夜風が万葉の頬を撫でる。二週間ほど前まではそれだけだったが、最近は風と波の音、そしてよく分からない浮遊生物。もう死んでいるから生物と言って正しいのかは難しいところだが、平たく言えば幽霊が楽しげに海を歩くフリをしていた。
「 、 !」
「遠すぎると唇の動きも分からぬなあ」
万葉がそう言うと幽霊はグンッと万葉のいる甲盤まで上がって、「つきにすけると、わたし、えにならない?」とこれまたズレた感性をもって言い直した。先程の言葉よりも長かったような気がするが、万葉はそれを指摘しなかった。
万葉は自分の同い年ほどの少女を見直す。風にすら揺れない髪の毛は美しく、肌は少し白いが健康的に見える。月は綺麗で、少女はうつくしい。けれど、二つはあまり似合わない気がした。
「お主は、もっと」
「もっと?」
「太陽の当たる———陽の光が当たる場所が似合うでござるよ」
「おとなのじょせいってかんじは」
「ないでござる」
えー、と不満げな顔をした少女が面白く、万葉は笑った。やはり似合わない。
「こもれびがにあうよ」
「ふむ?拙者の話でござるか?」
こく、と彼女は頷く。
「ちょっとにてるね、わたしたち」
小悪魔という表現がぴったりとはまる表情だった。彼女が幽霊でなければ息があたりそうな距離が、万葉に彼女が幽霊であることを教える。
万葉は人間で、少女は幽霊。触れられないことも同じではないことも明白で、その事実がどうにも万葉の心の臓のあたりをチクチクと指した。
「……似ていないであろう」
えー、と頬をふくらませた少女の瞳の奥に透けた月に、万葉は目が奪われた。月が綺麗とは、こういうときに言うのかもしれない。
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