リップクリーム


※2期後

執行官の皆から提出された購入申請書に目を通していると、気になる物があった。宜野座さんがリップクリームを申請している。今まで一緒に働いてきた中でリップクリームを付けているところを見た事がないけど、使うようになったのかな。きっとそうだと思い、すべて購入する事にした。

「はい、届きましたよ」
「あぁ、助かる」
後日、ドローンが届けてくれた物を皆に配った。宜野座さんにリップクリームを渡す時、つい唇を見てしまったけど、荒れたり乾燥したりしている様子はない。私の視線に気付いたのか、宜野座さんが困ったように眉を下げた。
「どうした?」
「あ、いえ、何でもありません」
「……そうか」
言及するような事ではないと思い言葉を濁した。

更に後日、お茶を買いに廊下にあるドリンクサーバーに向かうと先客が二人いる事に気付いて足を止める。一人は宜野座さんだ。
「ほら」
「……本当に申請したのね」
もう一人は、二係の執行官である苗字さんだ。同じ課なので接点があってもおかしくはない。宜野座さんは苗字さんに何かを差し出している。
「君に言っても買わないだろう」
「……何か言われたんじゃないの?」
「いいや、何も」
少し離れたところに立っている二人の会話を聞いている内に、宜野座さんが持っている物は以前購入申請のあったリップクリームじゃないかという考えが浮かんだ。宜野座さんが使うためじゃなくて苗字さんに渡すために申請したのか。それならこの前感じた疑問が解決する。同時に新たな疑問が生じる。何故、別の係の苗字さんにリップクリームを渡すのだろう。
「そう。せっかくだし貰っておくわ」
「ちゃんと使ってくれよ。また唇が切れる」
「はいはい。血の味は嫌だものね」
苗字さんはリップクリームを受け取り、くすくすと笑った。今までの会話のどこに笑うポイントがあったのだろう。私が小首を傾げると同時に、宜野座さんを見ていた苗字さんが私のほうに顔を向けた。
「常守監視官にもお礼を言わないとね、ありがとう」
「えっ、あ、いえ……」
「仕事に戻るわ」
突然お礼を言われて上手く返せなかった。苗字さんは私の反応を気にする事なく、カツカツとヒールの音を響かせながら去っていった。
「……どこから聞いていた?」
「えっと……宜野座さんがほらって言ってリップクリームを差し出したところから……」
「……そうか。先に戻る」
問い掛けてきた宜野座さんは少し緊張しているように見えた。ただ、私の返答に安堵したように小さな吐息を漏らして、私が来た道を歩いていった。後ろを振り返りその背中を見ながら、今の二人のやり取りは一体何だったんだろうともう一度小首を傾げた。

---

( 20201031 サイトアップ / 20201012 青い鳥アップ )
back

top