恋敵


※2期後

【今夜はビーフシチューを作りますね】
食堂で昼食を食べ終えて、先程彼女から送られてきたメッセージに目を通す。彼女が作る食事はどれも美味しくて今から楽しみだ。頬が緩みそうになり、それを誤魔化すようにコーヒーを一口飲む。デバイスを切り、空になったカップをテーブルに置くと、見知らぬ男がこちらに歩み寄ってきている事に気付いた。男はテーブルの前でぴたりと足を止めて、椅子に座っている俺をじろじろと見下ろしてきた。その視線に敵意を感じて思わず眉を寄せる。
「執行官の宜野座伸元さんですね」
「……そうだが」
どうやら俺の事を知っているらしいが、俺は男の事を知らない。黒色のスーツを身に纏っていて、鋭い眼差しが印象的だ。食堂は公安局の一般職員も利用するが、わざわざ執行官に話しかける物好きはいない。世間話がしたくて話しかけたわけではないだろう。警戒を強めて、短く肯定する。
「名前さんについて話があります」
「……何?」
男が口にしたのは恋人の名前だった。苗字ではなく名前を呼んだのはどういう意図なのか。無視出来なくなり、話の続きを促す。男は断りなく椅子に座り、俺達はテーブルを挟んで向かい合った。
「これを見てください」
差し出されたのは男の端末で、画面にはシビュラシステムによる相性適性診断の結果が表示されていた。男と彼女の顔写真の下にはA判定と書かれている。端末から男に視線を移せば、男は勝ち誇ったような表情を浮かべていた。何となく話が見えてきた。しかし、男の思い通りになるつもりはない。
「これが?」
「見て分かりませんか? シビュラは貴方より私のほうが名前さんに相応しいと言っています」
「それで?」
「……名前さんと別れてください」
とぼけ続けると、苛立ちを含んだ声音で要求を告げてきた。突然そんな事を言われてはい分かりましたと了承すると思っているのだろうか。この後もまだ仕事だというのに変な奴に絡まれてしまった。溜め息をつき、返事をする。
「断る」
「……っ!」
「話は終わりで良いか?」
露骨に顔を歪めて怒りに震える男に問いかける。疑問形ではなく断定形にすべきだったと少し後悔していると、男はテーブルに両手を叩きつけて大きな音を出した。食堂にいる人間の視線が集まるのを感じながらもう一度溜め息をつく。
「貴方は名前さんの幸せを考えないんですか!?」
「……具体的には?」
「貴方は執行官で、名前さんは監視官だ! 貴方と付き合っても未来はない!」
「……」
男は興奮して大きな声で話す。事実なので否定はしないが落ち着いた話し合いを出来ないものか。俺は周りに何と言われようが今となってはどうでも良いが、男は困るだろう。冷静さを失っている男をどう落ち着かせたものかと思案している間も男は言いたい事を吐き出し続ける。
「貴方と違って私は色相に問題がないし、厚生省の人間だ! 貴方より私のほうが名前さんに相応しいんだ!」
「……その様子だと色相が濁ってもおかしくないんじゃないか」
「何だと……!」
同じ主張を繰り返されて少しうんざりして、色相について指摘する。男は更に興奮して、再度テーブルに両手を叩きつけた。先程よりも大きな音と共にテーブルが揺れて、空の食器やカップがテーブルから落ちそうになったのを慌てて止める。
「一つ聞くが、この話を彼女にしたのか?」
「……」
ずっと気になっていた事を問いかける。男は一瞬目を見開き、俺から視線を逸らした。唇を噛み締める様子を見る限り、彼女に話したのだろう。そして拒否されたため、その怒りを俺に向けてきた。三度目の溜め息をつく。
「俺は彼女と別れるつもりはない」
「……なんで……潜在犯なんかを選ぶんだ……」
「悪かったな、潜在犯なんかで」
見下されて不愉快な思いをしたが薄く笑って同調しておいた。男は俺に視線を戻して、俺を睨みつけてくる。普段相手にしている潜在犯を思えば可愛いものだ。ただそう言うとまた興奮するのは目に見えているため指摘しない事にした。
「……名前さんの色相が濁ったらどうするつもりだ」
「俺と付き合い続ける事で色相が濁ったら、別れるのが一番だろうな」
それについては何度も考えた。だからすぐに答えた。告白は彼女からで、自分の立場を考えれば受け入れる事は出来なかった。それでも彼女は諦めず、俺も彼女を諦める事が出来なかった。もしも俺と付き合う前に男が彼女に同じ話をしていたら今とは違う未来になっていたのだろうか。ふとそんな事を考えて、すぐに無駄な思考を追い払うために頭を振る。
「……」
「話は終わりで良いか?」
何か考え込んでいるように見える男に同じ問いを投げかける。何を言われても彼女と別れるつもりはない。それにそろそろ休憩時間が終わる頃だし、話を切り上げて部屋に戻りたい。
「……名前さんを泣かせたり苦しませたりしたら許さないからな」
「……あぁ」
彼女の事を何も知らないくせに何を言っているんだと思いつつ首を縦に振る。男はまだ不満そうな表情をしながら椅子から立ち上がり、そのまま大股で歩いて去っていった。その背中を椅子に座ったまま見送り、この話を彼女にするか否か頭を悩ませた。

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