私は社交界というものがあまり好きではありません。 堅苦しくて、政治やお金の話ばかりで、心にも思っていないようなお世辞を並べて笑顔の仮面の被る人達。そんな中にいたら息が詰まりそうで肩が凝るのです。だから私は、重要な夜會でない限りは出席しないようにしているのです。あんな堅苦しいところに居るよりも、家で本を読んで新八君や坂田さんとお話をしている方がよっぽど楽しいのです。
或る冬の日の事でした。お父様が急なお仕事で、海外へ行く事になり、とても大事な夜會に参加出来なくなってしまいました。その夜會の主催者は次期内閣総理大臣になると言われているお方なので、お父様曰く、政界に知り合いの一人や二人作って置けば色々な後ろ盾が得られるらしく、どうしても欠席する訳には行きません。そこで私がお父様の変わりに夜會に出席することになったのです。政界のせの字も知らない脳天気な私一人では何かと不安だったのでしょう。なんと、坂田さんに私の付き人を頼んで下さっていたのでした。
「俺は、社交界なんて体験したことがないから……お嬢さんに迷惑を掛けてしまいそうです」
申し訳なさそうに長い睫毛で縁取られた瞼を下げる坂田さんを、私は思わず口をあんぐりと開けて眺めてしまいました。ふわふわの柔らかい銀髪は、後ろに流して、きちんと整えられ、いつの間に誂えたのか、黒いえんび服は長身の彼には良く似合っていました。どこからどう見ても素敵な殿方……言い方を変えると外国の王子様に見えるのです。
「お嬢さん?どうかされましたか?口を開けたまま固まってますよ?……俺の此の格好……似合ってないのか」
坂田さんが片眉を下げて苦笑しました。
似合ってないなんて、誰がおっしゃいますか!
「そんなことありません!凄く、お似合いですよ!凄く……」
「……。そうですか……」
褒められる事に慣れていないのでしょうか。坂田さんの頬がほんのりと紅色に染まったような気がしました。
「そろそろ時間ですね。行きましょうか」
坂田さんが、内ポケットから取り出した銀色の懐中時計を眺めて云いました。そんな彼の行動一つ一つが品やかで、私よりも貴族と云う言葉が似合っているように思えました。
「……お手をどうぞ、お嬢さん」
ぼんやりと坂田さんの行動を眺めていたので、数秒遅れて坂田さんが私に向かって左手を差し出して居る事に気が付きました。
「あ。はっ、はいっ!」
「威勢の良い御返事だ」
慌てて坂田さんの左手に自分の右手を置けば、何が可笑しかったのか坂田さんがクスクスと笑いました。
「……あの、坂田さん……これは……?」
「こんな俺で宜しければ、車までエスコート致しますよ、お嬢さん」
綺麗に微笑む坂田さんが眩しくて、私は思わず目を細めてしまいました。今日の坂田さんは何だか何時もと違って、輝いて見えるのです。今の坂田さんを見たら、彼が書生だなんて誰も思わないはずです。
「き、今日の坂田さんは何だか変だわ」
「そうですか?何時も通りだと思いますが……いや、お嬢さんに恥を掻かせないよう少し雰囲気を変えましたが」
「私なんかより、ずっと社交界が似合いそうだわ」
「……確かに、お嬢さんは社交界と云うより、御友人達と月一で開かれるお茶会が似合っている」
「まぁ、それはどういう意味かしら?」
「円舞曲よりもコロッケの唄が似合うという意味です」
「まぁ、酷い!最近の坂田さんは、私をからかい過ぎだわ!」
「……くくっ……。すいません、お嬢さんの反応が可愛らしいから、ついついからかってみたくなるのです」
「か、かわっ……!?」
茹で蛸のように真っ赤になる私を見て、坂田さんは更に意地の悪そう顔をして笑いました。今更ですが、どうやら坂田さんは人をからかっては反応を愉しんでい
るようなのです。そうこうしながら、坂田さんに手を引かれ中庭に止めてあるフォード車に乗り込もうとした時でした。
「銀……坂田さん!お忘れモノですよ!」
新八君がシルクハットを持って小走りで、こちらに向かって来ました。
「ああ、本当だ。帽子を忘れていた。すまないね、新八君」
坂田さんが頭を掻きながら車を離れ、新八君に近付いて行きました。それから、二人は二言三言言葉を交わしているようでした。
「あんた、くれぐれも素を出さないように気をつけて下さいよ。甘いモンに釣られてつい……とか阿呆な失敗しないで下さいね!」
「わーてるよ!ったく、てめぇは俺の母ちゃんかってんだ。俺ァ、そんなヘマするような馬鹿じゃねぇ」
「いや、馬鹿ですから」
「うるせぇな。その眼鏡に俺の指紋をべったりと付けるぞ」
「そんな地味な嫌がらせするなんて、あんたは何処の悪ガキですか」
二人で何をコソコソ話しているのか解りませんが、新八君は余程坂田さんの事が心配なのでしょうか。これでは、どっちが年下なのか分かりません。心配そうに
眉を下げる新八君が坂田さんのお母様に見えてしまい、私はついつい吹き出してしまいました。
「何を笑っていらっしゃるんですか」
「うわ!?」
車の扉を開ける音と同時に、坂田さんの声が聞こえて来たので、不意を突かれた私は驚いて一寸程、飛び上がってしまいました。あの意地の悪い笑みを浮かべた坂田さんは車に乗り込んで、私の直ぐ横に腰掛けました。
「お、驚かさないで下さい!」
「驚かしてなんか居ませんよ。ぼけっとしてたお嬢さんが悪い」
「……そりゃ、ごもっともで……」
何も言い返せなくなった私は、車が発車するのと同時に、ぷいと窓の外に視線を向けました。本当に、最近の坂田さんは質が悪い。隣にいる坂田さんを横目で盗
み見ると、彼は長い足を組んでコロッケの唄を口ずさんで居ました。
ああ、綺麗だ……。
胸が、弾みました。
彼の良く通る澄んだ低い声が、すらりと伸びた長い足が、抜けたように白い肌が、ふわふわとした綿菓子のような銀色の髪が……坂田さんの全てが好きなのです。
コロッケの唄:大正六年に流行した歌。