不透明


※2期後

「失礼します」
「あら、名前ちゃん。早かったわね」
非番のある日、私は分析室を訪れていた。公安局ビルに入る為いつも着ている黒色のスーツを身に纏っている。事前に約束していた時間より三十分も前に到着してしまったけど、志恩さんは明るく出迎えてくれた。
「仕事は大丈夫ですか?」
「えぇ。今日は平和な日よ」
「良かった」
特に急ぎの仕事は無いようでほっと胸を撫で下ろす。ゆっくり出来る時に申し訳ないけど、志恩さんには今から私の相談に乗ってもらう。広いソファの真ん中に座り、持ってきた紙袋から小さな箱を取り出す。中には家で焼いてきたクッキーが入っている。箱を開けてテーブルに置くと、志恩さんが二人分のコーヒーをいれてくれて私の分のカップをテーブルに置いた。
「さぁ、お姉さんに何を相談したいのかしら?」
志恩さんはデスクチェアに座り、足を組んで問い掛けてきた。相変わらず色っぽいなあとぼんやりと考えながらどう切り出そうか数秒悩み、素直に話す事にした。
「……その、須郷さんの、事なんですけど」
「何か進展した?」
「……何も」
「え?」
私は今、一係の執行官である須郷さんとお付き合いしている。一ヶ月前に告白して、受け入れてもらったのだ。志恩さんは私が須郷さんに惹かれている事にいち早く気付き、何度も相談に乗ってもらった。付き合い始めた事ももちろん報告して、何か困った事があればすぐに相談してねと言ってもらった。良い報告をしたかったけど、それは叶わない。
「……告白してから、プライベートで会った事はありません」
「え、最近はわりと……平和、よね?」
珍しく志恩さんが困惑している。無理もない。私もまさかこうなるとは想像しなかったから。小さな事件はあるものの、大きな事件は起きていない。刑事課はシフト制だけど、全く合わせられないわけではない。そう、簡単に言えば、避けられているのだ。
「……仕事の時は普通なんですよ。でも……」
「でも……?」
「私用の連絡を入れても、理由をつけて断られるんです」
例えば今度非番の日に会えませんかと聞くとその日は予定があって会えませんと返ってきたり、電話を掛けてもすぐに切られてしまう。出てくれるだけマシなのだろうか。付き合っているのだから、プライベートで会いたくなるのは当然の事だと思うけど、須郷さんはそうではないようだ。正直、何度も断られると誘いにくくなる。これ以上断られたら耐えられないと判断して、志恩さんに相談に乗ってほしいと頼み、今に至る。
「そうなの……」
「……何か、嫌われるような事をしてしまったんでしょうか……」
プライベートで会っていないので、可能性があるのは仕事中だろう。一係の監視官達に比べてまだまだ劣る私に嫌気が差した? そもそも想いを受け入れてくれたと思っているのは私だけで、もしかしてストーカー紛いの事をしている? 本当は私の事なんて何とも思っていない? 嫌な考えがぽつぽつと浮かび、私の気分は沈んでいく。
「名前ちゃん……」
いつもアドバイスしてくれた志恩さんもさすがに何も言えないのか、心配そうに私の名前を呼んだ。まだ温かいコーヒーを一口飲み、自分で焼いたクッキーを一枚食べる。自分の好みに合わせて作ったのに、美味しいと感じない。
「色相は、大丈夫なの?」
「はい」
監視官という職業柄色相管理には特に気を付けている。須郷さんとの事で悩んだ後に色相を確認しても大きな変化はない。普通の人なら濁るのかもしれない、とどこか他人事のように考えてしまう。
「……ごめんなさい。今回は、あたしから何も言えないわ」
「いえ、そんな……私こそすみません。こんな話を聞かせてしまって……」
私ではなく志恩さんの色相が濁ってしまうかもしれないと気付いた私は軽く頭を下げてこの話題を止める事にした。この後は他愛ない話をして、分析室を後にした。

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