透明


「……すみません、突然押し掛けてしまって」
「……いえ、自分も非番なので」
私は今、須郷さんの部屋にいる。向かい合ってソファに座っているけど、須郷さんの顔を見る事が出来ず視線を泳がせる。どうしてこうなったんだっけ? 分析室を出た後、たまに行く天然食材を使ったお店で食事と共にアルコールを摂取し、良い具合に酔いが回った私は監視官デバイスを起動して一係のシフトを確認した。すると須郷さんも非番である事が分かり、もう一度公安局ビルに戻って須郷さんの部屋を訪ねた。監視官権限で部屋のロックを解除する事も出来たけど、さすがにそれは行わなかった。無視されたらどうしようと不安になったものの、須郷さんはドアを開けて部屋に招き入れてくれた。
「……」
「……」
会話が途切れて、二人とも口を閉じた。すっかり酔いは覚めてしまっている。非番とはいえアポ無しで突撃したのはやはりまずかったのではないか。ますます嫌われてしまったのでは? 追い返すような雰囲気は感じ取れないけど、須郷さんが何を考えているのかも分からない。仕事中はこんなミスは犯さないのに。空回りしているような気がして、自分で自分に嫌気が差した。駄目だ、やっぱり帰ろう。今須郷さんに何か言われたら当分の間立ち直れない気がする。
「……苗字さん」
「っ、はい!?」
立ち上がろうとしたのと同時に苗字を呼ばれて声が裏返った。ソファに座り直して、恐る恐る須郷さんの顔を見る。須郷さんは何故か苦しそうな表情をしていて目を見張った。係が違うとはいえ非番なのに監視官が突然訪ねてきたのはやはり嫌だったのだろう。そう考えて、私は須郷さんより先に言葉を紡ぐ。
「すみません!」
「え?」
「お休みなのに、私の顔なんて見たくないですよね……すぐ、帰りますから……」
頭を下げて謝罪した。情けない事に声が少し震えてしまった。せめて泣かないようにしないと、と唇を噛み締める。
「そんな、自分は会えて嬉しいです!」
「……え?」
予想外の言葉が返ってきて、ゆっくりと頭を上げる。苦しそうな表情から慌てている表情に変わっていて、私は状況が理解出来ず小首を傾げる。今の言葉は都合の良い幻聴だろうか。それとも、須郷さんは優しいから、嘘をついたのだろうか。
「……自分のほうこそ、すみません。ずっと、苗字さんを避けてしまって……」
「……!」
意図的なものだったと分かり、やっぱりそうだったんだと納得した。理由を説明してくれるだろうと思い、黙って須郷さんの話に耳を傾ける。須郷さんはまた苦しそうな表情に戻り、話を続ける。
「……不安、なんです」
「……不安?」
「自分は、苗字さんの前任の監視官を……この手で執行しました。昔も、大事な人達を守れませんでした。そんな自分が……恋愛をする資格なんて、無いんじゃないかと……」
今まで聞いた事のない暗く沈んだ声だった。最後のほうは声が小さく、少し聞き取りづらかった。私の前任の監視官――青柳監視官を須郷さんが執行した事はもちろん知っている。昔の事は知らないけど、須郷さんは何度も傷付き、苦しんだのだろう。いや、きっとそれは今も続いている。そうとは知らず、私は自分の事だけを考えていた。自分の気持ちだけを押し付けていた。避けたくなるのは当然の事だ。自分の愚かさを悔やみながら、自分の気持ちを言葉にする。
「……私は、誰にでも恋愛する資格はあると思います。もちろん、恋愛しない自由もあります。ただ、大事なのは須郷さんがどうしたいかじゃないですか?」
「……」
「私は須郷さんが好きです。だからこそ……無理強いはしたくありません」
これは本心だ。もしも須郷さんが嫌だと言うなら、潔く別れよう。苦しい心境を打ち明けてくれた須郷さんにこれ以上負担を掛けたくない。選択を委ねた。後は結果を待つだけだ。膝の上で拳を握り、返事を待つ。事件を追っている時とは違う緊張に息が詰まる。須郷さんは苦しそうな表情のまま黙り込み、やがて口を開いた。
「……自分も、苗字さんが好きです。叶うなら、一緒に過ごしたい」
「……はい」
表情や仕草を注意深く観察したけど嘘ではなさそうで、緊張が解けて身体の力が抜けた。ソファに背を預けて、頬を緩めて頷く。
「ありがとうございます。嬉しいです」
「……本当にすみませんでした、自分のせいで――」
「もう謝らないでください。私こそ、自分の気持ちを押し付けてばかりですみませんでした」
「苗字さんは悪くありません」
お互いに謝って否定した。このままでは話が進まないと考えて、自分の両手を叩いてぱんと音を立てる。音に驚いたのか、須郷さんは口を閉じた。
「この話はこれで終わりにしましょう」
「……分かりました」
同意した声音から僅かな不満を感じ取ったけど無視させてもらう。ようやくお互いの想いが通じたのだから、楽しい話をしたい。監視官デバイスを起動して、自分のシフトを確認して問い掛ける。
「私、次の水曜日は非番なんですけど、須郷さんはどうですか?」
「自分もです。……良ければ、何処か出掛けませんか」
「はい。何処が良いですか?」
デートに誘われた事がとても嬉しくて、自然と笑顔になった。須郷さんと一緒ならきっと何処に行っても楽しいだろうから、須郷さんが希望する場所に行きたい。明日は志恩さんに良い報告が出来そうだと頭の片隅で考えながらデートする場所を話し合った。

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