木造建物の縁側に座り、名前はぼんやりと夜の空を見上げる。そこにはまんまるの月が雲にちょっぴり隠れて儚げに浮いていた。
明治の世に来てからは目に映る物全てが新鮮であり、心が躍る一方で孤独感も日増しに強くなっていく。

帰る場所が何処にも存在しないというのはこんなにも心を不安定にさせるのだということを実際に体験して初めて実感する。
夜になるとどうも感傷的なっていけない。
名前は膝を抱え、静かに涙を流した。





「何故泣いているのだ」
『こいとさん…』
「何かあったのか」
名前の横に鯉登が座ると、黒い瞳が真っ直ぐこちらに向けられる。
ずっと目を合わせているのも何だか気恥ずかしく、名前はそっと視線を逸らした。

『この時代には家族や友人、帰る家など何もなくて、これから先ずっと独りで生きて行かなければならないのかと考えると…すごく心細くなってしまって……』
「………」
『…甘い事を言っているのは分かってますし、今更どうする事も出来ないのですが…』
「…おいが、」
『?』
"私がいる"と、無意識に言いそうになったのを鯉登は慌てて口を噤む。
私は今何を言おうとしていたのだろうかと、思わず口元を手で覆うと横目で名前を見た。


「……お前も分かっている通り、起きてしまった事を悲観していても何も始まらん。前に進むしかないのだ。それに、今は独りではない」
『鯉登さん…』
少しばかり厳しいようにも取れるが、鯉登のちょっぴり不器用な優しさがしっかりと伝わってくる。
名前は眉を八の字にし、目を伏せ、鯉登の言葉を噛み締めた。

『ありがとうございます。いつかはここを離れ、ひとり立ちして行かなければならないですし、後ろを見ている場合じゃ…ないですよね…』
「………そうだな」

月を隠していた雲が少しずつ流れて行き、暗闇の中からまた光を照らす。
ふたりはひと言も喋らないまま、ぼうっと上を見上げていた。


「…まあ、自分がこの先どうなるかなんて誰にも分からないんだ。ずっと独りだなんて決めつけるにはまだ早いかもな」
『……!』
「この先、お前の隣には誰かがいるかもしれんぞ」
夜空を見上げていた鯉登の視線が再び名前の方を向いた。
『鯉登さん…』


もしもこの先、自分の隣に誰かいてくれるのなら、あなたが良い。一瞬でもそう思ってしまった。



月はただ むかふばかりの ながめかな

心のうちの あらぬ思ひに――。

( 月を見ている でも、本当は何も見えていない。私が見ているのは、心の中のあなた。)



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