コンクリヰト

ジャングル

男が目を覚ますまでの間、ベッドに腰掛け読書をすることにした。揺さぶっても目を覚まさない男をベッドに寝かせることも考えたが、生憎女ひとりの力では男を運ぶことは不可能だった。なので早々に諦め本を読みながら暇つぶしをすることにしたのである。
そこら中に乱雑に積まれている本の中から適当な一冊を手に取った。ぱらぱらとページを捲ると栞がなかったので、栞の代わりになりそうなものを探す。部屋の隅にアウターが脱ぎ捨てられているのが目に入ったのでポケットをまさぐれば、いつかの映画のチケットの半券が出てきた。これでいいか、と思い適当なページに半券を挟むと、そのまま文章へと目を落とした。



なまえが読書に没頭してから暫く。漸く、男は目を覚ます。覚醒した男の視界にまず入ってきたのは見知らぬ天井であった。顔だけを動かしチラリと左右を見渡せば、物が多い、乱雑な部屋の様子が目に入った。本棚に入りきらなくなったのであろう、床に平積みされた本。脚の低いテーブルに、何をする為のものか見当もつかない謎の黒い板。この部屋を照らす灯りは、天井から目が痛くなるような光を放っている。そうやって男が部屋を観察するうちに、自身の所持する銃が手元にないことに気付く。

──やられた。

男は自身の頭が鈍痛を訴えていることから、何か薬物を盛られ意識を失っていた可能性があると考えた。物音を立てぬようにそっと男が上体を起こす。その時初めて、男は読書をするなまえの存在に気付いた。それと同時に女の腰掛けているベッドの奥に、自身の銃が横たえられているのを目にする。その時ちょうどなまえが本から顔を上げ、2人の視線が交わった。なまえは、どこか安堵したように口を開いた。

「あ、起きた。ええと、大丈夫です?珈琲、飲めます?それと貴方どこから入ってきました?」

男は何も答えなかった。まさか自分の身を案じる言葉が出るとは思わなかったのだ。攫った張本人であると仮定するならば、こちらが目を覚ましたと気付いたのなら反撃される前に何かしら行動を打つだろう。殺さなかったのは何か交渉のためか。それにしたって拘束ひとつしないのはあまりにも手緩い。男は女の真意が読めず、何も答えなかった。
見るからにこの女は無防備で、後ろの銃を奪い脅すことは容易いだろう。そのまま殺してしまっても良い。ただ、それを実行するにはこの場所の情報が少ない──何より、男はこの部屋にどこか奇妙な違和感を覚えていた。

「……え?本当に大丈夫?喋れます?お名前は?」

女が矢継ぎ早に質問するのを無視して、男は違和感の原因を探る。奇妙な物が多いだけじゃない。自身の置かれている状況をはっきりさせるための決定的な何かがあるはずだ、と思案したところで男は奇妙な音を耳にする。それはこのアパートの目の前の道路から聴こえてきたクラクションの音であり、男にとっては聞いたこともないけたたましい音だった。拘束されていないことをいいことに男は音のした方へとベランダへと続く硝子の扉に近寄った。

「ちょっと?もしかして日本語通じてない系?」

なまえが何か言おうにも男は気に留めることはない。それどころではなかったからだ。まず男の目に入ったのは大型トラック──男からしてみれば謎の鉄の塊が駆動音を響かせ走り抜けていった。地面は見たこともない黒い道が続いており、向かいの建造物は四角く天に高く伸びている。道のあちこちには洋装に身を包んだ人々が闊歩して、女もズボンを履いていたり何か薄い板を触わりながら歩く者もいた。どこを見渡せども、男が知る街並みはなかった。

「ここはどこだ」
「あ、喋れるんだ……」
「どこだ」

なまえは初めて男の声を聴いた。低く平坦に、どこか焦りを隠すような声でなまえに男は問う。なまえは男の只ならぬ様子を察して正直に答えた。

「あたしの部屋……。詳しく言えば日本の東京都で、あたしの住んでるアパートですけど」

このとき男は漸く、自身の置かれている状況を理解した。本来ならあり得ないはずの場所にひとり放り出されたのだと。そう理解して、思わず男からは諦めたような小さな笑いが漏れた。
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