呼んでんじゃねえよ」とか、思われたらどうしよう……。いや、鳳くんはそんな人じゃないと思うけど。ちらりと鳳くんを見ると、何故か目が合った。えっ?

「えっと」
「あ、ごめん! えっと……俺、お皿用意するね!」
「え、あ、お願いします」

 もしかしてほんとにわたしなんかが鳳さんを名前で呼ぶことが快くないんじゃ……?ミートボールをつまみ食いするナギくんを窘めつつ、お皿の用意をする鳳くんをぼうっと見つめるわたし。まあ、一回だけだし、目を瞑ってもらうしかないか。
 ポケットからスマホを取り出して、大和さんに『そろそろ夕飯の支度ができます』と送ると、腕で丸を作るかわいいライオンのスタンプが返ってきた。

「あ、兄さん。おかえりなさい」
「ただいま、瑛二」
「おかえりなさい。お疲れ様です、鳳さん」
「ああ。悪かったな、安曇」

 鳳さんは優しく笑った。自室にいた他のメンバーにも声をかけて、テーブルにご飯を並べていく。七人分のお皿を並べたところで、鳳さんが首をかしげた。

「安曇の分がないが」
「あ、わたしのことはお構いなく……」
「だめだよなとり〜、ほらよそって」
「うっ」
「ほらなとりちゃん、こっち座り」
「ありがとうございます……ナギくん、ヴァンさん」

 ナギくんからお茶碗を受け取り、椅子を引いてくれたヴァンさんにお礼を言ってから隣に座った。みんなで頂きますをして食べ始める。不味くはない出来にひとまず安心した。寮に来て食事を作るのは初めてじゃないけど、家族以外の人、それもアイドルの口にはいるものって考えるとどうしたって緊張しちゃう。

「なとり、明日のおにぎりも頼みたいのだが……」
「えー、ナギも欲しい!」
「お弁当ですか? 任せてください!」
「いつの間にか随分仲が良くなっているみたいだな」
「羨ましいでしょ〜」

 食事を終えてナギくんとシオンさんと談笑していたら、兄弟で話していた鳳さんがふとわたし達を見て言った。ナギくんがニヤリと笑う。羨ましい……わたしとナギくんとシオンくんが三人で話してるのが?お弁当?
 ナギくんを見ると、「ほらほら」と言うようにわたしと鳳さんを交互に見ている。鳳さんはその視線に首を傾げたけど、わたしはナギくんが何を言いたいのか気づいてしまった。

「えーっと……」
「ナギ、安曇さんを困らせたらダメだよ」
「えー? なとり、困ってる?」
「あ、えっと、いえ、大丈夫です! 気遣いありがとうございます、鳳くん」

 鳳くんは気遣いがよくできて優しい。こういうところが好きだったんだよなあ、って考えて少し恥ずかしくなった。
 しかしナギくんは引き下がらない。「なとり、瑛一に何か言うことがあるんじゃない?」と口を開く。この子、顔に似合わずたまに悪魔だよね……そういうギャップがまた良いんだろうけど。

「何かあるのか、安曇?」
「え、えーっと……コーヒー、おかわりどうですか? 瑛一、さん」

 鳳さんのカップが空なのを見て立ち上がって言うと、ナギくんが不服そうな顔をしたので慌てて名前を付け足した。あまりにも恥ずかしかったので、失礼とは承知で顔を逸らしてしまったのは仕方の無いことだと思う。
 鳳さんは少し驚いた顔をした後、カップを差し出して「ああ、頼む」と言った。えっスルー?別にリアクションを求めてたわけじゃないけど、なんか拍子抜けだ。「鳳くんはどう?」と聞くと、「俺もお願いしていいかな」と控えめに差し出された。頷いて、二人のマグカップを受け取る。

「なとり、僕もココア!」
「わかりました。シオンさんは?」
「我は……いや、頂こう」

 ナギくん、シオンさんからもカップを受け取ってキッチンへ向かう。持っていくのはトレーがいるかな。
 コーヒーとココアを淹れて戻ってくると、ナギくんが鳳くんに何か耳打ちをしていた。シオンさんと鳳さんはそれを優しく見守っている。なんだろう?

「お待たせしました」
「ありがとう、安曇さん」

 鳳くんにカップを渡すと、相変わらずニヤニヤした顔のナギくんが「ほら〜」と鳳くんを小突く。何してるのかはわかんないけど、仲良しなのは確かだ。微笑ましい。

「どうぞ」
「ああ、ありがとうなとり」
「……えっ」

 驚いて手渡すカップを落としそうになる所だった。危ない。っていうか鳳さんは今なんて言った?

「お、鳳さん……?」
「何だ、名前で呼んでくれるんじゃなかったのか?」
「え、あ、それは……」

 ナギくんと約束したから、呼んだだけで。HE★VENSのリーダーである鳳瑛一さんを名前で呼ぶなんて、本当の本当に恐れ多いことなのに、あまつさえわたしのことまで名前で呼ばれるなんて。ナギくんもシオンさんも素知らぬ顔でココアを飲んでいる。助けて……!

「名前で呼び合う方が信頼し合っている感じがしてイイじゃないか、なあ瑛二」
「え、あ、……うん」

 鳳くんはぎこちなく頷いた。やっぱりわたしが鳳さんを名前で呼ぶことに反対なんだろうか。そうだとしたら少し寂しい気がした。いや、鳳さんを名前で呼びたいと思ってる訳では無いんだけどさ!

「そう言えばなとりは瑛二の事は苗字で呼んでいたな」
「そ、そうですね……」
「何故だ? まさか瑛二の事が嫌いなのか……?」
「それは違います!」

 食い気味に否定してしまった。嫌いどころか好きなんてさすがに言えないけど。

「なら瑛二の事も名前で呼べばいい」
「ちょっと、兄さん」
「何だ、嫌な訳では無いだろう?」

 鳳くんは困ったようにわたしを見た。えっこの反応、もしかして本格的に名前で呼ばれるの、嫌なのかな?なんか普通に悲しい……。首の後ろに手を当てながら、鳳くんは鳳さんに顔を向けた。

「俺じゃなくて、安曇さんが困るから……」
「困る? どうして」
「それは……」

 ちらり、とわたしを見る鳳くん。えっなに?わたし?鳳くんが嫌なんじゃなくて?

「わたし?」
「俺がいきなり名前で呼んでなんて言ったら困るよね」
「えっいや、それは、全然……鳳くんこそ、嫌じゃないんですか?」
「えっ!? それは、その……うん」

 なんと。鳳くんは別に嫌なわけじゃないらしい。じゃあさっきまでのは?わたしの勘違い?
 わたしの中で、好きな人を名前で呼ぶ喜びと羞恥心がせめぎ合ってる。けど鳳くんの「だめ、かな?」と言う問いでそんなものは全部どうでもよくなった。小首を傾げるの、ずるいと思います!

「えっと、じゃあ、あの、瑛二さんって……呼んでも良いんですか?」
「……さん、なの?」
「えっ」
「あ、いや、鳳くんだったのに、名前だとさんになっちゃうんだ、って思って……って、別に特に深い意味がある訳じゃないけど!」

 確かに苗字がくん付だったなら名前だってそうなるはずだ。それはそうなんだけど、恥ずかしくて……。だけど鳳くんのどこか期待するような(って言うのがわたしの期待なのかもしれない)目を見て、意を決した。

「え、えーと……あの、瑛二、くん……?」
「!!」
「なんか恥ずかしくて……」
「そうだね、うん、安曇さんが呼びやすい方でいいよ……」

 どうやらこの恥ずかしさは鳳くん……瑛二さんも同じらしい。「じゃあ、あの、瑛二さんで、許してください」と意味のわからないことを口走ったわたしは、マグカップのココアを必死に飲み干した。



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