ふたりぼっち生活


  地球は、僕の目の前にある。星々は、無表情で瞬く。
 僕は手のひらで月の砂漠を感じながら、眼前の地球をぼんやり眺めた。地球は丸くて青いというのは本当だったんだ、と今更ながらに思う。地面に座る僕と地球を隔てるものは、何もない。平衡感覚は、とうの昔に消え失せた。さらりとした砂漠にも、音楽の無い空間にも、二人で生きるには広すぎる世界にも、もう慣れた。ここは宇宙。僕らの宇宙。やわらかな風も、美しい花もないけれど、冷たい嵐が来ることもない。やさしくて、少し寂しい世界。
 僕はぼうっと地球を眺める。青くて、眩しくて、美しい星だった。地球の周りには真っ暗闇が延々と広がっていて、その中で星々が瞬いていた。僕が、みんなの笑顔を思い浮かべると、星々は地球を照らしているように見える。反対に、僕がみんなの悲しみを思い浮かべると、それらは地球の涙に見える。とても不思議に思えた。僕はそっと目を閉じ、集中する。ひとり、ひとり、みんなの顔を思い浮かべる。今日の彼らはどうしているのだろうか、と覗き込む。ここは僕らの宇宙だから、何事の実現も奇跡じゃない。次第に目の前で桜がちらつきだして、僕はその一枚に手を伸ばし、ポケットに突っ込んだ。
 後ろから、人の気配がして、ざっざっと砂を蹴る音が少しずつ大きくなる。音は、僕の側でぴたりと止まると、「よいしょ」という声と共に、小さな風がふわりと隣で舞った。彼はそのまま、ひっそりと息を潜めて座っていたが、僕は目を醒ますことにした。ぱちりと開けた視界には、地球の青が眩い。何度かまばたきをしてから、僕は視線だけを彼——望月綾時の方へと向けた。
「ごめんね。邪魔しちゃったかな?」
 僕は首を横に振ると、綾時はほっとしたように笑う。僕らには必要以上の言葉は要らない。
「なにか見てたの?」「桜」
「そっか。もうそんな季節か」綾時はふうとため息を吐きながら、座る姿勢を崩した。躊躇うことなく、両手を地面につく。彼は僕から目を逸らして、青い地球を見つめた。彼の手のひらが、月の砂漠をゆっくりと撫でる。その横顔を、仕草を、僕は黙って見つめていた。
「ねぇ、君は」彼が小さく口を開く。
 僕は、君が全てを言い終える前に、「また追いかけっこしたいの?」と口を挟んだ。
 綾時は丸い目を更に大きくしてぴたりと固まった。珍しい顔だなと、僕は少し嬉しくなる。僕がいくら想像しても、彼はいつも笑っているか、ひどく悲しんでいるかのどちらかだ。綾時は、だんだんと僕の言葉を理解し呑み込めたようで、不意にふわりと顔を緩めた。
「あれは中々堪えたよ」綾時は、おもしろそうに笑う。「だって、僕が西に行けば、君は東へ。僕が南から回れば、君は北へ。ちょうど正反対になるように、二人でぐるぐる回るんものだもの」
 あの時を懐かしむように、綾時はふふっと笑う。深い青をした瞳は隠れて、目尻の黒子が揺れる。
「こんなに小さな星なのに、もう二度と君に会えない気がした」
 僕は彼の言葉に耳を傾けて、うんと静かに頷いた。「じゃあもう、そんなこと言おうとしないで」
 僕は彼の顔をじっと見た。どうか伝わって、と願いながら。綾時は頬をかきながら僕から目を逸らしたままだったけれど、僕は決して譲らなかった。
 少ししてから、彼は「分かったよ」と、僕の方へと向き直った。地球と同じ眩い青の中に、僕が写る。周りに広がる星々は、表情を変えずきらきらと瞬いていて、泣いているようにも笑っているようにも見えた。
 僕はポケットから、握ったままの手を出して、中身を失くさないようそっと開いた。そのまま彼の方へふうっと息を吹いてやる。僕が握っていた一枚の花びらは、風に吹かれて舞い上がり、瞬間ぶわりと数を増し、綾時を包むように宇宙へと吹き荒れた。
「わぁ」と、綾時が情けない声を上げるから、僕は声をあげて笑ってやった。
「もう、やるなら月の裏側じゃないと」みんなにバレちゃうでしょ、と怒った綾時の声はひどく優しくて、楽しそうに聞こえたから、僕はようやく心の中で息を吐いた。
 星々は、笑っていた。




back

top