薫る窓辺

土曜日の朝。
金曜日の疲れを若干引きずりながら、洗い終えた洗濯物を洗濯機から籠へ移す。一人暮らしで数日ため込んだ洋服が水を含んで重い。


「ん、なんだろう」


重い籠を抱えてベランダへ向かうと、ベランダの床に薄桃色のなにかが落ちているのが見えた。籠を足元に置いて近づいてみると、それは薄桃色の花だった。


「どこから来たのかな」


私の部屋は3階。どこかから風で舞ってくるには少し高いような気もする。けれどなぜかゼラニウムの花はここにあるわけで、そしてきれいな花に疲れも少し癒やされたわけで。どこからかやって来た花に心の中で感謝する。



花はたびたびやって来た。と言ってももちろん別の花弁。日が経つにつれて花は数を増し、日が経つにつれて私は土曜日が待ち遠しくなっていった。


「わあっ、ベランダがピンクだ」


敷き詰めたように、というのは大袈裟だけれど、それでも小さなベランダには薫るほどの花が散らばっていた。よく見るとこの薄桃色はここよりずっと下の歩道にも落ちていた。まあ数えるほどだけれど。ベランダから乗り出してみると、花なんて1ミリだって見えちゃあいないスーツ姿の人たちが忙しなく花を踏みつけ行き来する。そんな人たちばかりのこの区域だから、私は花がどこからやって来たのか──忙しなく生きる人ではなく『花が見える人』がどこか傍に居るんじゃないか──そんな事を考えるようになった。そうして、もし会えたならきっとそれはこの薄桃色のベランダに立つよりも心潤う時間になるんじゃないか、そう思えた。


「あ・・・」


ベランダから階下をぼうっと眺めながらいろいろ考えていると、頭上から声がした。見上げると薄桃色がまたひとつ上から降ってきた。ひらひら降るそれを手で掴んでから、上の階のベランダから乗り出した人を見遣る。4階に吹く風が長い髪を舞わす。彼女がきっと声の主で、花の主。


「こんにちわ、お花、育てていらっしゃるんですね。とてもきれいです」


なにか繋がりを持ちたくて声をかけてみる。この機械的な住民ばかりのこの地区で、機械的に生きていた#私#の日常を少しばかり変えてくれた花と彼女。親しくなれたらいいなぁなんて思った。一方の彼女はもちろん、ただのご近所さんの#私#が何を思ってるかなんて知るわけもないので、ただ困ったように笑ってみせた。とてもきれいに笑う人だった。


「ベゴニアという花です」


そう言って彼女・・・いや、彼は#私#の摘む花弁を指さした。そうして彼は続ける


「すみません、散った花がまさかあなたのベランダに落ちていたとは気付きもしなかった・・・・・迷惑をかけるつもりはなかったんです」

「あっ、いえ、迷惑だなんて。むしろ#私#、楽しみにしていたくらいですよ」

「ふふっ、それなら良かった。・・・でしたらひとつ、鉢をあげましょうか