私はあまり嫉妬しない側の人間だと思う。

彼氏が他の子と話していても別に気にはならないし、一緒に遊びに行ってても別に何とも思わない。自分はちゃんと好かれてるから大丈夫、だとか彼氏は絶対に他の子に目移りしないから、だとかそういう自信がある訳ではなく、ただ自分が気にしない性格だけなのかな、なんて思ったりする。けど実際の所自分でもよく分かっていない。





昼休み
食堂に向かう途中、一緒にいた友人が何かに気づいた。

「ねえ名前、あれって五色くんじゃない?」

友人が指さした先には紛れもなく彼が居た。隣にはクラスメイトであろう女の子と一緒に居て、何やら楽しそうだった。

「ほんとだ」

別にその光景に何とも思わず、友人の方を見た。

「え、何も思わないの?」
「逆に何を思うの?」

そう返答すれば、友人は眉間に皺を寄せてため息をつく。なんのため息なのか分からなくてしばし反応に困ってしまった。

「よく見て見てよ、あの子五色くんにめっちゃくっ付いちゃってるし、五色くんだって満更じゃなさそうだよ」

そう言われて、もう一度彼の方に視線を向けた。確かに距離が近いと思う。彼も楽しそうに会話をしていた。だからと言ってなにか思う事もない。

「仲良いなぁと思うけど、違うの?」
「あんた鈍感なのかそれとも関心が無いのかわかんないよ...あれを見てなんとも思わないのね?」

少し呆れ気味の友人に「うん」と返せば、また大きくため息をつかれた。




別に嫉妬とかそういう感情分からないし、何とも思わないし。


ただ、少し不安になった。
あの場面に直面したら普通なら嫉妬するんだろう。ただ私にはそれが理解できない。友人が呆れ気味だったのはきっと私がおかしいからだと思った。異性といる事で、異性と仲良くするだけで嫉妬という感情は簡単に溢れ出てくる物なのだろうか。経験した事がない自分にはまだ未知の世界だった。

「あ、神田と名前やっほー!お前らも食堂?」

横から別の声が聞こえて振り向けば、クラスメイトの多田くんが居た。彼はとてもフレンドリーで、3年間同じクラスだから割と仲が良かった。

「うん。多田くんも?」
「そうそう。弁当忘れちゃってさー」
「あんたほぼ毎日忘れてんじゃん」
「神田!それは言っちゃダメなやつ!」
「多田くんは何食べるの?」
「んー、俺はどうしよっかな」

途端、頭に手を置かれた。突然の事だったからびっくりしたけど、それ以上に特に何も無かったからそのままにしておいた。

「鯖味噌定食でいいかな」
「多田も鯖味噌定食なの?私もなんだけど」
「私も鯖味噌定食が食べたかったの」
「マジかよ!じゃあ名前の奢ってあげる」
「は?私にも奢れよ」
「お前はやだ!無理!」
「ひっど!名前が可愛いからって媚び売んな!」
「ひっでー言い様だわ、この間俺お前に奢っただろ忘れなんよ!?」
「でも多田くん大丈夫だよ、私お金持ってきてるし」

そう言うと、多田くんは私の頭の上に置いていた手でくしゃり、と私を撫でた。

「いいよ、俺の奢りで。その代わりたまには意識してな」

突然丸い声に変わった。目を細めて笑う彼は、いつも以上に優しい雰囲気を身に纏っていた。するり、と抜けていった彼の手。いつもと違う彼に少し驚いてその場に立ち尽くしてしまった。そして、ふと視線を移した先には工がいて、かちりと目が合った。彼は態とらしく目を逸らして、隣にいる女の子とまた喋り始めた。少しモヤモヤとしたけど、さほど気にならず2人の後を追いかけた。





___



工とは部活が無い日に一緒に帰っている。今日は彼の部活が無いから一緒に帰る日だった。いつも教室まで迎えに来てくれていたけど、なぜか下駄箱の前で待ち合わせになった。

あの日から彼の様子が変だった。秒で返ってくる連絡も返事が遅かったり、無意味に避けられたり。毎日している寝落ち電話も最近はしなくなった。でも私は彼が部活で疲れているんだろうなあ、と思っていた。次期エースとして期待されている彼は、周りよりも沢山練習しなきゃいけない。だから私はその邪魔になりたくなくて、自分から話をかけたり電話をかけたりしなかった。



「待たせてすいません」

声の方を向けば、少し息切れをした工が居た。多分走ってきたんだと思う。最近まともに会話をしていなかったし、会ってもいなかったから、彼を見るのが久しぶりで何故か新鮮だった。

「走ってきたの?そんなに待ってないよ」
「いや、でも待たせてたのには変わりないですから」

少しぺこりと頭を下げた。いつもと変わらない癖毛がピーンと伸びていたのが可愛くて頭を撫でる。するとガバッと勢いよく顔を上げて抱き着かれそうになった。でも、その直前で彼はハッとして、無言で先を歩いて行ってしまった。


「最近部活忙しいの?」

早歩きで進む彼に付いてこうと、自分も少し大股で歩く。

「うん」

素っ気ない返事に私は違和感を感じながらも、会話続けようとして必死に言葉を探した。

「最近寒くなってきたね、風邪とかひいてない?」
「うん」
「そっか〜...あ、そろそろテストだけど1学年は今回実技ないんだっけ」
「うん」
「でも工は牛島くんとか大平くんとかに勉強教えて貰えるからいいよね、私もそういう先輩欲しかったな〜羨ましい」
「うん」


会話の返答が全て二文字で返ってくる。こんな事が初めてでどうしたらいいか分からなくなった。相変わらず一歩先を歩く彼。久しぶりなのに無言で帰るのも正直きつかった。

「あ、あのさ「もういいから!」

突然大声を上げて振り向く。思わずビックリして一歩引いてしまった。

「...俺、ずっとずっと連絡待ってた。電話もかかってくるかなって思って、ずっと待ってた。待ってたのに、来なかった」

声が震えていた。今にも泣き抱きそうな声。なんて答えたらいいか分からなくて、彼の次の言葉を待つ事しか出来なかった。

「いつも俺ばっか、嫉妬するのも俺ばっか。好きなのも俺ばっか、電話かけるのも俺ばっかで、会いに行くのも俺ばっかり、名前さんは本当に俺の事好きなんですか?....俺ばっかり一方通行じゃないですかっ...?、」

ぽろりとアスファルトの上に雫が垂れた。彼を見上げれば、瞳から涙がぼろりぼろりとこぼれていて止まりそうになかった。

「前だって、気引く為に女子と話してたのに名前さんは、クラスの男子と仲良さそうに話してるし...俺本当は話したくなかったのに、名前さん少しは嫉妬してくれるかなって思って...」
「え、っと」

困ってしまった。泣いた彼を見たのが初めてで、しかもその原因が自分にあるという事に。今まで彼はたくさん我慢したんだと思う。私のせいでこんなに泣いてしまってる。私は嫉妬しないし、嫉妬という感情もよく分からなかったから、何も言わなかった。私が気持ちを伝えなかったからこそ沢山我慢して沢山悩んでしまったんだろう。私が苦しませてしまった。

「...俺彼氏だよ、仲良いからって他の人に簡単に触らせないでよ」

そう言われて頭によぎったのは、多田くんに頭を撫でられた事だった。仲良いならそういうスキンシップは当たり前だと思ってた。でも工は違うらしい。いや、私だけが違う。

当たり前じゃないんだ、自分の大切な物を赤の他人に触られるというのと一緒。彼は私を大切にしてくれている。まるで壊れ物を扱うかのように、優しい愛でいつも包んでくれた。私はただそれを受け取るだけで、彼に何も返せていなかった。感情豊かじゃなく、自分はただただ愛情表現が下手だった。


「ごめんなさい、」

それしか言葉が出なかった。じんわりと瞳の奥が熱くなって視界が滲んだ。なんで私は泣いてるんだろう。自分のせいで大好きな人を泣かせてしまったのに、私に泣く権利なんてないはずなのに。

それでも涙は次々と溢れてくる。いつもの彼ならきっと拭ってくれるんだろう。だけど彼はもういつもの彼じゃなかった。


「いままでありがとう、ほんとうに、だいすきでした...っ、」


最後の愛を投げて、彼は遠くへ消えていってしまった。私は最後の最後まで愛情表現が下手だった。今なら、今なら返せたのに。今更気付いた所でもう彼は帰ってこないし、優しい愛で包まれることはもうない。



「ごめんなさい、本当にごめんなさい...っ、でもだいすきだよ、」



初めて彼に向けて投げた愛は届くはずもなく、ただ儚く消えていった。





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