ごろりと寝転んで星を数える。
背中の下にあるざりざりとした細かな砂利を遠くのことのように感じながらゆっくりと目を閉じた。
「ここにいたんだ」
落ちる声を仰げば犬飼がいた。
暗闇を意に介さず、地上からの高さすら構わず。唐突に現れた彼にちらりと視線を向ける。
任務もランク戦もこれといった予定もない日。遣る瀬無い郷愁にも似た胸の締め付けを覚えるとこうして一人、今はもう誰も住むこともない建物の屋上に赴くいう行為が習慣付いて久しい。
むやみやたらとトリガーを使うなという教えなど無視をして、トリオン体へと換装してぼんやりと、自分の手足を動かすのに等しく自然な流れで操れるようになった武器を出してみたり、なにもない手のひらを握ってみたり。特に意味のない動作を繰り返す。
そんな時間を過ごすのはビルであったり民家であったりとこれといって特定の場所はないけれど換装体である以上はオペレーターなり戦闘体なり、受け手が誰であろうがレーダーには反応する。別にやましいことをしているわけではないのでバッグワームは起動していない。位置は筒抜けになっているのにも関わらず「ここにいた」と素知らぬふりをする犬飼は何を思っているのだろうか。特殊な体になっていても、それでも生身と変わらない存在だと主張したいのかもしれないし、そんなのは私の穿ち過ぎで特に意味はないのかもしれない。
姿を捉えたことを返事代わりに、再び目を閉じると隣に腰を下ろす気配がした。一人であることにこだわりがあったわけではないので距離を詰める相手には構わずただ風が通る音に耳を傾けた。
「名前、大学は三門市立?」
形式上だけ尋ねるという体裁を整えているくせにその実全く疑問を示した形にならない声色は私の進路など知っているようだった。それも仕方ないことなのだろう。何せこの機関に身を置く限り、一番現実的な進学先だ。学年が同じ友人たちも迷うことなくすらすらと文字を埋めた用紙に書かれた文字は寸分違わず同じものだった。
「うん。犬飼もそうでしょ?」
「――不満?」
俺と同じってことじゃなくて、その進路先。そう尋ねる犬飼はどこまで鋭いのだろう。今まで表に出ることなどなかったはずなのに、一体どこで掬い取られてしまったのか。敵わないなあと思いつつもこの気持ちを言葉にするのは難しくてどうしたって誤魔化すほうへと進んでしまう。なにせ自分でもよくわからない気持ちなのだからそれを伝えるための言葉に落とし込むことなんてなおさらできはしないと思ったのだ。
「まさか。ボーダー楽しいし、べつに行きたい大学も、将来の夢とかもなかったし」
ただこれがやりたかったことなのかと聞かれれば、一片の曇りも無く、はっきりとそうだ、などという返事はできはしないことだけはわかっていた。今の自分を誇らしく思う気持ちだってたしかにあるというのに。普段は無意識に忘れようと働きかける心と頭は、あの日、日常が崩れた時からぐずぐずと燻り続けるこの感情をどう受け止めればいいのか未だわからずにいた。
「俺はよかったと思うよ」
長い沈黙を経て小さく響く声に相手の顔を見やると、こちらを向いて少しだけ目を細めた犬飼はまた遠くで灯る明かりに視線を戻して続ける。横顔に滲むのは静かに降り積もる覚悟のようなものだったのかもしれない。
「守りたいもの全部守れるなんてことは言わないけどさ、でも可能性はずっと高くなった」
「――うん、そうだね…そう」
零す音色は語りかけられているようでもただの独り言のようでもある。そんなぽつりぽつりと溢れた音がインクのように胸に沁みて、色付き染められたかと思う色彩は、けれども自分のなかに存在していた色でもあった。忘れてなどいないのに、入り混じってすっかりと濁ってしまった私にはそれが見えなくて、ほらこれでしょうとガラスの中に充たされた綺麗な液体が浮かんではゆるゆると手元に届く。
「それに名前と一緒にいられるし」
柔らかく付け足された自分の名前になにかがすとんと落ちた気がした。磨りガラスぱりんと亀裂が入り割れ落ちる。覗く世界は綺麗に彩られ、きらめく光はあたたかかった。
「まあ、こんな未来がなくても名前と俺は一緒にいただろうけどね?」
穏やかに笑う瞳には、遠くまで澄んだ青い青い空が広がっていた。
(2016.10.05)
cosmic opera