恒星
某日昼下がり、静かに桜が舞い散る鳴神大社に似つかわしくない感情が雷のように轟いた。
「八重さん、貴方のことが好きなんです!」
本気かよ。そう呟いた俺の声は地獄耳の狐にしっかり聞こえていたようで、持った刀にバチッと電流が走った。
数日後、稲妻城の烏有亭。昼餉は串焼きが良いと言い出した八重に連れられて山から降り、俺たちは店主おすすめのメニューを口に運んでいた。
「何でお前に恋するんだろうな」
「死にたいのか?」
「もぐ……嫌だ。別にお前に魅力がないとは言ってない」
口いっぱいに串焼きを頬張り飲み込んでから、不機嫌だといった顔の八重に返事をする。
八重はさりげなく俺の皿に乗った油揚げを取り、はむりと口にして俺を見た。
「俺が八重の魅力を一番知っているつもりだ。それが恋にならないから、彼に理解が出来ないだけで」
八重が美人なのは分かる。許可もなく人の飯を取るのも茶目っ気で片付けられるのもまあ嫌だが分かる。
横顔も、小悪魔のような笑顔も、これでいて揺らいだ試しのない雷神への信仰も、気まぐれで俺に差し出した手の温度も、焼き付いて忘れることなどない。
美しいと思う。可愛いとも、思う。尊い魂だと、心の底から。
八重は綺麗に完食し、ため息をつく。どうやら俺の発言に向けたものだったらしかった。
「そういうところが汝は……ふあ……」
「飯食って眠くなるとかお前何歳だよ」
「幼子なら汝は抱えて帰るだろうな」
「おい」
「神子、眠くなっちゃった」
「昔もそんな言葉遣いしたこと一度もないだろ」
「あの頃の汝は便利な足だったな」
「足呼ばわりかよ……」
八重をじっと見るが、聞く耳持たずで話は進む。勝手に進められている。
「ということで、送りは頼むぞ」
「……食ってすぐ寝ると牛になるぞ」
「ならぬ。幼子に嘘を吹き込むな」
「起きろって意味だよ……おい寝るな」
八重は俺の言葉も聞かずに、ポンと俺の膝の上に頭を乗せて寝息を立て始めた。
少し前は俺の肩に乗って移動をしていたと考えれば、自分で歩く歩かないの話をする程度には成長しているのかもしれない。多分こうして俺は八重を甘やかし過ぎたのだと思う。
「……」
「…………」
「……クソ」
別に折れたわけではない。
どけて帰ろうとすると八重が俺をきゅっと掴んだので、俺は諦めて八重を抱えたのだ。
「店主、八重につけといてくれ」
「奢ってあげないのか?」
「付け上がるからな。料理は今日も美味かった。ご馳走様」
店主との短い会話の後に暖簾をくぐって外へ出ると、当たり前のことだが俺たちは視線を集めた。
横抱きにされた八重宮司、寝顔が見られないように抱える半鬼の男。
帰りたい。いや、もう帰るのだが。
人の目を無視して鳴神大社への帰路を辿ろうとすると、階段を駆け上がってくる男の姿が見えた。
声色、髪、それらに既視感を覚える。なるほど、八重がこんなことを図った理由をやっと理解した。ぶっ飛ばしたい。彼ではなく八重を。
「八重さん、!」
これが目的か。
「……君は八重に告白していた……」
「ご、ご存知なんですね。八重さんが仰ったんですか?」
「まあ……」
言っていないが。俺はただ巻き込まれただけである。そもそも鳴神大社のド真ん中で告白するような人間を鳴神大社にいる俺が知らない方が問題だ。
俺を知らないということは、本当に八重しか見えていないのだ、この青年には。
俺は恐ろしいほどの盲目に目を細めた。
「そのっ、貴方は、八重宮司とどういう関係で……」
「…………」
腕の中の八重を見る。ふとニヤリと上がった口角を睨みつけ、ため息をついてから親密そうに抱え直した。
視線を戻してみれば、尋ねてきた青年は俺よりも少し背が低く、誠実そうな顔をしていた。そしてその表情は俺の行動によって不安に染まる。
ああこれはいけない、と感想が浮かんだ。この狐のどこに落ちたのかは分からないが、好きで好きで仕方がないのだとでも言うような表情はどうにも居心地が悪い。
人間特有のそれはとても魅力的で、それは八重に振られる一因でもあるのだろう。しかし一番の問題はそうではない。
長命種にとって恋はそうそうできるものではない。優先順位が低いからだ。
人間よりも生きる生き物にとって、繁殖行動やその基盤となる恋は基本的に必要ない。むしろよく俺や八重が産まれたというものである。
———などと並べてみたが、どれも恋をしている人間に言うべき言葉としてはあまりにも酷である。「違う生き物だから」なんて言って下手に火がついてしまえば、人間の中では種族の壁を越えるラブストーリーが……なんて思考をされかねない。八重堂の読者ならば尚更だ。
八重のロマンスなんてあれば俺は腹を抱える自信があるが、それは「有り得ないこと」である上で成立する。
「俺の八重との関係か」
「は、はい。恋人ならいないと八重宮司は……」
「俺たちは恋人じゃないからな」
青年は焦るように話す。
俺は人相が若干悪い。八重曰く、そんな意図もないのに睨みつけているように見えるらしい。そして青年も例に漏れず、しっかりと俺の視線に萎縮しているようであった。申し訳ない。自分でも多少悲しい部分ではある。
「かといって形容する言葉もあるわけじゃない。君、暗闇の中で見る星空が綺麗なのは知っているか?」
「……?、はい」
「俺から見た八重はそれに似ている」
そう言って、わざとらしく八重に顔を近付け微笑むふりをする。肝要は「この青年に現実を突きつけないこと」であり、尚且つついでに八重をからかう事だ。
「神子は俺の星だ。だから手は出さないでくれ」
爆笑するのを耐えるように震えている八重の耳元で「嘘じゃないからな」と囁けば、彼女は静かに腕を抓る。
おいバカ痛えよ、と反射的に出かけた言葉を飲み込んで俺は歩くのを再開した。
「隠居してえ」
「もうしているようなものじゃろうに」
「小説のセリフをなぞりすぎた」
「俺の……ッ、星ッ………」
ふははは、と八重が爆笑するのに「様にはなってたろ」と言えば八重は「似合わぬがな」となおも笑う。
嘘ではないと言ったことが頭から抜けていそうなこの女に一言言ってやろうかと思ったが、楽しそうにしているのを崩すのも憚られ、「今日の飯は油揚げ抜きな」と笑い返した。
「八重さん、貴方のことが好きなんです!」
本気かよ。そう呟いた俺の声は地獄耳の狐にしっかり聞こえていたようで、持った刀にバチッと電流が走った。
数日後、稲妻城の烏有亭。昼餉は串焼きが良いと言い出した八重に連れられて山から降り、俺たちは店主おすすめのメニューを口に運んでいた。
「何でお前に恋するんだろうな」
「死にたいのか?」
「もぐ……嫌だ。別にお前に魅力がないとは言ってない」
口いっぱいに串焼きを頬張り飲み込んでから、不機嫌だといった顔の八重に返事をする。
八重はさりげなく俺の皿に乗った油揚げを取り、はむりと口にして俺を見た。
「俺が八重の魅力を一番知っているつもりだ。それが恋にならないから、彼に理解が出来ないだけで」
八重が美人なのは分かる。許可もなく人の飯を取るのも茶目っ気で片付けられるのもまあ嫌だが分かる。
横顔も、小悪魔のような笑顔も、これでいて揺らいだ試しのない雷神への信仰も、気まぐれで俺に差し出した手の温度も、焼き付いて忘れることなどない。
美しいと思う。可愛いとも、思う。尊い魂だと、心の底から。
八重は綺麗に完食し、ため息をつく。どうやら俺の発言に向けたものだったらしかった。
「そういうところが汝は……ふあ……」
「飯食って眠くなるとかお前何歳だよ」
「幼子なら汝は抱えて帰るだろうな」
「おい」
「神子、眠くなっちゃった」
「昔もそんな言葉遣いしたこと一度もないだろ」
「あの頃の汝は便利な足だったな」
「足呼ばわりかよ……」
八重をじっと見るが、聞く耳持たずで話は進む。勝手に進められている。
「ということで、送りは頼むぞ」
「……食ってすぐ寝ると牛になるぞ」
「ならぬ。幼子に嘘を吹き込むな」
「起きろって意味だよ……おい寝るな」
八重は俺の言葉も聞かずに、ポンと俺の膝の上に頭を乗せて寝息を立て始めた。
少し前は俺の肩に乗って移動をしていたと考えれば、自分で歩く歩かないの話をする程度には成長しているのかもしれない。多分こうして俺は八重を甘やかし過ぎたのだと思う。
「……」
「…………」
「……クソ」
別に折れたわけではない。
どけて帰ろうとすると八重が俺をきゅっと掴んだので、俺は諦めて八重を抱えたのだ。
「店主、八重につけといてくれ」
「奢ってあげないのか?」
「付け上がるからな。料理は今日も美味かった。ご馳走様」
店主との短い会話の後に暖簾をくぐって外へ出ると、当たり前のことだが俺たちは視線を集めた。
横抱きにされた八重宮司、寝顔が見られないように抱える半鬼の男。
帰りたい。いや、もう帰るのだが。
人の目を無視して鳴神大社への帰路を辿ろうとすると、階段を駆け上がってくる男の姿が見えた。
声色、髪、それらに既視感を覚える。なるほど、八重がこんなことを図った理由をやっと理解した。ぶっ飛ばしたい。彼ではなく八重を。
「八重さん、!」
これが目的か。
「……君は八重に告白していた……」
「ご、ご存知なんですね。八重さんが仰ったんですか?」
「まあ……」
言っていないが。俺はただ巻き込まれただけである。そもそも鳴神大社のド真ん中で告白するような人間を鳴神大社にいる俺が知らない方が問題だ。
俺を知らないということは、本当に八重しか見えていないのだ、この青年には。
俺は恐ろしいほどの盲目に目を細めた。
「そのっ、貴方は、八重宮司とどういう関係で……」
「…………」
腕の中の八重を見る。ふとニヤリと上がった口角を睨みつけ、ため息をついてから親密そうに抱え直した。
視線を戻してみれば、尋ねてきた青年は俺よりも少し背が低く、誠実そうな顔をしていた。そしてその表情は俺の行動によって不安に染まる。
ああこれはいけない、と感想が浮かんだ。この狐のどこに落ちたのかは分からないが、好きで好きで仕方がないのだとでも言うような表情はどうにも居心地が悪い。
人間特有のそれはとても魅力的で、それは八重に振られる一因でもあるのだろう。しかし一番の問題はそうではない。
長命種にとって恋はそうそうできるものではない。優先順位が低いからだ。
人間よりも生きる生き物にとって、繁殖行動やその基盤となる恋は基本的に必要ない。むしろよく俺や八重が産まれたというものである。
———などと並べてみたが、どれも恋をしている人間に言うべき言葉としてはあまりにも酷である。「違う生き物だから」なんて言って下手に火がついてしまえば、人間の中では種族の壁を越えるラブストーリーが……なんて思考をされかねない。八重堂の読者ならば尚更だ。
八重のロマンスなんてあれば俺は腹を抱える自信があるが、それは「有り得ないこと」である上で成立する。
「俺の八重との関係か」
「は、はい。恋人ならいないと八重宮司は……」
「俺たちは恋人じゃないからな」
青年は焦るように話す。
俺は人相が若干悪い。八重曰く、そんな意図もないのに睨みつけているように見えるらしい。そして青年も例に漏れず、しっかりと俺の視線に萎縮しているようであった。申し訳ない。自分でも多少悲しい部分ではある。
「かといって形容する言葉もあるわけじゃない。君、暗闇の中で見る星空が綺麗なのは知っているか?」
「……?、はい」
「俺から見た八重はそれに似ている」
そう言って、わざとらしく八重に顔を近付け微笑むふりをする。肝要は「この青年に現実を突きつけないこと」であり、尚且つついでに八重をからかう事だ。
「神子は俺の星だ。だから手は出さないでくれ」
爆笑するのを耐えるように震えている八重の耳元で「嘘じゃないからな」と囁けば、彼女は静かに腕を抓る。
おいバカ痛えよ、と反射的に出かけた言葉を飲み込んで俺は歩くのを再開した。
「隠居してえ」
「もうしているようなものじゃろうに」
「小説のセリフをなぞりすぎた」
「俺の……ッ、星ッ………」
ふははは、と八重が爆笑するのに「様にはなってたろ」と言えば八重は「似合わぬがな」となおも笑う。
嘘ではないと言ったことが頭から抜けていそうなこの女に一言言ってやろうかと思ったが、楽しそうにしているのを崩すのも憚られ、「今日の飯は油揚げ抜きな」と笑い返した。