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部活に初めて顔を出して、自己紹介するってなった時はこれでもかっていうくらい緊張していたけど、いざ挨拶してみるとそうでもなかった。きっと隣に若利がいたから少しは緊張がほぐれたんだろうなって思う。


「ただいま」


玄関を開けると、台所から料理の匂いがして鼻をくすぐる。その料理が何かわかった途端に、ローファーをすぐさま脱いで駆け足で台所に向かった。


「肉じゃがだ!」


台所の戸からそう言いながら顔を出すと、おばあちゃんが肉じゃがをグツグツと煮ていたところだった。


「おかえり。もう帰ってきたんだね」


ニコニコとしながらこちらを見ているおばあちゃんにいつもの安心感が込み上げてきて、背負っていたバッグを置いておばあちゃんの隣に行く。


「うん!今日は挨拶だけだったからすぐ終わったよ」
「そっかそっか、それは良かった。うまくやれそう?」


そう言ってお箸で具材を混ぜる。より一層いい匂いがして食欲がそそられた。


「若利もいるし、部員のみんなも優しいから大丈夫だよ」





中学の頃にお母さんから暴言を吐かれ、暴力を振るわれ、まともに部活も学校も行けなくなってしまい、しまいには高校に行くのも難しくなってしまった事があった。父親は小さい頃に出張先で交通事故に遭ってしまい、そのまま帰らぬ人となった。

お母さんはお父さんを亡くしたショックとストレスで変わってしまったんだと思う。お母さんが辛い気持ちは分かる。私もお父さんを亡くして暫くご飯も食べれなかった。だけどそのストレスを当てられるのはもっと辛かった。
お父さんが亡くなってから私と姉と母親で暮らす事になったけど、6個上の姉は高校卒業と同時に家を出ていって、助けを求める所がなくてその頃から自傷行為に手を出した。気付けば夏には外に出る事が出来ないくらい酷い傷になった。

部活の成績でなんとかギリギリ高校に行けた時。進学祝いでおばあちゃんに会いに行った時に、左手首の傷に気付かれてしまい、問い質された。嘘も付けなくて全て吐き出したら、死ぬ程怒って私のお母さんを叱った。その日からおばあちゃんが私を引き取り、おばあちゃんと2人で暮らす事になり、白鳥沢の方が近いからという理由で私は高校2年生の時に転入した。

昔からおばあちゃんに迷惑をかけている。その事があってからか、おばあちゃんは心配性になってしまった。何をするにも「大丈夫か」「いじめられてないか」などとよく聞かれる。

だからもうおばあちゃんに心配させたくなくて、少し不安がある中そう言ってしまった。目をつむって気持ちを落ち着かせる。すると急に頭を撫でられた。びっくりして顔を見上げれば、目を細めて笑うおばあちゃんと目が合った。

「大丈夫。名前の事はきっとみんな分かってくれるはずだからね。若利くんもいるならきっと大丈夫。でも、頑張り過ぎたら絶対だめだからね」

自分の心の中を見据えられて泣きそうになってしまった。弱いし、すぐ泣くし、若利みたいにみんなを引っ張っていける自信なんてこれっぽっちもないのに、私なんかがマネージャーなんかをしていいのかってずっと思ってた。転入した時も、転入早々部活に入るのも大変だろうから落ち着いて慣れてきた頃に部活に入ればいい、と若利が気を使ってくれた事。その事も鷲匠先生に2年生の時に先に伝えてくれて、3年生からの入部を受け入れてくれた。

若利も先生も、今の時期に入った私の事を変な目で見なかったみんなも、すごく優しいなって思ったんだ。だから私もみんなの力になりたいって。自信はないけど、明日から頑張りたい。


「...うん、頑張る。みんなの為にがんばる、おばあちゃんありがとうっ、」


ポロポロと大粒の涙が溢れてくる。私の頭を撫でるしわしわになった小さなおばあちゃんの手がすごく優しくて暫く泣いていた。


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