引く手多数の薩摩貴公子



「鯉登少尉殿、この名刺の山どうするんですか」
「捨てておけ」


軍人と交際をしたいと願う婦人達は沢山いる。その割合は女学生が多数を占めており、時には女学生が自分の名刺を握り締めて尋ねて来る事も珍しくはない。
その中でも薩摩の貴公子と呼ばれる男、鯉登音之進少尉は他の軍人と比べて群を抜いてモテていた。
褐色の肌に特徴的な眉毛、鼻筋も整っており、切れ長の目は鯉登の凛々しい雰囲気をより際立たせている。要は眉目秀麗びもくしゅうれい、美丈夫という言葉が似合う男であった。

女達の告白を鯉登も初めの方こそ律儀に対応していたものの、今となっては"私に名刺を持って尋ねてくる女が来たら帰ってもらえ"と部下に命令をする始末である。つまり面倒になったのだ。しかし、女性側もわずかながらの可能性を賭けて、せめて名刺だけでもと部下の胸にそれを突き出して帰る者もいる。その為、恋する婦人達の儚い想いが込められた名刺はどんどん増えていく一方であった。





「もし、今よろしいでしょうか…」

所用で鯉登と月島が師団通りを歩いていると、ひとりの婦人を筆頭に女学生のグループが声を掛けて来たので足を止める。もじもじする彼女らの様子にこの後に起こる展開を察した月島はひとつ溜め息を吐くと半目を鯉登へ向けた。


「あの……ひと目見た時から、素敵な方だなと思っておりました。是非この名刺を受け取って頂きたいですわ」
「私もでございます…」
「あの、私も…」


好意を寄せられる事に関しては満更でもない鯉登だが、今は恋愛などに現を抜かしている場合ではないのだと憧れの上官である鶴見に想いを馳せる。その溢れんばかりの想いも今はそっとその蓋を閉じて、頭の中を切り替えた。

「気持ちだけはもらっておこう。しかし今はそういう事は考えていない。だからそれを受け取る事は出来ない」

そう言って顔を上げると、残念そうにする女学生達の中でただひとり、そっぽを向いて不機嫌そうにしている女がいた。彼女もまた見られている事に気が付くと、鯉登を馬鹿にするようにハッと鼻で笑い"趣味が悪い"とまさかの言葉を言い放った。
一瞬何を言われたのか理解出来ずに目を見開くも、エコーがかかるように頭の中で繰り返される先程の名前の言葉の意味をようやく理解する。
「…あ?」
口を引き攣らせながら地を這うような声を漏らす鯉登にその場に居た全員がぴしりと身を固めた。


「ちょ、名前さん!謝りなさい!」

ハッと我に帰った女学生グループのうちのひとりが慌てて口を開き、それを皮切りに他の女達もあーだこーだと名前を咎めるが、自分の言っている事は間違っていないとした態度で彼女らを見据える。

『私は思った事を言っているだけです。乙女の気持ちに対する向き合い方がどうも私は気に入りません。』
そう言ってびしりと彼の方へ人差し指を突き出す名前に鯉登は思わず身体を反らした。
「ぐぬっ…」
『もらった名刺を燃やしているなんて話しを耳にしておりますし、その様子を見たという方もいるとか。お国の為に命を張って頂いてる事には感謝しておりますが、人としてはどうかしら?』
「保管しておくにも限度がある。処分するのは致し方のない事だ。言いたい事はそれだけか?」
『捨てるくらいなら名刺を受け取らなければ良いのでは?』
「無理矢理押し付けてくるのだから仕方ないだろう」
『まあ!なんて言い草!』



ゴゴゴ…と名前と鯉登の2人の間には火花が散る。

双方の雰囲気に気圧けおされてしまった女達は「申し訳ありませんが私達はその、失礼させて頂きます…」と引き攣った顔で言い残し、更には名前を置いてどこかへ行ってしまう。
名前はぎゅっと唇を噛み、静かに俯く。


「……あれはお前の友ではないのか。お前を残して去って行ったではないか。私の事を人としてどうこう言っていたが、その言葉はそっくり返させてもらおうか」
『思った事を言い合えないような友人など私はいりません』
「…ぐぬっ」
名前のハッキリとした物言いになんて強情な女だ、と一歩身を引くが、しかし鯉登も後には引けず、小馬鹿にするようにまた口を開いた。

「ハッ!そこまで気が強いと女学校では浮いているのではないか?」
『……っ、……』

"浮いている"という言葉にぴくりと反応を示した名前を鯉登は見逃さなかった。罵詈雑言の応酬の勝利を腹の中で確信するとにやける口元を手で覆い隠し名前を見下ろした。

「鯉登少尉殿…」
隣からは"大人気ない"と言わんばかりの月島の冷めた視線が突き刺さすが当人は知らないふりを決め込んだ。

『…私が何も言い返せなかったからって、口喧嘩で勝ったなどと思ったのですか』
「だったら何だ」
『……子供っぽいですね』
「それを言うならお前は可愛げがない」
『………』
「何か言ったらどうだ」
『…………』

「少尉殿、やりすぎです」
このまま追撃すれば泣き出してしまうだろう名前の表情に鯉登は加虐心が満たされるような、なんとも言えない妙な気分に支配されていたのだった。



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