恋の嵐
「良いお年を」
私の初めての彼氏はそう言って、夜の闇に溶けて消えた。永い眠りを誘うような、冷たい冬のことだった。
ガチャリとドアの閉まる音がして、彼の姿が完全に見えなくなった後。時計の針が数回鳴って、いつものように世界が変わる。それと同時に、私を支える何かがなくなり、足の力がふっと抜けた。重力には抗えず、私はその場に座り込む。
「ちょっと!?大丈夫?」ゆかりがこちらに駆け寄り、背中をさする。アイギスは身体を診てくれたけれど、おかしな所なんてあるはずない。今になって心臓がうるさく音を立てる。体の真ん中に穴が空いたような、喪失感。何が、という訳ではないけれど、でも確実に、私の中の大切なものが1つ消え失せた。気づいた時には側いて、私と共にいた何かが。
どれぐらいぼうっとしていたか分からない。いつの間にか、みんなが私の周り囲い、心配そうに様子を伺っているのが分かる。分かる、けど動けない。音が遠くて、みんなの言葉が聞き取れない。いつものように、大丈夫だよと笑顔で言おうと思ったけれど、思うだけで体はぴくりとも動かなかった。
しっかりしてよ、リーダー
いつか誰かに言われた台詞が、今度は私の声になって、はっきりと耳に届いた。全部、全部、貴女が決めたことでしょ?頭の中で繰り返される。
選択には、責任をもたなければならない。初めにそう約束したじゃない。契約は果たさなければ。みんなの為にも、あの子の為にも。
私はそっと目を瞑り、それから、息を大きく吸った。ふぅ、と音を込めたため息を吐く。
「あーあ」
できるだけ大きく、いつものように声を出す。情けないなぁ、とは続けなかった。少し声が震えていたかもしれない、なんて、らしくないことが頭に過ぎる。急に声を上げた私に、みんなは一気に黙りこくった。
ぱちりと目を開ける。肩を支えてくれたゆかりの温かさが、懸命に様子を診るアイギスの思いが、ようやく伝わってくる。心配そうな顔、不安そうな顔、眉間に皺を寄せた難しそうな顔。辛そうなみんなの顔が、そこら中にいっぱい。それも全部、私のせい。鉛を飲み込んだように、腹のあたりが重く、冷たい。
しっかりしなさいよ、リーダー
もう一度、私の声がする。そう、私はみんなのリーダーだから。
リーダー?せっかく可愛い名前があるのにね
あぁもうなんで。胸に小さな嵐が吹き荒れて、私の内を傷つけた。口元が歪み、滲む世界を睨みつける。私は私であると同時に、リーダーでもある。あの時の君は、それを知らなかった。知らないからこそ、すごく、すごく嬉しかったんだってこと、今になって気がついた。
私はもう一度、深く息を吸った。涙を引かせるコツは、深呼吸をすること。そこにわざと、ちょっぴり笑みを混ぜる。
「え、笑ってる……?おーい、大丈夫か?リーダー」
「大丈夫だよ、順平」
ありがとう、と言いながら彼の方へにこりと笑う。もう、大丈夫。口の中で唱える。
「ゆかりも、アイギスも、みんなも。ありがとう」
心配かけてごめんね、と言いながら私がゆっくり立ち上がると、ゆかりは私の身体を支えつつ顔を覗き込んだ。
「本当に大丈夫……?無理しなくて良いのよ」
「確かに身体に異常はありませんが……今日はもう、休んだ方が良いかと」
「ううん、平気」
彼女たちの手をそっと払って、みんなを見て、安心させるように微笑む。
私は、一歩、二歩と、彼の消えたドアの方へと向かう。しんと静まる影時間に、私の靴音だけが鳴り響く。彼が触れたドアノブを握る。ぬくもりはどうに消えていて、とても冷たかった。
少し振り返ると、みんなの顔がよく見えた。私の、私だけの、大好きな仲間たち。
私は、ドアノブから手を離した。
「不安にさせてごめんね。もう大丈夫だから」
コツコツと、仲間の元へと歩み寄る。みんなは、不思議と心配を入り交ぜたような顔をしていて、ほんの少しおもしろかった。
「ただね、キスの一つでもしておけば良かったなって。そう、思っただけなの」
だからね、絶対に、約束の場所に行かないと。次にあの人に会った時は、貴方に会えなかった寂しさを思いっ切りぶつけてやるんだから。
とびきりの笑顔で、貴方を迎えてあげるから。