第壱話
夜の闇に覆われた暗い森の中を駆け回る。
走り続けているそのモノの息は荒く、恐怖で瞳孔が開いている。
「ヒッ、い…!!」
何なんだ、何なんだよあの化け物は?!
口は空気を取り込み、吐き出すのに忙しく、音にならなかった叫び声を口の中で転がす。
血が止まらない!腕が生えない!何故だ、何故だ!俺は"鬼"なのに!!
鬼であれば日の光やあの刀で切られさえしなければ、例え首を切られても生きる!腕を切られても再生する!なのになんだあいつは?!日の光を浴びたわけでもない!!あの刀を持っていたわけでもない!!なのに何故俺の腕は再生しない!?血は止まらない!?
鬼は走る。走り続ける。
足を止めれば待つのは死のみ。それを本能が全力で叫び、警鐘を鳴らし続けている。
鬼は本能的に分かっている。
自分が全力で立ち向かっても、あいつには勝てないと。
アレは、死が、人間の肉の器を纏いこの世に具現化されたような、そのような気配がした。
……死…?
俺は、死ぬのか…?
嫌だ、嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ!!!!!
死にたくない!死にたくない!!シニタクナイ!!シニタクナイ!!!
鬼は思わず目から涙を流した。
絶対的な"死"
ソレから逃れることは出来ない。
それを理解していながらも尚走り続ける。
もしかしたら、生き延びるかもしれない。
やつが諦めるかもしれない。
そんな希望に縋りついて走り続ける。
しかし、
目の前で砂利を踏む音が聞こえて、真正面を見る。しまった、後ろばかりに気を取られて前方の警戒を怠っていた…!!
「鬼ごっこは終わりだ」
「あ、あぁ…あ…」
そこには恐れてならなかった青い、蒼い眼が、
「じゃあな」
ソイツは、持っていた木の枝を振りかざして、俺の喉を突き刺した。
まるで俺の喉が柔らかい豆腐や粘土であるかのようにするり、と枝は抵抗を受けずに貫いた。
そのまま喉を貫く木の枝からそれを持つソイツの腕から顔に視線を移すと蒼く輝く瞳が見えた。
「あ、ぁ…綺麗、…だ……」
「!」
驚愕に見開かれたソイツの眼は、蒼天にして虚空を写し出した、強く、儚く、美しい、蒼の瞳だった。