猟犬のしつけかた
※3期(FI後)
「さて、言い訳があるなら聞こう」
「……ありません」
私に与えられた部屋よりもずっと広い局長室にいるのは私と局長の二人だけだ。ソファに向かい合って座っているのだけど、正直かなり居心地が悪い。呼び出された理由は分かっている。ただ、納得はしていない。私は何も間違った事をしていないのだから。
「はぁ……」
小さな声で返すと、局長はあからさまに溜め息を吐いた。最初は穏やかな人なのかなと思っていたけど、結構気持ちを表すタイプだと最近気付いた。何を考えているのか分からない時もあるけど。
「……一体何度言えば理解するんだ? 課長にも監視官にも独走はやめろと言われているだろう」
「……」
この話はもう何度目だろうか。仕方ないじゃないか、私に守れる人がいるなら守りたい、その一心で行動してしまうだけで、常に独走しているわけではない。最低限の危機管理は行っているし、私も私が守った人も怪我をした事は一度もない。
「……結果オーライですよ」
この件に関して私が謝罪した事も一度もない。失敗したならともかく、そうではないのだから。局長も執行官の事なんて気に掛けなければ良いのに。監視官と違って簡単に替えのきく存在なのだから。さすがにこれを口にするつもりはないけど。
「君の気持ちはよく分かった」
「……え?」
この返答は初めてで、私は局長室に入ってから初めて局長の顔を直視した。すると、局長は何故か鋭い眼差しを私に向けていて、どうやらお怒りのように見える。その眼差しに背筋がぞくりとして、胸騒ぎがした。
「君が言う事を聞かないなら、こちらも相応の対応をしよう」
「……まさか、執行官を辞めさせるおつもりですか?」
局長の声音は冷ややかなものに変わり、私の声音は僅かに焦りが混じった。もしも執行官をクビになったら、隔離施設に戻らなければならない。あんなつまらないところに戻るのは御免だ。一体どう切り抜ければ良い? 今更謝罪したとしても受け入れてもらえるとは思えない。公安局のトップである局長が決めた事なら課長も監視官も口を出せない。最悪のパターンを想像しながら局長の返答を待つ。
「非番の外出を禁止する」
「えっ、困ります!」
予想外の言葉に思わず大きな声を出した。非番に外出して美味しい物を食べる事が最大のストレス発散方法なのに、それを封じられるなんて辛すぎる。クビになるよりはマシだけど、外出禁止もかなり嫌だ。食堂の食事もそこそこ好きだけど、入江さんに教えてもらった廃棄区画の食事をもっと堪能したいのに。
「仕方ない事だ」
「……いつまで、でしょうか?」
「課長や監視官から君が独走しなくなったと報告を受けるまでだな」
「……」
恐る恐る尋ねれば、予想通りの答えが返ってきた。とにかく私の独走を防ぎたいようだ。迷惑を掛けているつもりはなかったのだけど、ここまでくると反省しなければいけないのかもしれない。あまり納得は出来ないけど。
「さぁ、どうする?」
局長は不敵な笑みを浮かべて尋ねてきた。私が折れると確信しているようだ。ここで首を横に振れば本当に非番の外出は禁止されるだろう。課長や監視官にも伝えられ、あの慎導監視官ですら外出に付き合ってくれなくなるのは容易に想像出来る。膝の上で両拳を握り、ゆっくりと口を開く。
「……分かりました。以後、気を付けます」
「……」
はっきりと肯定したにも関わらず、局長は何も言わない。ただ私をじっと見つめている。私の真意を探ろうとしているのだろうか。ペナルティを課せられるのは嫌だからちゃんと気を付けるつもりなんだけど。念押しした方が良いかな、と私が再び口を開こうとすると、先に局長が言葉を発する。
「二言はないな?」
「……ありません」
「よろしい」
最終確認だろうと判断して、しっかりと頷いて見せた。これで本当に独走は出来なくなった。これからは監視官の許可を得てから行動しなければ。非番の外出を守る為に注意しよう。
「そんなに外出したいなら、付き合おう」
「……へ?」
決意を固めている間にとんでもない事を言われて反応が遅れた。誰が誰の外出に? 局長が私の外出に……? 無理だ、局長と二人で街を歩くなんて立場的にも心情的にも絶対に無理だ。そんな事を実行すれば課長が気絶してしまう。慎導監視官の苦笑いとイグナトフ監視官の冷めた目も想像出来る。局長と一緒に廃棄区画の食事を取るなんて出来るわけがない。
「監視官程時間に余裕はないが……」
「お気持ちだけ頂きます……!」
このままでは話が進んでしまう気がして、慌てて断る。もう独走しないと誓うから、一刻も早くこの場を離れたい。私の強い願いが届いたのか、私のデバイスに着信が入った。相手は慎導監視官だ。のんびり話していたけどまだ仕事中だった。
「すみません、監視官から連絡が入りましたので失礼します!」
勢い良くソファから立ち上がり、一礼して局長の返事を聞かずに駆け足で局長室を出た。その場で私を見送った局長が「打ち解けるにはまだまだ時間がかかりそうだな……」と呟いていた事を私は知らない。
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