無敵の輝き



正直言って見ず知らずの人(……人?まぁこの際それはいいや)を部屋に置くなんて、そんなこと普通あり得ない。
だけど魔法にでもかけられたようなふわふわとした頭は何故だか断るという選択肢をどんどん脳の片隅に追いやってて。しかもこんな…尋常じゃない美人に微笑まれて。更に言えば漫画の世界にしかないと思ってた美女との唐突な同居生活を目の前にぶら下げられて!それでも断れるっていうならそれは多分男じゃないか余程の禁欲主義者だろう。
そして俺は残念ながらごく普通の、健全な男子高校生だから、きっと初めから彼女のこのとんでもない我が儘を受け入れる他なかったんだ。

「あーもー……わかったよ」

「わぁ!本当に?ありがとう」

「……」

なんか、調子狂うな……せめてもの抵抗で不機嫌気味に言ってやったのに、そんな素直に喜ばれたら文句言うにも言えないじゃんか。
むむむ、と唸っている中、大事なことを忘れていたことに気づいた。

「そういえば君の名前は?さすがに名前も知らない人と暮らせないよ?」

「そうだったわね、ごめんなさい。私はスピカ。よろしくね?」

「スピカ、ちゃん?」

「……」

「……」

「…………ふ、ふふ」

「な、なに?」

名前を呼ぶときょとんとした表情をした後、肩を震わせながら小さく笑い始める彼女に思わず吃りながら聞き返した。
先ほどまでと同じ端正な顔立ちはそのまま、可愛らしさも混じったそれは見ているだけで身体が熱くなっていく。

「俺、なんか可笑しいこと言った?」

「いいえ、何も。ただそんな可愛らしい呼ばれ方をされたのは初めてで…」

「可愛らしいって、ちゃん付けのこと?」

「ええ。今まで堅苦しい呼ばれ方が多かったからかしら。その呼び方、とても好きだわ」

「それは…良かったよ」

ああもう!いちいち綺麗すぎるんだよ!
笑顔だけでいったいどれだけの種類持ってるのさ!

「…あとさ、さっきから言おうと思ってたんだけど、そのキラキラ眩しいのどうにかならないかな?」

「え?眩しい?」

「うん。もう目開けてるのしんどい」

「ああ!ごめんなさい。下界仕様にするのを忘れていたわ」

『下界仕様』というのになったのか、キラキラもとい後光が消えた。そんな、電気みたいなんだ……
でも漸くしっかりと目が開けられる。…………けど、

「……しっかり見える方がダメかも」

「何のこと?」

「綺麗すぎて見てられないって言ってんの!!」

「あら!ありがとう」

思わず両手で顔を覆って蹲ってしまった。
「及川さんカッコ良すぎて顔見れない!」の類いは何度も言われてるし、それこそ凄まじくモテるけど、こんな俺が恥ずかしがる側になるなんて思いもしなかった。

「徹」

「……ナンデスカ」

「そうして顔を隠されたら榛色の綺麗な目が見えないわ。ね、こっちを向いて?」

「……」

「聞こえなかった?徹の綺「わ、わかった。わかったから、そういう恥ずかしい事言うのやめよ?」」

「恥ずかしい?何が?綺麗なものを綺麗と言ってるだけでしょう?」

「ヤメテ!!!」

……本当に勘弁してほしい。


□□□


そんなこんなで。
暫くして、まだ思わず顔を背ける事はあれど、大分スピカちゃんの容姿に慣れてきた頃には彼女の興味は俺のパーソナルデータに移ったようで、俺はまるで転校生の様な質問攻めにあっていた。

「徹は17歳なのね。じゃあ…学生?」

「うん、高校生。ちょうど先週学年が上がって三年生になったとこだよ」

「学校では何をするの?」

「勉強はもちろんだけど、俺の場合は部活でバレーボールをしてる。どっちかというと部活のために行ってるって感じ?」

「バレーボール?もしかしてこれを使う?」

これ、と言ってスピカちゃんが手に取ったのは傷だらけで色褪せたバレーボール。
高校に入ってから大きさが変わって買い換えたにも関わらず、どうしても捨てられなくて持ち続けている、初めて買ってもらった思い出のボールだ。

「うん、そうだよ。ネットを挟んで二チームに別れてやるんだ。三回以内に相手のコートにボールをかえさなきゃならなくて……」

ルールだけ話すつもりが、気づけばそれぞれのポジションの事や大会のことを夢中に話していた。
それでも彼女は笑顔で俺の話を聞いていて。乾燥しきって所々毛羽立っているボールを、真っ白な綺麗な手でするりと撫でながら優しく目尻を下げる姿にはやっぱりドキドキが止まらなかった。

「あなた、バレーボールが本当に好きなのね」

「ごめん、長々と話しちゃって」

「どうして謝るの?徹のお話はとても楽しいわ。ね、続けて?今一緒にバレーをしているのはどんな子たち?」

「っ、ゴリラみたいな奴らばっかだよ。さっき部屋に来たの。岩泉一っていって俺の幼馴染みなんだけど、岩ちゃんもチームの一人なんだ」

「幼馴染みと同じチームで大好きな事ができるなんて素敵ね!あなた達がバレーをしてるところ、見てみたいわ」

バレーの話をするのはすごく好きだ。それを知ってか、今まで俺にバレーの話をさせてきた女の子は沢山いた。でも、みんな途中で瞳の奥が退屈な色に変わっていく。
だから正直、バレーの事は語っても、俺のチームまでは語りたくなかったし、見せたいとも思わなかった。(そうは言っても勝手に見に来るんだけど)
でもスピカちゃんには青葉城西というチームを知ってもらいたくて堪らなかった。
話を聞いてくれるのは、興味を持ってくれるのは彼女が天使で無限の優しさを持っているから。そう言われてしまったらそこまでだけど、キラキラと海みたいに輝いて、ずっと俺を見つめ続けてくれる瞳だけで、そう思えるに十分な理由があると思う。

だから心から思うんだ。

「うん、いつか見てほしい」