きみのとなりでは六等星

「いつまで遊んでいるつもりなのか」。まあ、そんな感じの旨の連絡だった。
私がどれだけ必死で生きていても、どれだけ届くようにと歌って、笑っていても、受け取るつもりもない人には届かない。
アイドルも、高校生活も、「あそび」だ。結局は家に帰る娘の、ひとときの暇。そんなことはとうに飲み込んでいたはずだったのに、自分もそうなのだろうと心の底では思っているくせに、私は一人きりの部屋で呼吸が上手くいかなくなっていた。

「こんばんは。八坂、久しぶりだね」
「……夜にアイドルが来るものじゃないと思う」
「ウム、それは分かっているのだけど……電話口できみの声が震えていたから」

ほら、目元が赤いよ、と言って一彩くんは私の頬に手を添えた。こんな光景を見られれば他意があろうがなかろうが行き先は見えている。
玄関で済ますつもりだった会話は長引きそうだったため、彼の手を引いて家に招き入れた。
ソファの向かいに置いたテレビからはここにいる人の声が聞こえていて、一彩くんはそれを見て目を丸くした。

「僕たちが出た番組じゃないか。見てくれたのかい?」
「眠れなかったから」
「録画のように見えるけれど……」
「眠れなかったの」

丁寧に手を洗ってから、一彩くんはソファに腰を下ろして、先に座っていた私の手を握った。震えていたことは彼にはバレバレだったようだ。

「手が震えているよ。冬でもないのに」
「そういう日もあるの」
「……僕に何かできることはあるかい?」
「……夜が明けるまで、ここにいて」
「ウム。手は握った方が良いのかな?」
「どっちでも良い」
「わかった」

ぎゅ、と一彩くんの手が私の手を握る。いつもは強過ぎるくらいの力のくせに、今日はやたらと優しかった。
中々な無茶振りをこんなに簡単に受けて良いのだろうか、彼は。SSも終わって、私と彼が出会った頃とは比にならない程度に名が知れている。
そんなことを思ったけれど、きっと彼はどれだけ有名になろうとこうしてくれるのだろうな、と直ぐに行き着いた。ならば願ったこちらが完全に悪い。英智様に大目玉でも食らってしまったらどうしようか。

「最近八坂のことがわかるようになってきた気がするよ」
「どんなところ?」
「どっちでも良くないところかな」
「……」
「いたた」

ぐりぐりと頭を一彩くんの肩に押し付ける。彼はそれを止めることもなく、ただ手を繋いだまま困ったように笑っていた。

「一彩くん」
「何だい?」
「手、離さないでいて」
「ウム」

可愛らしい言い方ができない自分が嫌だ。彼と繋いだ手を伝って、やっと酸素が運ばれてきているような心地すらするのにその呼吸で出る言葉がこれだ。可愛くないにも程がある。

「ふふ」
「な、何?」
「きみに頼られるのは初めてだから嬉しいんだ」
「そ、そう」

頼ったこと、なかったのか。MDMでステージの上に立つ一彩くんを見たときに、確かに私は灼かれた。あのステージのライトなんかよりもずっと鮮烈な、遠い遠い彼に。
私の心臓を売ってもお釣りが来てしまうくらいの光だった。何で私はああなれないのだろうかと分不相応にも焦がれて、アイドルなんかをやっている。
嬉しそうな一彩くんは、そんなこと知らないのだろうけれど。

「ずっときみに頼られたかったんだ。僕はきみにたくさん助けられたから」

違うよ。違うんだよ、一彩くん。
公園できみを見つけて、汚れた姿に自分を重ねて、世話を焼いて「まだ自分は大丈夫だ」なんて安心するために私はきみを助けた。そうやって、醜く私はきみに凭れた。
もう十分なのだ。勝手に追い越された気になっているような人間の手を振り解かないきみだから、私は。

「八坂、どうして泣いているのかな。僕はまた何か間違えた?」
「ううん」
「……僕じゃ、止めてあげられない?」

一彩くんが私を覗き込んで、淋しそうな顔をして私に尋ねる。そういうことをするから泣いてしまうのだといつ気付くのだろう。気付かなくて良いな、と思う。気付かない方が彼らしいし、そういうところが綺麗なのだ、一彩くんは。

「止めたいの?」
「ウム……きみが泣いていると、心臓の辺りが苦しくなる気がするんだ」
「は、?」
「電話でも痛くなるのは意外だったけれど。だから走って訪ねてしまったんだ」

何を言っているのかわからない。分からないというより、突然会話が予想外の方向へ飛んでいったせいでついていけない。

「どうすれば収まるのか、僕には分からないから。もしも八坂が泣かなくて済む方法があるなら、どうか教えてほしいよ」
「はあ!?」

一彩くんは私の両手を彼の両手で包む。その体温しかわからない。この急展開ならば仕方がないというものだ。

「あれ?八坂、涙が止まっているよ」
「止まるに決まってるでしょ!?バカ!」
「どうして怒っているんだい!?」
「怒ってない!!」

誰だ、この赤ちゃんみたいな人間を眩しいなどと言った人間は。いや、眩しいままだけれども、こう、もっと。あんなに遠くに行ってしまったくせに、何でこんなところにまで、わざわざきみは。

「…………遠くにいてよ……」
「————————」

私は赤い顔のまま、どういう表情でいれば良いのかわからなくて俯いた。彼はそんな私の背中の上で手を数秒彷徨わせた後、抱きしめた。私が彼の背中に腕を回すと、ホッとしたような息が聞こえた。

「これは甘えたというやつかな」
「バカ」
「ウム。僕は馬鹿だから八坂の考えていることが全て分かるわけじゃないけれど……」
「……」
「八坂が僕に手を差し伸べてくれた日から、この大きな都会の中で八坂は僕の大切な場所にいるんだ」

だから、「遠く」にはいられない。彼は申し訳なさそうにそう言った。知っているとも、そういうところが眩しくて泣きたくなるのだ。
馬鹿じゃないよ、一彩くんは。馬鹿なのは私の方だ。受け容れないでよ、きみの言葉は全て私の心臓を満たすようなかたちをしているんだから、受け容れる必要なんてないのに。
私が彼を抱きしめたまま、ばかだよ、と小さく言えば、「うむ」と一等優しい返事が届いた。