ぎゃふんと言わせたいあの子
蘇枋隼飛という男は謎の多い男だ。
しかし、どんなに完璧で掴み所がないような人間だとしても誰しも苦手とするものがひとつやふたつ存在する。
今までにあらゆるちょっかいを吹っかけているが、名前が蘇枋に勝った事はまだ一度として無い。
どうにかしてあの涼しい顔を崩してやりたいと日々願っていた時に、どうやら彼は納豆が苦手らしい事を風の噂で耳にする。
名前の目にはキラキラと光が満ちていた。
それから翌日、名前のスクールバッグの中には様々な"納豆料理"がパンパンに詰まっていて、同じクラスの友からは「納豆臭ヤバすぎ」「女が醸し出していいニオイじゃない」などと鼻をつまみながら心底不愉快そうに距離をとられる。
どんなにクサイと言われようとも蘇枋をぎゃふんと言わせられるのならばそれでいいのだと、多少の犠牲は致し方ないのだと実に勝手な持論で自分を納得させた。
*
『やいやい蘇枋隼飛!やっと出てきたな、遅いぞ!』
「えー。名前ちゃんと待ち合わせした覚えはないんだけど」
彼女の一方的な待ち伏せは一度や二度だけではないが、そもそも蘇枋と名前はどう言った経緯でこのような関係になったのかは謎である。
「苗字さんお久しぶりです…って言うかなんか変なニオイまとってませんか…?」
蘇枋の横にいた楡井は顔をしかめながらも恐る恐る名前に尋ねると、よくぞ聞いてくれましたと言わんばかりに距離を詰めていく。
「あれ、クサイって言われてるの気付いてない?」
蘇枋の辛辣なツッコミを無視して名前は続けた。
『蘇枋にお土産持ってきてあげたわよ。その名も…』
「その名も…?」
楡井はごくりと唾を飲み込みその言葉の続きを待った。
『じゃじゃーん!納豆クッキーと、納豆ジュース、そして普通の納豆パックでーす!』
「「………」」
『あんたの苦手な物フルコースよ』
「違うけど」
高々と言いのける名前に蘇枋は早々に否定するが、もはや本人の耳には入っていないようであった。
『今日こそアンタをぎゃふんと言わせてやるんだからね!覚悟しなさい!』
「えええっ!?」
「へえ…」
驚く楡井と笑みを浮かべたままの蘇枋を他所に名前は高らかに続ける。
『まずはこの私が直々にクッキーを食べさせてあげるわよ』
あーんして待っていなさい、と続け様に言うと名前は猪のように地面を強く蹴り、胡散臭い笑みを浮かべる蘇枋へと勢い良く駆け出す。
手にはむわりと禍々しいにおいを放つクッキーがしっかりと握られていて、それはまるで特級呪物のようにも見えた。
「ひいっ…!」
顔を青くしながら楡井の瞳にはふたりの攻防がスローモーションのように映し出される。
そしてあと少しで口元だという所で蘇枋にさらりと交わされてしまい、気付けば地面へと座らされていた。
『へ?』
何が起きたのか分からず、名前は目をぱちくりとさせる。恐る恐る顔を上げて見れば、彼の涼しい顔がこちらを見下ろしていた。
「オレに見下される気分はどうだい?」
『……え』
「どうにかして負かそうといつも必死で可愛いと思うよ」
『……え?』
「でもちょっとお仕置きね」
呆けたまま固まっている彼女を立たせ、顎を掴み、もう片方の空いた手で異臭を放つそれを口の中に放り込んだ。
名前はサーっと全身の血の気が引いていくのを感じた。
そしてじわりと涙が浮かぶ。
『ま、まっへ…』
「ほらほら、食べる事に集中しようか」
『ひっ』
「ちゃんと噛んで飲み込んで」
『………』
抵抗してももう無駄なのだと悟った名前は少々嘔吐きながらもそれを咀嚼し無理やり飲み込んだ。
納豆クッキーという名だけあって"ねちゃり"とした実に不快な感触が口内で広がる。
『うえっ……きもちわるい…』
「名前ちゃん。悪い事をしたらなんて言うのかな」
『わたしまだ何もしてな…』
「え、なに?」
『なんなら蘇枋の方が…』
「この後に及んで言い訳するのかい?」
『は、はなしてよ…』
「ほら、なんて言うの?」
両頬をぐにゅうと引っ張られ、名前のまぬけな顔が蘇枋の瞳に映る。
一連の流れから力の差を分からせられた名前は観念するしかなくなってしまった。
『………ごめんなさい』
「聞こえないなあ」
『聞こえないわけないじゃん!耳くそ掃除したら』
「え?もっと凄いことしたいって?」
『もっと凄い事ってなによ!』
本格的に名前が泣きそうになるのを見ると蘇枋はパッと手を離す。
「あははっ」
そしてまた一連の流れを静かに見守っていた楡井は、うっすらと頬を染めながらマル秘ノートに"蘇枋さんはドS"と付け加えた。
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