夢か現か



忘れもしない、あの日。



日本帝鬼軍の紋章が入った三台の車が、名古屋空港に現れた。何も聞かされていない吸血鬼殲滅部隊月鬼ノ組に更に追い討ちをかけるかの如く、一台の車から颯爽と姿を現す三宮葵と柊暮人に皆動揺を隠せないでいた。


「諸君!! 私は柊暮人中将───日本帝鬼軍を統べる柊家の者だ!!」


声高らかに云い叫ぶ暮人に、同じ渋谷本隊に属する柊深夜は唖然とした。


「そして任務達成おめでとう!! 君たち月鬼ノ組の犠牲の上に我々人間は今日!! 吸血鬼どもに完全勝利する!!……あとは私が引き継ぐから君らは武装を解除し楽にしたまえ!」


その言葉に人間たちは安堵したのか、次々と武装を解除し武器を下ろしていく中、一人の少女……柊シノアだけ自隊のメンバーに「武器を下ろさないでください」と、手で制したのだ。何かまずいことが起きる予感がします、と付け足して。


「……完全勝利? 一体どうやって? 吸血鬼の貴族が大挙してここに押しかけてきてる。兄さんはどう勝つつもりだよ?」
「……深夜か」
「そろそろ僕にもどういう計画か教えてよ、兄さん」


心底つまらなさそうに血の繋がりのない弟を視界の端に入れながら、従者である葵にマイクを渡す。その後、口を開いたと思えば、グレンと日和はどこだ? と、一言。会話にすらなっていない暮人に苛立ちを覚えつつも、グレンと日和は吸血鬼に捕まったと話す。あいつら馬鹿か、とだけ吐き捨てられた。

暫く暮人と深夜の、途中で月鬼ノ組《鳴海隊》の分隊長、鳴海真琴が加わり言い合いは続いたが、埒があかないと思った暮人のその一言で場が一気にどよめいた。


「まあ別にいいぞ。珍しく今日は機嫌がいいしな。……それにどうせ彼はすぐ死ぬ。実験を始めろ」


ぱちんと指を鳴らしたと同時に、暮人の背後のバンから無数の鎖が飛び出し、その場にいる全ての人間を無差別に襲っていったのだ。


「なんだよ……これ……」
「……また人体実験……」


もう、数える程度の人間しか残っていなかった。誰のかも分からない血が、地を濡らす。


「うおわあぁあああああぁああ!!!!」


鳴海は叫ぶ、怒りの矛先を暮人に向けて。


「騒ぐな、人類進歩のための名誉ある死だ。この実験で多くの民が救われる……これは、正義だ」


時既に遅し──かと思いきや、鳴海の背後に迫る二本の鎖を《シノア隊》の隊員である君月士方と三宮三葉がぎりぎりのところで止めたのだ。同じく黒鬼月光韻を構えた《シノア隊》早乙女与一が暮人に向かって矢を放つ。が、激しい音と共に矢は明後日の方向へ飛んでいってしまう。


「『鬼呪促進剤』を服用!!撤退します!!」
「……抵抗するな、シノア。しなきゃおまえは生かしてやる。一応、柊家だからな」
「逃げますよ!!!」
「なら死ね」


暮人の言葉に反応するかのように真っ直ぐシノアの方へと鎖が伸びる。駄目だ、そう思い目を見張った。その時、だった。鎖を斬った、そんな音が響いたのは。


「シノア!!!」
「よかった、間に合った」
「ゆ、優さん!!? 日和兄さんも!!?」


シノアを庇うようにして《シノア隊》百夜優一郎と渋谷本隊に属する柊日和……暮人の実の弟にして、日本帝鬼軍中将が暮人の前へと立ち塞がった。


「これはどういうことですか、暮人兄さん」


妹のシノアを優一郎、そして吸血鬼の白夜ミカエラに任せ、日和は暮人の前へと歩みを進める。


「早く俺の隣へ来い、日和。おまえは俺の大切な弟、生け贄になんてくれてやるつもりはないからな」
「……どうして、」


ぽつり、ぽつり、冷たい何かが空から降り落ちた。


「どうしてだよ、暮人……!! なんで、仲間を……家族を傷付けた!!?」
「………」
「僕は、優一郎君たちと共に行く」


少し後ろを向けば、話が纏まったらしい優一郎たちと目が合った。
互いに頷き合い、暮人に背を向けようと踵を返した、直後。腹部に鋭い痛みが走り、その場に倒れ込んでしまう日和にシノアと優一郎が声を荒げた。


「っ、ぐ、ぁ……!!」
「日和兄さん……!?」
「日和……! てめえ、よくも日和を!!」
「こいつが俺の元を離れておまえたちと? ……笑わせるなよ、クズが」


暮人の顔から、一気に狂気が渦巻く。
すうっと目を細めながら、愛しそうに日和を抱き上げて髪を撫でると、傍らに控えていた葵を呼んだ。


「日和を連れていけ」
「承知致しました」


日和様、失礼致します。と、一台の車の中へ連れていく葵を一瞥してから、優一郎たちの方へと向き直った暮人は、「日和は俺のものだ。誰にもやるつもりはない」と、少しだけ微笑んだ。