手段はいらない
「ひどい目にあった……」
そうボヤいたフィオナは、死んだ目でよれた白衣の襟を直した。
普段は皺一つない白衣がこうなっているのは、先ほどレクリエーションルームの前を通りかかった時にルナマリアをはじめとしたMS乗りに捕まったのが原因だ。
彼女らは「大尉、今日はポッキーの日ですよ!」などと言ってフィオナを引きずり込むと、強引にポッキーゲームを始めた。
例によって俗な知識に疎いフィオナはそんなイベントなど知らないため、細い棒状のお菓子を挟んで至近距離に顔を寄せられる状況に大混乱だった。
最初に仕掛けてきたルナマリアからは途中でポッキーを折って離れられたものの、その次に参戦してきたヒルダはがっしり腰をホールドしてきたため、なかなか逃げることができずジタバタと抵抗する羽目となったのである。
「みんなプラント育ちなのに、どこであんな催事を仕入れてくるのかしら」
やれやれと首を振ったところで目的地に到着する。
「艦長、フィオナです。報告にあがりました」
「どうぞ」
扉の先からコノエの落ち着いた声を受けてフィオナは艦長室に足を踏み入れた。
ここ一ヶ月におけるクルーのメンタルヘルスの報告に来たのだ。
普通であれば最前線で戦っているMSパイロットこそ最も精神を蝕まれるものだが、ミレニアムにおいては断トツで開発班が病みがちである。理由は言わずもがな。
「──以上の通り、先月に比べて開発班の面々の精神状態はかなり安定しております」
「アークエンジェル後継艦の開発が決まってハインライン大尉の機嫌が良いからだろうな」
「ええ、恐らくそうでしょう」
アルバートの機嫌一つで左右される職場環境。それはどうなのだ。と思わなくもないが、そんなことは今に始まったことではないのでスルーだ(もちろん目に余る時はコノエやフィオナが緩衝材になっている)。
「では、報告は以上ですので、失礼させていただきます」
「おや、いいのかい?」
一礼して踵を返そうとするフィオナをコノエが呼び止めた。
「何のことでしょうか?」
「それ。君にしては珍しく時流に乗っているなと思ったんだが」
コノエが指差した先──白衣のポケットを見ると、いったいいつの間に入れられたのか、アルミニウムの細長い袋が入っていた。
レクリエーションルームから逃げ出た時にルナマリア辺りが差し込んだのだろう。
「ポッキーゲーム、しなくていいの?」
「し、しませんよ!」
「なんだ。てっきりしたいから持ってきたのかと」
「ち が い ま す」
デスクに肘をついて笑うコノエは完全にフィオナの反応を楽しんでいる。
仕方ない。フィオナは相当からかい甲斐のある女だ。
「あぁでも、君はそんな口実には興味ないか」
コノエは肩を竦めるとゆっくり椅子から立ち上がった。
そして、コツコツと音を立ててフィオナの前までやってくると、腰を折り目線を合わせニコリと笑う。
「求めているのは結果の方なんだからねぇ」
「何を、おっしゃって。そんなことは……」
「ずっと私の唇ばかり見ておいてよく言う」
「!?」
ドキリと心臓を跳ねさせたフィオナは顔を真っ赤に染めると、両手で持ったタブレットで顔を隠した。
ルナマリアたちとの戯れを経て『そういったこと』を意識してしまっていたのは否めない。
「おや、すまない。鎌をかけただけだったんだが……図星だったようだ」
「〜〜っ!!」
薄い板の先から怒りと羞恥が混ざった言葉にならないうめき声が聞こえコノエは明朗に笑った。
「からかうのはお辞めください!」
「あ〜はは、すまない。……で?」
「ぅ……」
「どうしたい?」
のろのろとタブレットが下げられ、困りきった視線がコノエに向けられる。
「その聞き方はズルいですよ……」
「そういう性分なものでね。悪いが諦めてくれ」
「………………し、したい、です……」
「いいよ」
躊躇った末の消え入るような声を拾い上げたコノエは目を細めて笑うとフィオナに一歩踏み出した。