希う


※3期 政治編が終わったあたり

一係の執行官として働くようになって、どのくらいの時間が流れただろう。上司である監視官や同じ立場である執行官が何度も変わり、離別の度に寂しさを覚えた。一番寂しかったのは、常守監視官との離別だ。彼女は彼女にとっての正義を貫いた結果、監視官ではいられなくなった。彼女がいなくなった一係は温かさを失った。寂しくて、何度か私も隔離施設に戻ろうかなと考えた事がある。けれど、いつかまた彼女が公安局に戻ってくるかもしれないという一縷の望みを胸に、何とか執行官で居続けた。
新しくやって来た監視官達は旧知の仲らしく、よく連携が取れていた。私には分からない絆が確かに存在していた。事件を追う事に彼らなら彼女が暴く事が出来なかった闇を暴けるのではないかという期待が膨らんでいった。そこで私は話しやすい方――慎導監視官に私が知っている事をすべて打ち明けた。
「……なるほど」
「……少しでも、お役に立てれば幸いです」
「話してくれてありがとうございます」
上手く説明出来なかった事もあるけれど、慎導監視官は静かに聞いてくれた。感謝するのはこちらの方だ。私はほっと胸を撫で下ろして、すっかり冷めてしまった紅茶の入ったカップを一瞥した。私達が今いるのは私の部屋だ。誰にも聞かれたくない話があると伝えた結果、私の部屋で話す事となった。念のために事前に盗聴器が付けられていないか確認しているので大丈夫だろう。
「すみません、紅茶、入れ直しますね」
「あ、はい」
向かい合ってソファに座っている慎導監視官に一言伝えて、カップを二つ持ちキッチンに向かう。冷めた紅茶は流し台に放り、新しい紅茶を入れる準備をする。慎導監視官が好きか分からないけれど、疲労に効くハーブティーがあるからそれも良いかもしれない。ただ少しクセがあるので事前に確認しておこう。カップをその場に置き、慎導監視官の元に戻る。すると、慎導監視官はソファに座ったままうとうとと微睡んでいた。監視官は執行官よりも激務だ。ここは気を遣って少し眠ってもらう方が良いだろうか。いやでも自分の部屋のベッドで眠る方が疲れが取れるはず。どうしたものかとソファから少し離れた場所で悩んでいる私に声が掛かる。
「……どうしました?」
「……あ……えっと、ハーブティーがあるんですけど、お好きですか?」
「はい……」
慎導監視官は目を擦りながら眠たそうな声で答えてくれた。元々童顔なのもあって何だか子供のように見えて、少し頬が緩んだ。すぐに踵を返して温かいハーブティーを入れて、それをテーブルに並べる。ハーブの香りが漂い、気分が安らいだ。向かい合ってソファに座り、私の分のカップを片手で持ち何度か息を吹き掛ける。慎導監視官もまだ眠たそうな目をしながらカップを片手で持ち一口飲む。
「……お口に合いますか?」
「美味しいです」
「良かった……」
さすがに廃棄区画で買った物だとは言えないけれど。慎導監視官なら気にしないかな。ぼんやりと考えて私もハーブティーを飲む。話は終わったし、ハーブティーを飲み終えたら慎導監視官を見送ってシャワーを浴びて眠ろう。明日は日勤だから朝が早い。明日は慎導監視官とイグナトフ監視官、どちらと共に仕事をする日だろう。
「苗字さんは、今の一係をどう思いますか?」
「っ、げほ……っ!?」
唐突な質問に驚き、噎せてしまった。口元をハンカチで軽く拭いてカップをテーブルに置く。前に座っている慎導監視官に視線を向ければ、真剣な眼差しをしていた。話題に困って投げ掛けた問いではなさそうで、何と答えようかと思考を巡らせる。いつも穏やかな慎導監視官は頭の回転が速く、嘘を見破る事が出来る。変な事を言って信頼を失う事は避けたい。かと言って本音を伝えても良いものかと悩んでしまう。
「率直な感想を聞かせてください。誰かに話したりしませんから」
「……」
本当はどんな言葉を引き出したいのか、見当がつかなかった。慎導監視官と過ごした時間は短く、きっとまだまだ知らない事だらけだろう。ただ、そんな慎導監視官を信じようと思ったのは私自身で、一方的に昔話を聞かせた代わりに問いに答えなければならない気がして、ゆっくりと口を開く。
「……今の一係は、常守……彼女がいた時と似ているように思います。最初は、正直どうなるかと困惑しましたけど……」
「……」
彼女の名前を聞き、慎導監視官は僅かに眉を動かしたけれど、それ以上反応を示さなかった。すぐに言い換えて、言葉を続ける。
「今の一係なら、慎導監視官とイグナトフ監視官なら……彼女が暴く事が出来なかった闇を暴けるのではないかと……思っています。だから、私が知っている事をすべてお話ししました。私は彼女に報いたい。そのためなら……何だってします」
ここまで言うつもりはなかった。それなのに、同じ想いを抱いているであろう雛河さんにもはっきりと伝えなかった事を口にした。慎導監視官なら受け止めてくれる、そう思ったから。口を引き結び、慎導監視官の返事を待つ。
「……彼女の事、信頼しているんですね。ちょっと、羨ましいです」
「……はい」
慎導監視官は微笑を浮かべて小さな声で返事をした。まさか羨ましいだなんて言われるとは予想していなかったから少し驚いた。慎導監視官とイグナトフ監視官の信頼関係には及ばないと思う、なんて余計な事は言わないでおこう。
「今日はありがとうございました。もう遅いですし、そろそろ失礼します」
「こちらこそありがとうございました」
ハーブティーを飲み終えてカップをテーブルに置いた慎導監視官がソファから立ち上がる。私もつられて立ち上がり、軽く頭を下げる。そして出入口のドアに移動して、今日のこの判断が一体どんな結果をもたらすだろうかとぼんやりと考えながら慎導監視官の背中を見送った。

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