番人の処遇が決まり、ルーナとダンが女神となった日。
その日のうちにハザードやロギア、チェーン達番人には二人が女神の役目を受け継いだことは本人達から説明されたが、ハザードは少し驚きつつルーナの身を案じるような発言をした。ロギアは実は鼎から聞いていたとのことでルーナとダンに賞賛の言葉を送った。
チェーン、刃矩、カルメンは大層驚いていたが、ダンの考えを聞いて納得したようだった。彼女なりの正義は番人を続けると言ったあの思いと同じ。
次の日には鼎の女神引退と新女神の誕生はクラウン本部およびキョウの街の住民達に発表され、全員が知ることとなった。彼らもまた、突然の発表に驚いたが同時に新しい女神の誕生に喜んだ。クラウンのお膝元であるキョウの街では全員が女神という存在の偉大さを知っている。だからこそ、彼らは鼎を敬っていたし、そんな鼎が選んだ女性達もまた素晴らしい女神になると信じ、祝福した。
そして、その日にオズボーンファミリーと番人はそれぞれの居場所へと帰還したのである。別れ際に冬一とダンはハグをしてまたすぐに会うことを約束したが、その際に冬一はダンに二つのものをプレゼントした。
一つ目はクラウンの技術班が製造した特製のビビット。実はダンは個人のビビットは持っていなかったため、いつでも連絡を取れるようにと冬一はビビットをダンに贈ったのだ。
そして二つ目は憑神だった。それも、ルーナのもとにいる九尾の子供、雪と同時期に生まれた弟で、真っ白な雪とは真逆に全身真っ黒な個体だ。ダンはその子を『ヨル』と名付け、夜もまたすぐにダンに懐いた様子だった。
憑神は体質者の力を高める存在であり、夜は生まれながらに人や物の影を操る力を持っていたため、闇の体質者であるダンと相性が良いと考え、冬一は夜をダンに預けたのだ。
そしてダンは冬一に感謝をし、一同が見ている前でかなり深めの情熱的なキスを一つお返しにすると、笑顔で帰っていった。
残された冬一は赤面して立ち尽くし、鼎とガイストに散々からかわれたとか。
ただし、冬一は感じていた。あのダンの笑顔は新鮮だが、確実に前にも見たことがあるものだった。冬一がずっと取り戻したかった、愛しいもの。

(子供の頃の笑顔そのままだったな……)

再会してから妖艶なものに変わった笑顔。だが、今見せてくれたのは間違いなく、冬一が十四年前にエヴリコット家に出入りしていた頃に幼いダンが浮べていた無邪気な笑顔だ。
それは確かに冬一が真の意味でダンを取り戻せた証拠だった。



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それから一週間が過ぎた。ジーザス達オズボーンファミリーの面々は領地であるブリタナ島に戻ってきていた。

「はぁっ!!」
「…遅い!」
「ぐえっ!!」

オズボーンファミリー邸の中庭では番人の事件以前と変わらぬ光景が広がっていた。ボスのジーザスが相談役のハザードに剣の稽古を付けてもらっており、竹刀を手にジーザスがハザードに斬りかかるが、ひらりとかわされて背後から竹刀で突かれ、倒れ込んだ。相変わらずハザードの腕には及ばないらしい。

「痛ェ…!」
「ハァ…まだまだのようだな」
「くっそぉ…いつか絶対テメェから一本取ってやる!」
「いつか、な…」

けして仲良し師弟とは言えない二人の仲。しかしながらジーザスは着実に剣術の腕を上げているし、けして憎しみ合うほどの関係ではなかった。
そこに女性陣の声がかかる。

「ジーザス、ハザード!休憩にしない?アップルパイ焼いたから食べてほしいの」
「ルーナのアップルパイ美味しいよ〜!」
「!ルーナ!!ロギアも!」
「キュー!」
「おっと。雪もいるな」

ルーナとロギアがジーザスとハザードに向かって手を振っている。ルーナの肩には雪もいた。これもまた番人事件以前と変わらぬ日常。ルーナの手作りお菓子は相変わらず美味で、食べることが大好きなロギアはその時間がとても楽しみだった。

「おお、そうだな!楽しみだ」
「……コーヒーも用意しておいてくれ」
「ふふ。了解」

ジーザスはもちろん、本来は甘いものはほとんど食べないハザードさえルーナの手作りということであれば進んで食べる。コーヒー必須だが、ルーナはそれもわかっていたので事前にコーヒー豆の準備をしていたらしい。
そんな様子をロギアがにやつきながら見ていた。

「うーん、これも青春ってやつかね〜?」
「黙れ、じゃじゃ馬」
「あははは、ぶちのめしてあげよーか?陰険」
「あぁ?」

ちょっとしたことでハザードとロギアの一触即発な雰囲気に。ロギアの明るさとハザードの堅物さはなかなかに相性が悪い。その途端、二人の間を冷たい氷の結晶が飛んでいく。ロギアの鼻先を霜が掠め、思わず後ずさり、苦笑いして氷を放ったであろう人物を見る。そこには笑顔のルーナが冷気を飛ばしていた。

「ふふっ、これ以上喧嘩したら氷漬けにしちゃうよ?」
「お、おお…すまない…」
「ご、ごめんなさぁい…」
(ルーナ、すげぇ迫力…)

あまりにも冷たいルーナの怒りを感じてハザードとロギアはすぐに喧嘩をやめて謝罪した。それに圧倒されてジーザスはルーナを怒らせないよう心に誓った。
騒がしいけれど、そんな日常生活が戻ってきた。



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そして一方、冬一は着慣れない立派な正装に身を包み、ある屋敷の正門前にいた。その屋敷とはもちろん、旧ロックハート邸…今でもダン達の暮らしている屋敷だ。
冬一の隣には同じように正装姿の鼎とガイストも立って屋敷を見上げている。
冬一とガイストは騎士を思わせるシックかつ襟や胸元に金の装飾を施された燕尾服、鼎は大輪の花が描かれた橙色の着物姿だ。

「うーん、話に聞いていた通りすごい大きな屋敷だねー」
「そりゃあ大貴族だからな。しかし、驚いたな。相変わらずここに住み続けるなんてな」

鼎とガイストが呟くと、冬一は微笑んで答える。

「ダンが自分で決めたんだ。あの屋敷はやっぱりダンにとって育った家だからなって」

ロックハートが所有していた屋敷。色々思うところもあるだろうが、ダンはここで生きていくことを選んだ。
そして今日は冬一、鼎、ガイストの三人はダンから招待状を受け取った。それは屋敷の手入れが終わり、安定したため、関係者だけで小さな舞踏会を開くことになったため、冬一達を招待したいということだった。
連絡を取り合っていた冬一だが、ダンからの話によると、屋敷に戻った時には自動人形の使用人達は動きを止め、完全に壊れていたらしい。主が死んだことで活動を停止したのだろうとダンは推測していた。
それからはダン達番人の四人とクリス、そして何故かファントムが一緒に屋敷に暮らしているらしい。まあファントムは面倒な人物だが、放っておく分には有害ではないので冬一もダンも特に反対はしていない。

「まあとりあえず、ダンちゃんも落ち着いたようだし、よかったよね。ねっ?兄さん」
「まあな」
「ニヤけんな、変態副司令が」
「ガイスト、テメェに言われたくねえよっ!」

そんな会話をしていると、屋敷の正面玄関が開き、スーツを着たチェーンが顔を覗かせる。

「おっ。来た来た!」
「!チェーンか」

チェーンはひょこひょこと出てきて門を開けると三人を屋敷の中へ招き入れる。

「待ってたぜー、ちょうど準備も完了したところだからさ」
「今日はありがとうね、チェーン君」

鼎がにこやかに笑う。チェーンも笑い返し、舞踏会が行われる大広間の扉の前へ案内された。

「ダンもずっと待ってたからさ。かっこいいとこ見せてやんなよ、冬一」
「…!おお…」

実は冬一自身、神クラスとして長くは生きてきたが、舞踏会というものはあまり参加したことがない。クラウンの副司令として仕事の一環で一、二回ほど参加したことはあるがダンスはせずにボーッとしていた記憶はある。しかし、それも五十年近く前のことで実質的には素人だ。しかし、それよりも…。

(ダンのドレス姿が見たい…なんてな…)

ダンスが上手くできるか、とかそういったものではなく。純粋にダンのドレス姿が見てみたいという想いだけ。
チェーンが扉を開くと、目に光が飛び込んでくるほどの眩しさ。大広間の巨大な窓のカーテンが開かれ、空の光を取り入れているらしい。そして、その大広間の中央に佇む影。床まで付くほどのふんわりとした青紫色のロングドレスに夜空色の髪は団子状に纏められている。

「…っ!」
「わぁー、ダンちゃん、きれいだね!」
「へえ、確かに『王女』って感じだな」

冬一は息を飲み、鼎は無邪気に笑い、ガイストはニヤリと笑いながら顎を撫で、その美貌を褒めた。
ダンは本当に美しかった。青紫色のベースにワイン色と黒のレースがあしらわれた舞踏会用であろうロココ調の美しいドレス姿。胸元には家宝であるローズダイヤのペンダントが輝いている。その姿はまさに非公式とはいえ、まるで王女そのものだ。
冬一はダンのあまりの美貌に固まっていると、突然横から聞き覚えのある声のヤジが飛ぶ。

「オイ、道化!!テメェ、ダンのドレス姿に何にも言わねえってのはどういうこった!!」
「兄さん、静かに!」
「!お前ら…」

そこにはまるで犬のようにキャンキャンと喚き散らすファントムと、彼を制するクリスがいた。
恐らくファントムは、冬一がダンのドレス姿を褒めても何も言わなくてもどちらにせよ文句を言ってきたのだろうが。
そんな彼らを尻目にドレス姿のダンはクスリと妖艶に笑って冬一達を迎えた。

「ようこそ、クラウンの皆様。よく来てくれたわね」
「あ、ああ…ダン…その、なんだ………似合ってるな」
「ふふ。なぁに、その言い方」

口元に手を当てて微笑む彼女は本当に王女のようで。そしてその笑顔の一部には冬一の知る幼少期のダンの面影があった。

「お招き頂きありがとう、ダンちゃん」
「あなた達には恩があるものね。ちょっとした身内だけのパーティーだけど楽しんで」

ダンの言葉に鼎も嬉しそうに笑う。
その様子を見てクリスが小さく手を挙げた。

「音楽は僭越ながら僕と兄さんが担当するよ」
「言っとくがこれはダンに頼まれたから仕方なくやるんだからな!」

相変わらずのファントムの荒々しい口調だが、鼎は意外そうな顔をして兄弟を見る。

「演奏してくれるの?クリスはともかくファントムが楽器弾けるの意外だね」
「うるせえ!」
「兄さん、意外と器用なんで……さあ、パーティーを始めましょう」

クリスとファントムが一同の前から少し離れ、クリスはグランドピアノに、ファントムはその側の立派な椅子に立てかけられたバイオリンに近付く。
クリスがピアノの前の椅子に腰掛け、鍵盤に手をかけるとすぐに優しく柔らかな音が響き始める。それを聞いたファントムはまだ少し不満そうな顔をしつつも綺麗な姿勢でバイオリンを肩に乗せ、弓を引いていく。同時に心地良い美しい音色がピアノのものと混ざり合い、格調高い音楽へと変わっていく。大勢の音楽団による重厚な演奏に比べれば心もとないが、それでも美しく、番人達の今後の未来を祝う天からの捧げ物のような音色だった。
それを聞きながらガイストが冬一の背を軽く押す。

「!」
「さ、踊ってきな。俺は鼎と踊るからよ」
「おお……」

冬一はダンの前に出て少し無言でダンを見つめたが、小さく咳払いをして彼女の細い右手を取った。

「ダンスは得意じゃねえが……一曲お相手してくれますか?お嬢様」
「!……ええ、喜んで」

突然、口調の変わった冬一に少し驚いたものの、ダンは嬉しそうに微笑み、残った左手でドレスの裾をつまんでお辞儀をした。
その様子はまるで歴戦の騎士と美しい姫のようだ。
冬一はクラウンの副司令として社交的な場所に召集される機会もあってダンス経験はあったが、今こうしてダンと踊っているのはただ幸福な気持ちのみだった。

(ダン…俺はようやくこの手に取り戻せた…。俺がかつて救えなかったもの…奪われたものを…もう離さない…)

手から伝わる温もりは本物で、彼女も冬一だけを見つめて、二人の想いが交差して交わっていく。
愛が二人を繋いだ。そして強い想いが巨悪を倒し、闇夜に咲いた常夜の姫を陽射しの下へ戻した。

「……ダンは冬一と出会えて…本当に救われたんだ」

二人のダンスを見ながらチェーンが目を細めて呟く。同じ番人達にとってもダンのここまで晴れやかな姿は初めて見ただろう。
それに対し、笑いながら鼎が答えた。その目はどこか潤んだものがある。

「二人はこれから始めるんだよ。これからは………お日様の下でね」


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昼間に始まった舞踏会は既に星空輝く夜となっていた。
貴族の国ミュゼールの夜もまた美しい。貴族達が住む豪華な屋敷の窓から漏れる光と、道の至る所に設置された街灯が重なって宝石のような輝きとなってその夜景を見る人々の目を楽しませる。
ダンの屋敷で行われた舞踏会は今も続き、鼎とガイストが踊っていたり、クリスとファントムの本気の演奏勝負が始まっていたり、チェーンがワインで酔っ払ってそれを刃矩とカルメンが止めていたりと、始まった頃より騒がしい。
そんな光景を尻目に、冬一とダンは屋敷の広間から続くバルコニーへ出て、美しい夜景を見つめていた。

「あいつら、よくあんなに騒げるな…」
「今まで色々あった分、発散したいんでしょうね」

バルコニーから夜景を見ながら冬一とダンは語り合う。
少し前まで二人は刃を交える敵同士だったのが嘘のようだ。

「そういえばお前…昔、俺と会ったこと覚えてなかったよな。俺はずっとお前のこと探してたっていうのによ」

冬一は思い出したように呟き、そして少しだけ不満そうな顔をした。彼は十四年の間、クラウンの多忙な任務の合間、いや常にダンを探していたが、肝心のダンは当時のことを全く覚えていなかった。

「仕方ないじゃない。さすがに子供の頃に何回か会った程度の客人なんて覚えてないわよ」
「まあそうなんだろうが…俺はずっとお前のことを探してたんだからな…」

段々声のトーンが力なくなっていく冬一を見てダンは小さく笑うと、そっと彼に寄り添う。

「…ありがとう。冬一」
「……ダン…」

冬一はそっとダンの肩を抱き寄せる。少し肌寒い夜風の中で二人分の体温が合わさり、とても心地良い。

「子供の頃のお前はとにかく明るくて無邪気だったが…今のお前は……その、…良い女だと思うぜ」
「あら、なあにその言い方」
「仕方ねえだろ…俺はあまり女と縁がなかったからな。なんて言ったらいいか……」

今までまともな女性経験のない冬一。冬一に言い寄ってくる女性は派手で騒がしく、どれも冷たくあしらってきた。
ダンのことを心から愛しいと思うし、美しいと思う。女性慣れしたガイストだったらスムーズに言葉が出てくるのだろうが。

「…冬一、照れてるの?」
「う、うるせえな…」

みるみるうちに顔が赤くなる冬一。そんな彼に対し、ダンは優しく微笑むとその頬に触れた。

「ダン…」
「冬一…私の顔、見て?」
「え…」

言われるがままに冬一がダンを見ると、彼女の落ち着いた口調とは真逆にその頬も冬一同様に赤くなっていた。それはダンの方もこの状況に、冬一の言動に照れていることを示している。

「…私も…すごくドキドキしてるのよ…。こんなこと、あなたが初めてなの…」
「ダン…」

ダンは今まで番人のボスとして多くの男達に色目を使ってきた。それが闇に咲く花となるよう、ロックハートによって仕掛けられてきたことだとはいえ、ダン自身がそうして番人の仕事を続けてきて、男を手玉に取る手段を身に付けてきた。
そんなダンがこんなに頬を染めて胸を高鳴らせているのは…相手が冬一だから。初めての恋だから…。

「ふふ…やっぱりあなたは不思議な人よ。もう私は変わりようがないって思っていたけど…あなたは私を暗闇から助け出してくれた。そして…こんな優しい気持ちを教えてくれたから…」
「…そうだな。なら二人で…一緒に『始めよう』。一緒に…日の当たる場所で色んなところへ行って、色んなものを見ようぜ。お前ができなかったことも、知らなかったことも…全部…俺と一緒に…」
「冬一……」

いつの間にか二人は互いに目と目を見つめ合いながら手を握り合っていた。会えなかった時間を埋めるように。これから一緒に過ごしたい…。
涼しげな風が優しく二人を包むと、自然な流れで二人は唇を寄せ合い、そっと重ね合う。悪鬼の手から救い出した姫に王子がするように、温もりを感じるキスだった。

「冬一…」
「…ん?」
「あなたは…私の最高の王子様よ」

頬を染めてはにかむダンの言葉に冬一はさらに顔を赤くして、二人でそのことに笑い合う。
すると、ダンが思い出したように呟いた。

「そうだわ…あなたに言っておきたいことがあったの」
「ん?なんだよ…」
「私が王族の血筋というのはもう知ってるけど…そのことについてもう一つ、あなた達が知らないことがあるのよ」
「?他にまだ何かあるのかよ」

ダンがミュゼール王国の王族ラインハルト家の分家筋であるということは既に承知済みだが、ダンの表情からしてまだ重要な秘密があるようだ。

「私の祖父が王族から抜ける時、王族の証である本名を隠してミドルネームを本名として名乗ることにしたの。次期国王として名前が知れていた祖父は一般人になりたくて身分と名前を隠したかったのね」
「…成程な。確かに本名をそのまま名乗ってたら新しい生活を送れないだろうしな」
「ええ、その通りよ。でも祖父は残してきた家族…王族との繋がりを完全に断ち切ることをせず、自分の子供にも『王族としての本名』を与えることにしたの」
「王族としての本名…」

ダンの祖父セルヴァン・エヴリコットは王族としての窮屈な暮らしに飽き飽きし、次期国王としての未来よりも自由な一般人の生活を選んで王族を抜けた。
だが、セルヴァンは王族という制度に嫌気がさしていたものの、家族そのものを嫌っていた訳ではなく、彼自身も家族には愛着を持っていたのだ。

「私の父の名前はナルシス。でも、それはミドルネームなの」
「!そうだったのか…俺にはその名前で名乗っていたが」
「そう。祖父以来、エヴリコット家は一般的にミドルネームを名乗っていたの。物心つく前からファーストネームは家族以外に教えてはいけないと言われてね。それが唯一、私達の一族にとって感じられる王族との繋がり」
「…ってことは……待てよ、お前の名前って…」

そこでようやく冬一は目の前の彼女にも王族としての本名があることを悟った。
ナルシスの名前がミドルネームでファーストネームが別にあるなら、その子供であるダンとその弟にも同じ法則で隠されたファーストネームもあるのではないか。

「そう。『ダン』はミドルネームなの。…誰にも話したこと、なかったのだけど。…勿論、ロックハートも知らなかったわ」
「…そんな大事なこと…どうして俺に?」
「どうしてって……あなたには言っておきたかったのよ。…愛してる人だもの」
「…!」

面と向かって言われるとより照れる。冬一は胸の高鳴りを感じた。

(一族の秘密を自分から言ってくれるほど信用されてるってことだよな…)

そんなことを思いつつ、やはり気になるのはダンのファーストネーム。本当の名前。

「…それで…お前の本名…教えてくれないか?…結構気になってるしよ」
「私自身もほとんど名乗ったことはないし、呼ばれたこともないから…自分の名前のようには感じられないのだけど」

少し苦笑いしつつ、ダンは優しい声色で囁くように言う。

「オデット。…私の本当の名前はオデット・ダン・エヴリコットよ」
「…オデット…」

美しい名前だ。純粋に冬一はそう感じた。
オデット・ダン・エヴリコット。それが彼女の本当の名前…。
長らく『ダン』と思っていたせいか、やはりすぐに彼女の新しい名前を上書きしては考えられないが、それでも何か特別なものを思わせる。
『ダン』の名前は男性的で、誰よりも女性らしい彼女自身と良い意味でミスマッチなネーミングだとは思っていたが、逆に『オデット』という名前は非常に女性的なものだった。

「古代ミュゼール語で『白鳥』という意味らしいわ。全然私に似合ってないけど」
「……いいや」

そう言うと、冬一はダンを優しく抱き寄せ、その腕の中に閉じ込める。

「…似合ってるぜ。…白鳥のように美しい…お前は最高に綺麗だ」
「……恥ずかしいこと言うのね…」

冬一の腕の中でダンが顔を真っ赤にしてその表情を悟られないように彼の胸板に顔を埋めた。ダン自身は自分が白鳥のように白く汚れを知らないような存在だとは思えず、本名をずっと嫌がっていた節があった。だからこそ今こうして冬一に似合っていると言われたことがとても恥ずかしかったが、嬉しいという感情も湧き出ている。

「…本名を教えてくれてありがとな。…オデット」
「…もう…!皆には内緒よ」
「ああ。二人だけの秘密な」

星空の下で二人は新しい約束を交わす。それは未来への第一歩でもあり、愛の証でもあった。
互いの顔を見つめ合い、もう一度唇を重ねる二人を見守るように夜空の一番輝く星が一際強くキラリと光った。

「冬一…もう一度…」
「…ん?」
「……もう一度。…私の名前……呼んで…私の本当の名前を…」
「………何度でも呼んでやるさ。…オデット……これからいくらでもな…」

二人の時間はこれから始まる。例えこの先もっと辛いことがあったとしても、二人でなら乗り越えていける。


46.常夜のプリンセス






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