01
3年生になってから2、3週間程経ったある日、若利くんが1人の女の子を連れてきた。
「3年3組の苗字名前です。今日からマネージャーとして頑張ります。よろしくお願いします」
そう言った彼女は控えめに頭を下げた。部員のみんなが不思議そうに彼女を見る。まぁ3年生になってからマネージャーはそりゃビックリするよね。多分その他にも思う部分はあると思う。若利くんが女の子を連れてくる事が1番のびっくりなんだけどさ。
「苗字さん、結局マネージャーやる事にしたんだな」
「えっなになに知ってたの!?」
隼人が知っていた様な口調で話すから思わず声をあげてしまった。
「うん、頑張ろうと思って」
「いいじゃんいいじゃん一緒に頑張ろーぜ」
「自信ないけど、私なりにみんなの力になれたら良いなって思います」
彼女が控えめに笑うと、隣にいた若利くんも安心した様に少し笑った。
「てかてか若利くん、その子は若利くんのクラスメート?」
この学校に2年も居るのに見慣れない顔だった。ましてや若利くんと話してる所も見た事がない。すれ違ってはいるんだろうけど。
「あまり言っていないが、俺の幼馴染みだ」
若利くんがそう言うと少しザワつく。
「牛島さんの幼馴染みさんですか!」
工がキラキラとした顔で彼女を見た。獅音が「会うのは3回目くらいだね。元気そうで良かった」と言う。
待って逆に3回しか会ってないの??レアキャラなの??獅音で3回しか会ってないなら俺なんか絶対会った事ないじゃん。すれ違ってはいるとか思ってたけど前言撤回する。
「2年生の時に転入して来たから多分見ない顔だと思う。学校もそんなに行ってないから」
そう言われると納得した。だから見慣れない顔だったのか。気になった事が1つ解消され少し気持ちが晴れた。
「じゃあ一人一人自己紹介した方がいいよネ」
「あ、ううん。みんなの事は分かるよ。あなたが天童くんだよね」
「ええ?」
ビックリした。今日が初対面なのに名前を覚えられてるとは思わなかった。思うはずがない。
「みんなの事、若利から聞いてたんだ。えっと、左から瀬見くん、五色くん、川西くん、白布くんで...」
淡々と部員の名前を言っていく。素直に凄いと思った。てかよく覚えてられるなー記憶力どうなってんの。そんな事を考えていると、いつの間にか全員の名前を呼び終えていた。
「俺の事は工でいいです!よろしくお願いします名前先輩!!」
「あはは、若利が言ってた通りだ。元気だね、うん。よろしくね」
「五色あんまり調子乗んな」
「え゛ぇっ、白布さんなんで怒って...」
「白布賢二郎です。改めてよろしくお願いします」
工の言葉をガン無視する賢二郎に思わず笑ってしまった。
そして彼女が次々とみんなと挨拶を交わして、一通り事が落ち着いた。今日は挨拶だけしに来たみたいで、本格的な仕事は明日かららしい。事が終わった彼女は部員の方に体を向けて軽く会釈してから帰っていった。
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「いやー若利くんが急に女の子連れて来たからビックリしちゃったよ」
ケラケラと笑いながら言うと「まぁ」と言いながら自身の指にテーピングを巻いていた。くるくると指を動かしている若利くんの横に腰をかけて汗を拭う。
「なんであの子の事マネージャーにしたの?」
そう聞くと、テーピングをしている手を止めた。
なにかを言おうとして口が開いたけど、直ぐには出てこなくて少し静止したままに自分の指先を見つめていた。
「放っておけないから自分の傍に置こうと思った」
「え」
ようやく口を開いたと思いきや真剣な顔をしてぶっ飛んだ事を言うから間抜けな声が出てしまった。若利くんそれマジ?今自分がなんて言ったか分かってる?うーん...
いや、若利くんその発言はすごい。ていうか今俺めっちゃ変な顔してると思うわ。
まあ、若利くんがそこまで言うって事は相当大事な幼馴染なんだろうなぁと思う。今日だって付きっきりだったし、なんなら昇降口まで送っていってたし。若利くんがもはや過保護の親みたいに見えた。どんな子なんだろ、ますます気になるなぁ。
ぼーっとしているとテーピングを巻き終えた若利くんが立ち上がって、片付けをし始めた。
なんだかワクワクしてる。もしかしたら俺は、明日から少し変わる日常を楽しみにしているのかもしれない。そんな事を思いながら残り少ないスポドリを一気に流し込んで、足取り軽く練習に戻っていった。