十分
12月31日、朝。若者がやっとこ布団を出ようとするあたりの時間に見事な老人仕様を見せた鍾離さんは、私からの花束を受け取った。
私の名誉のために言っておくと、彼を叩き起こしたわけではなく鍾離さんの方から店の準備をしている私を訪ねたのである。私に会おうと思った、だとかうんぬんかんぬん。そもそもこんな時間にバッチリ目が覚めているのなんて花屋くらいのものだ。
……まあ、嬉しくなって店を飛び出したのは紛れもなく私なのだけれども。満足そうに微笑まれて負けた気持ちになった。
「鍾離さん、お誕生日おめでとうございます。欲しいものはありますか?」
「欲しいもの?花束以外でか?」
パンパカパーン、と口で効果音を添えて花束を渡す。それを鍾離さんは受け取って私に聞き返した。
「お誕生日プレゼントです。花束は去年も渡しましたし、鍾離さんにはもう仰々しいものをあげるわけにもいきませんから。どうせなら凡人っぽいものをプレゼントしようかと」
「ふむ……」
鍾離さんは少し考え込む。そして数秒してから、「ああ」と思いついた様子を見せた。速い。
「今日、お前がすること全てに付き合わせてくれ」
「……はい?」
「何か差し支えでもあるのか?」
「いや、別に、構いませんけど……お仕事するだけですよ」
「俺の誕生日なのに予定を?」
「本当にそういうとこありますよね」
何かご飯でも一緒に、みたいなそういうものを想定していた私は拍子抜けした。
花屋は案外年がら年中忙しい。いや、今日の場合はこれから寒さが極まっていくのに備えて温室を調整しておくだけなのだけれども。
私の返事に鍾離さんは楽しそうに笑っていて、ふんわりとした笑顔は過去の苛烈さからはかけ離れている。
意図しているものでなければいいなあ。私に向ける笑顔だから、こうやって柔らかければいいのに。
彼が凡人に近付くことを望んでいるくせに、そう思った。
本当にこれでいいのか。
「……」
「…………」
トン。ガチャン、トン、ドン。
来る新年の寒さに備え温室の暖房設備を新しくしたはいいけれど、花によっては過熱ぎみになってしまう。
そのため鉢植えの整理整頓を今私は行っている。とても地味である。
鍾離さんにはお茶を飲んで貰っているが、暇そうだ。失礼なことを言えば割といつも暇そうだけれども。誕生日をこんなことに使っていていいのか甚だ疑問である。
そうこうして十数分ほど。お茶を飲み干したらしい鍾離さんが立ち上がって、作業を続けている私に声をかけた。
「手伝おう」
「鍾離さんのお手を煩わせるわけには……」
「誕生日プレゼントじゃないのか?」
「……どうぞ……」
「何故そんなに悔しそうなんだ」
さも不服です、といった顔で鍾離さんはひょいと私から鉢植えを奪い、軽々と棚に置いてしまった。
「ほら」
「あ、はい」
もうひとつ、またひとつと大した苦労もなく植物たちの配置が出来上がっていく。それと同時に、鍾離さんの高そうな手袋に砂やら土やらが付いた。
「上段は俺がやろう」
「え」
「……中段もか?」
「今の間をどう取ったんですか。違いますよ……」
「そうか」
罪悪感が尋常ではない。私は鍾離さんの世話をするのが好きなだけであってされるのは専門外だ。心なしか、上機嫌に鍾離さんが手を動かすものなのでさらに混乱する。
「鍾離さん。私を手伝うの、楽しいですか」
「ああ」
「私は困ります。対応に」
「俺もよく困らされているぞ、お前に」
「私のはちゃんと甘やかすだけじゃなくて注意もしてますよ!」
「俺は幼子か」
「似たようなものじゃないですか」
諦めて最後の鉢植えを渡し、鍾離さんのこれまでの似非凡人エピソードを指折り数えてみる。
お財布を持ち歩かない、自炊はできるが時短には程遠い、風邪を引いたときにはしゃぎ悪化させる、解決できない問題に神パワーを持ち出そうとする、エトセトラエトセトラ。
「……野に放てない……」
「だからお前の中で俺はどういう扱いになっているんだ」
「事実を並べたときに出た感想なんですから仕方ないでしょう。鍾離さん、私がいなくてもちゃんと生活できるようになってくれないと。今のままじゃ不思議な人というよりお財布も持ってない無一文な蘊蓄お兄さんですよ」
岩神発覚までの道程を着々と闊歩しているこの自称凡人は、汚れた手袋の手をはたきながら私を見る。
「天衣が迷惑を被っているのなら直すが……」
「いえ、別に被害はないですよ。公子くんの口座以外には」
「財布は持ち歩くように心がけている」
「でも今持ってませんよね」
「うむ……努力しているのだが」
「しょんぼりした顔されても」
モラに関してはまあ仕方がないという部分も、ある。彼にとってモラは元から自分にあるものであり、持ち歩くものではない。例えれば私たちに髪の毛や爪やらがあるのと彼の手元にモラがあるのは相違ないのである。
綺麗な顔に眉を下げられては、それ以上言うことも出来ない。ずいぶんと表情豊かになったものだ。可愛いさに拍車がかかっている。
「財布『は』って、他は何かできない理由でもあるんですか?」
「…………」
ずもも……と何かに考えを巡らせているらしい鍾離さんにそう尋ねると、彼は私を見てからふと目を逸らした。
「鍾離さん」
「いや……そう、大したことではないんだが……」
「言ってみてください、ほら」
それすらも絵になるなあと頬をつつこうとすると防がれた。手が大きい。
「俺が凡人に近付けば、天衣は俺の世話を焼かなくなるだろう」
「えっ」
「だからこのままでいて、お前から享受しようとしてしまう」
「ええ……」
爆弾発言が投下されて、数秒。滔々と鍾離さんの言葉は続く。
「だが、それだけではダメだ。俺にとって有利すぎる。だからこうして、今日くらいは天衣も断れないだろうと……」
尽くされることを許す。それでは公平ではないから、尽くそうとする。尽くしたいと思う。神という生き物がたった一人を贔屓するという在り方は、彼にとって望ましいものではなかった。
民の信仰は受け取る。貢物も、何もかも受け入れる。代わりに太平を、富を。そういう「取引」しか彼は人間としてこなかった故の言葉だった。
だからこうやって分かりにくく私個人に付き添っている。好意に好意を返すことが苦手だから、私の真似をしているのだ。断られるかもしれないからと、わざわざ自分の誕生日だというラベルまで貼り付けて。
まとめよう。このひとの可愛らしい思考を、分かりやすく。
「私に世話を焼かれたままでいたいけど、されるだけでは公平じゃないから、こんなことをしていると」
「そうだ」
こく、と世界一可愛いひとは頷いた。
何だそれ、私が死んだらどうするつもりなのか。さっさと置いていきたいわけでは私もないけれど、心配が勝る。一人で生きていけそうな顔をして生活ラインを私に握らせないでほしい。
愛しい。かわいい。何も分かってないけれど、私の行動が彼にとって心地好いものであった事実が、嬉しい。
「ふふっ、やっぱり赤ちゃんじゃないですか」
「む……」
「仕方のないひとですね。お誕生日だから、許してあげましょう」
「天衣、俺は」
鍾離さんのネクタイを引っ張り、キスをした。
彼は少し驚いたあと、目を細める。できれば目は閉じて欲しい。
鍾離さんがなんでもできるようになったって、別に私は世話を焼く。必要があるからではなく、それが好きだから。
そこのところを彼は分かっていない。鍾離さんは私のことを全然分かっていないのだ。
口を離して、鍾離さんと目を合わせる。相変わらず美しい石珀だ。誰も触れられないような。
「鍾離さん」
「うん?」
「デートしましょうか」
「仕事はいいのか?」
「パッパと終わらせましょう。鍾離さん、手伝ってくれるんでしょう」
「!ああ、もちろん」
「その後璃月港で賑わいを見るんです。それで、ちょっと良いご飯を一緒に食べましょう」
「分かった、だが……」
「二歳の子が何自分の誕生日で公平とか不公平とか言い出してるんですか。凡人の誕生日をしましょう。細かいことは来年からです」
「だから俺を幼子のように扱うのをやめろ」
「ごめんなさい。鍾離さん」
「それでいい」
「鍾離さんが何でもこなすようになっても、私は勝手にお世話しますからね」
鍾離さんが好きなので。だから手を繋いで、キスをするくらいでお返しとしては十分なんですよ。
そう言うと鍾離さんは屈んで、私に顔を自分から寄せる。
「やはり俺ばかり得をするな」
「それはもう、甘んじて受け取っていただければ」
手は汚れているので繋がない。これはデートまでお預けだ。
「鍾離さん。改めて、お誕生日プレゼントは何が欲しいですか?」
「これで十分だ」
「口説き文句ばっかり上手くなって」
呼吸でもするように、影を重ねた。それは触れるだけで終わり、二人でなんとなく笑って作業に戻る。
心なしかスピードの上がる作業に二人して気付きつつ、指摘しなかった。青臭いのがいたたまれなかったので。
「鍾離さん」
「何だ?」
「大好きですよ」
「知っている。俺はきみからその言葉を貰うと心臓の位置が直ぐにわかる」
「そ、うですか」
「ああ。俺はやはり、きみから貰ってばかりだ」
「それでいいんですよ」
「もう一度するか?」
「早く終わらせますよ」
鍾離さんが楽しそうに笑う声が聞こえた。
できればお返しなんて大義名分、無くてもいいのだけれど。
私の名誉のために言っておくと、彼を叩き起こしたわけではなく鍾離さんの方から店の準備をしている私を訪ねたのである。私に会おうと思った、だとかうんぬんかんぬん。そもそもこんな時間にバッチリ目が覚めているのなんて花屋くらいのものだ。
……まあ、嬉しくなって店を飛び出したのは紛れもなく私なのだけれども。満足そうに微笑まれて負けた気持ちになった。
「鍾離さん、お誕生日おめでとうございます。欲しいものはありますか?」
「欲しいもの?花束以外でか?」
パンパカパーン、と口で効果音を添えて花束を渡す。それを鍾離さんは受け取って私に聞き返した。
「お誕生日プレゼントです。花束は去年も渡しましたし、鍾離さんにはもう仰々しいものをあげるわけにもいきませんから。どうせなら凡人っぽいものをプレゼントしようかと」
「ふむ……」
鍾離さんは少し考え込む。そして数秒してから、「ああ」と思いついた様子を見せた。速い。
「今日、お前がすること全てに付き合わせてくれ」
「……はい?」
「何か差し支えでもあるのか?」
「いや、別に、構いませんけど……お仕事するだけですよ」
「俺の誕生日なのに予定を?」
「本当にそういうとこありますよね」
何かご飯でも一緒に、みたいなそういうものを想定していた私は拍子抜けした。
花屋は案外年がら年中忙しい。いや、今日の場合はこれから寒さが極まっていくのに備えて温室を調整しておくだけなのだけれども。
私の返事に鍾離さんは楽しそうに笑っていて、ふんわりとした笑顔は過去の苛烈さからはかけ離れている。
意図しているものでなければいいなあ。私に向ける笑顔だから、こうやって柔らかければいいのに。
彼が凡人に近付くことを望んでいるくせに、そう思った。
本当にこれでいいのか。
「……」
「…………」
トン。ガチャン、トン、ドン。
来る新年の寒さに備え温室の暖房設備を新しくしたはいいけれど、花によっては過熱ぎみになってしまう。
そのため鉢植えの整理整頓を今私は行っている。とても地味である。
鍾離さんにはお茶を飲んで貰っているが、暇そうだ。失礼なことを言えば割といつも暇そうだけれども。誕生日をこんなことに使っていていいのか甚だ疑問である。
そうこうして十数分ほど。お茶を飲み干したらしい鍾離さんが立ち上がって、作業を続けている私に声をかけた。
「手伝おう」
「鍾離さんのお手を煩わせるわけには……」
「誕生日プレゼントじゃないのか?」
「……どうぞ……」
「何故そんなに悔しそうなんだ」
さも不服です、といった顔で鍾離さんはひょいと私から鉢植えを奪い、軽々と棚に置いてしまった。
「ほら」
「あ、はい」
もうひとつ、またひとつと大した苦労もなく植物たちの配置が出来上がっていく。それと同時に、鍾離さんの高そうな手袋に砂やら土やらが付いた。
「上段は俺がやろう」
「え」
「……中段もか?」
「今の間をどう取ったんですか。違いますよ……」
「そうか」
罪悪感が尋常ではない。私は鍾離さんの世話をするのが好きなだけであってされるのは専門外だ。心なしか、上機嫌に鍾離さんが手を動かすものなのでさらに混乱する。
「鍾離さん。私を手伝うの、楽しいですか」
「ああ」
「私は困ります。対応に」
「俺もよく困らされているぞ、お前に」
「私のはちゃんと甘やかすだけじゃなくて注意もしてますよ!」
「俺は幼子か」
「似たようなものじゃないですか」
諦めて最後の鉢植えを渡し、鍾離さんのこれまでの似非凡人エピソードを指折り数えてみる。
お財布を持ち歩かない、自炊はできるが時短には程遠い、風邪を引いたときにはしゃぎ悪化させる、解決できない問題に神パワーを持ち出そうとする、エトセトラエトセトラ。
「……野に放てない……」
「だからお前の中で俺はどういう扱いになっているんだ」
「事実を並べたときに出た感想なんですから仕方ないでしょう。鍾離さん、私がいなくてもちゃんと生活できるようになってくれないと。今のままじゃ不思議な人というよりお財布も持ってない無一文な蘊蓄お兄さんですよ」
岩神発覚までの道程を着々と闊歩しているこの自称凡人は、汚れた手袋の手をはたきながら私を見る。
「天衣が迷惑を被っているのなら直すが……」
「いえ、別に被害はないですよ。公子くんの口座以外には」
「財布は持ち歩くように心がけている」
「でも今持ってませんよね」
「うむ……努力しているのだが」
「しょんぼりした顔されても」
モラに関してはまあ仕方がないという部分も、ある。彼にとってモラは元から自分にあるものであり、持ち歩くものではない。例えれば私たちに髪の毛や爪やらがあるのと彼の手元にモラがあるのは相違ないのである。
綺麗な顔に眉を下げられては、それ以上言うことも出来ない。ずいぶんと表情豊かになったものだ。可愛いさに拍車がかかっている。
「財布『は』って、他は何かできない理由でもあるんですか?」
「…………」
ずもも……と何かに考えを巡らせているらしい鍾離さんにそう尋ねると、彼は私を見てからふと目を逸らした。
「鍾離さん」
「いや……そう、大したことではないんだが……」
「言ってみてください、ほら」
それすらも絵になるなあと頬をつつこうとすると防がれた。手が大きい。
「俺が凡人に近付けば、天衣は俺の世話を焼かなくなるだろう」
「えっ」
「だからこのままでいて、お前から享受しようとしてしまう」
「ええ……」
爆弾発言が投下されて、数秒。滔々と鍾離さんの言葉は続く。
「だが、それだけではダメだ。俺にとって有利すぎる。だからこうして、今日くらいは天衣も断れないだろうと……」
尽くされることを許す。それでは公平ではないから、尽くそうとする。尽くしたいと思う。神という生き物がたった一人を贔屓するという在り方は、彼にとって望ましいものではなかった。
民の信仰は受け取る。貢物も、何もかも受け入れる。代わりに太平を、富を。そういう「取引」しか彼は人間としてこなかった故の言葉だった。
だからこうやって分かりにくく私個人に付き添っている。好意に好意を返すことが苦手だから、私の真似をしているのだ。断られるかもしれないからと、わざわざ自分の誕生日だというラベルまで貼り付けて。
まとめよう。このひとの可愛らしい思考を、分かりやすく。
「私に世話を焼かれたままでいたいけど、されるだけでは公平じゃないから、こんなことをしていると」
「そうだ」
こく、と世界一可愛いひとは頷いた。
何だそれ、私が死んだらどうするつもりなのか。さっさと置いていきたいわけでは私もないけれど、心配が勝る。一人で生きていけそうな顔をして生活ラインを私に握らせないでほしい。
愛しい。かわいい。何も分かってないけれど、私の行動が彼にとって心地好いものであった事実が、嬉しい。
「ふふっ、やっぱり赤ちゃんじゃないですか」
「む……」
「仕方のないひとですね。お誕生日だから、許してあげましょう」
「天衣、俺は」
鍾離さんのネクタイを引っ張り、キスをした。
彼は少し驚いたあと、目を細める。できれば目は閉じて欲しい。
鍾離さんがなんでもできるようになったって、別に私は世話を焼く。必要があるからではなく、それが好きだから。
そこのところを彼は分かっていない。鍾離さんは私のことを全然分かっていないのだ。
口を離して、鍾離さんと目を合わせる。相変わらず美しい石珀だ。誰も触れられないような。
「鍾離さん」
「うん?」
「デートしましょうか」
「仕事はいいのか?」
「パッパと終わらせましょう。鍾離さん、手伝ってくれるんでしょう」
「!ああ、もちろん」
「その後璃月港で賑わいを見るんです。それで、ちょっと良いご飯を一緒に食べましょう」
「分かった、だが……」
「二歳の子が何自分の誕生日で公平とか不公平とか言い出してるんですか。凡人の誕生日をしましょう。細かいことは来年からです」
「だから俺を幼子のように扱うのをやめろ」
「ごめんなさい。鍾離さん」
「それでいい」
「鍾離さんが何でもこなすようになっても、私は勝手にお世話しますからね」
鍾離さんが好きなので。だから手を繋いで、キスをするくらいでお返しとしては十分なんですよ。
そう言うと鍾離さんは屈んで、私に顔を自分から寄せる。
「やはり俺ばかり得をするな」
「それはもう、甘んじて受け取っていただければ」
手は汚れているので繋がない。これはデートまでお預けだ。
「鍾離さん。改めて、お誕生日プレゼントは何が欲しいですか?」
「これで十分だ」
「口説き文句ばっかり上手くなって」
呼吸でもするように、影を重ねた。それは触れるだけで終わり、二人でなんとなく笑って作業に戻る。
心なしかスピードの上がる作業に二人して気付きつつ、指摘しなかった。青臭いのがいたたまれなかったので。
「鍾離さん」
「何だ?」
「大好きですよ」
「知っている。俺はきみからその言葉を貰うと心臓の位置が直ぐにわかる」
「そ、うですか」
「ああ。俺はやはり、きみから貰ってばかりだ」
「それでいいんですよ」
「もう一度するか?」
「早く終わらせますよ」
鍾離さんが楽しそうに笑う声が聞こえた。
できればお返しなんて大義名分、無くてもいいのだけれど。