今まで小学校でも中学でも、不審者に出会ったらこうしなさい。みたいな授業は何度か受けてきたけど、それは基本的に外での出来事だろうし、少なくとも俺はこんな時どうすればいいかなんて聞いたことがない。
俺の布団で知らない女の人が寝てる。
今日は月曜日だから部活もなくて、普段なら岩ちゃんたちと遊びにいくところを久しぶりに直帰したらこれだ。
部屋の入り口で動けなくなってすでに10分が過ぎたけど、彼女は起きる気配がない。もし仮に暴れられても抑えれそうだし一度起こしてみようかな。
「……う、わ……」
近づいてみて気づいたけど、この人とんでもない美人だ。芸能人とかモデルだとか、そんなのとは比べ物にならない、規格外の美人。真っ白で陶器みたいな肌はもちろん、日本では滅多に見ないキラキラ光を反射させる銀髪。完璧なバランスっていうのかな。黄金比率の顔も恐ろしいほどに美しい。心なしか後光のような輝きも感じる。
一気に高鳴った胸を押さえてスヤスヤと眠る彼女を覗き込んだ。
「睫毛なっが!」
家に帰ってきたら知らない美女が自分の布団で寝ている。とか、白雪姫の小人はきっとこんな気持ちだったのかなぁ。なんて、馬鹿な事を考えながらごくりと唾を飲み込んだ。
「って、いくら綺麗でも不審者だし」
意を決して手を伸ばした、ら。
彼女が弾かれたように目を開いた。もう触れる寸前だった俺の手はどうすることもできずに空をさ迷っている。
ばっちりと合った瞳は蒼のような翠のような、子供の頃に大切にしていたガラス玉にそっくりで、どうにも、目が、離せない……
「……」
「……」
「……ここは?って、あらら?あなた私のこと見えているの?」
起き上がってキョロキョロと部屋を見渡してから、未だ目を見開いて固まっている俺に問いかけてきた。
見えてるて、何。どうゆうこと。
「…………、あぁ、そういうことね。まぁ来てしまったからには仕方ないわね」
「ちょ、ちょっと!」
何やら自己解決してる彼女の手首を先ほどまで空で止まっていた手で掴んだ。
うわ、何この触り心地!シルクみたいにすべすべ!
「き、君は?ここで何してるの?」
「ええと、そうね。説明させてもらっても?」
「……言い訳くらいは聞いてあげるよ」
なんかカッコつけちゃったけど正直言い訳とか聞いてられるほど冷静じゃない。さっき目が合った時からなんだか頭はクラクラするし、どうにも眩しくて目が細くなる。
勢いで掴んでしまった腕はひんやりとしていて、より一層俺の体温が高く感じられた。
どのタイミングで離せばいいんだ。と回らない頭の中でどうにか思考を巡らせていたところで彼女が口を開いた。
「ありがとう。まずね、私は怪しい者ではないわ」
「いや、この状況でそれは信用できないでしょ!!」
「というより、人間じゃないの」
「………………は、?」
え、何言ってるのこの人。もしかしてかなりヤバイ人?
どうしよう、警察呼んだ方がいいかな。
「私はね、ええと、そう。天使なの。まぁ信じていないんでしょうけど」
「……信じる人、いるの?」
「あなたには何故だか私の姿が見えているし、触れることもできるみたいだけども、普通は見えないし触れれないのよ?試しに誰かを呼んで聞いてみてはどうかしら?」
「そんなわけが……「及川ー」」
あまりにもファンシーな話に反論をしようとしたその時、玄関から聞きなれた声が聞こえた。言わずもがな岩ちゃんだ。
そういえば後で漫画借りる約束してたっけ。……………って!マズイ!!こんな状況見られるわけにいかない!!
「おい、部屋いんのか?あがんぞ」
「あああ!やばい!ちょっと何処か隠れ……押入れ!押入れ入って!」
いくら不審者とはいえ俺の部屋の、俺の布団に女の人っていうのは色々と誤解されかねない。
当たり前だけど彼女っていう嘘も通用しないし!
「何をそんなに慌てているの?」
「あーもー良いからこっち来て!!」
きょとんとした表情の彼女を無理矢理立ち上がらせて押し入れに隠そうと背中を押す。こんな状況だっていうのにふわりと鼻をくすぐる甘い香りには思わず卒倒しそうになった。
そうもやっているうちに岩ちゃんは階段を上がってきていて、遠慮なしに俺の部屋の扉を開けるのだった。
「おい、いんなら返事しろ」
「わーー!違っ!!岩ちゃん違うんだよ!これは、その!」
「?、何がだよ?」
「…………へ?」
押入れを背中に隠れきれていないだろう彼女を必死に隠してみたものの岩ちゃんの反応はあまりに薄い。
もしかして本当に見えてないのか?
「ね、ねぇ岩ちゃん?俺の後ろ、何か見えたりする?」
「はぁ?」
「あの〜ほら……幽霊とか、いない?」
「及川……お前大丈夫か?」
「え、うん……」
「今日はもう寝とけよ。最近オーバーワークだったしな。疲れてんだろ」
「あ、うん。ごめん」
挙動不審な俺に訝しげな視線を向けてくる岩ちゃんは漫画を渡すとさっさと帰ってしまった。
あんなおかしな事を言ってもいつもみたいに叩かれたりしなかったのは岩ちゃんなりに心配してくれてたのかもしれない。(別に疲れてるわけじゃないけど。)
「ほら、言ったでしょ?彼は私の事、見えていなかったわ」
押入れの上段に座り、クスクスと笑いながら俺にそう告げる彼女はどこか楽しそうだ。
信じられないけど岩ちゃんには姿が見えていなかったみたいだし、彼女の言うことは本当なのかもしれない。
「……天、使…………」
ああ、人生100年生きてもこんな出来事に遭遇する人なんていないだろうに、妙なところで運を使ってしまった。
そう目の前で楽しそうな笑みを浮かべる彼女を見ながら思った。
「私が天使だって事はわかってもらえたかしら?」
「う、ん。一応、人間じゃないとは……」
「それじゃあさっきの、私がここで何をしているのかっていうお話の続きだけども、私にもどうしてここにいるのかわからないの」
「え、何で?」
「……あなたの部屋と私の部屋を何かの拍子に繋げてしまったかな、としか」
「つまり、事故……みたいな?」
その言葉にうんうん、と首を縦に振る彼女にどっと疲れが押し寄せてきた。
何だよも〜そういうコトはしっかりして欲しいよ。
とにかく用があって来た訳じゃないなら早く帰ってもらおう。
「あのさ「ところで」……は、はい」
帰るように促そうとした声を遮られた。
相も変わらず押入れに腰掛けている彼女の視線は床に注がれている。
つられて俺も床を見た。特になにもない普通の床。
「この床は……畳?」
「は?うん。そうだけど」
「実物は初めて見たわ!これがい草の香りなのね。良い香り」
「そ、そっか」
天使も外国人と同じで、やっぱり日本文化に興味があったりするんだろうか。
畳を見つめていた彼女はきょろきょろと部屋中を見回し始めた。その目は何かに興味を持った子供のようにキラキラと輝いている。
「あとこれ、押入れって言ったわよね?」
「う、ん……」
「ふ〜ん、うん。素敵ね」
「な、なにが?」
「あのね、折角人間の世界に来たことだし、少し長居をしてみようかと思って」
それで、と続けようとする彼女にやばいと直感が告げた。言わせてはいけない!!
「待っ「畳の香りも好きだし、木の暖かみがとても素敵でとても気に入っちゃったの。ねぇ、私ここに住んでも良いかしら?」」
また遮られた!そして言われてしまった!!
そもそもどうしたらここに住むなんて発想になるの!
「そんなの無理に決まってるデショ!?」
「どうして?」
「どうして!?」
「私ね、趣味で人間の真似事をしているけど、本当は食べなくても寝なくても大丈夫なの。だから自分の部屋に幽霊がいるなぁくらいの感覚で、ね?」
「幽霊がいるなぁ。とか普通そんな反応の人間いないから!!」
「まぁいいじゃない。これも縁とでも思って。ね、及川徹くん」
「ちょ……なん、」
なんで名前知ってんの!?!?
天使だから!?そういうことなの!?
「大正解」
「心読まないで!!」
何コレ!すっごい疲れる!
彼女のペースに完全に飲み込まれてる!!
「………あのさ、一個聞いてもいい?」
「なぁに?」
「俺が何言っても住み着く気、なんでしょ?」
そう聞くと彼女はそれはそれは綺麗な顔で笑った。