04


 


「君の美学はなんや!?」
『えっ……』

はるか頭上からずいずいと迫る柘浦に名前は引き気味に上半身を反らす。

彼は人に美学を聞く事でその人間の生き様が現れると考えており、初対面の人間や仲良くなった人間には必ず聞いているようである。
突然そんな事を聞かれても普段からそれを意識して生きていないものだから、なんと答えたら良いのか分からず名前は考えあぐねていた。

ふたりのやり取りを側で傍観していた蘇枋と桐生、楡井は"またやってる…"と言った様子で苦笑いしていて、杉下と桜に至っては関係ない場所でメンチの切り合いが始まっていた。






自分の美学とは何だろうか。
迫り来る柘浦を他所に名前は自分の世界に入り込む。

前の学校では、人生で初めていじめと言うものを体感し、何故標的にされなければなからなかったのか理由も分からないまま地獄のような毎日を送る学校生活で、元々内向的で気弱な性格であった名前を塞ぎ込ませるには充分な経験であった。

今でも足元を見てしまう事が多く、はたして前に進んでいると言えるのだろうか。
柘浦のたったひとつの質問で現在置かれている現実を改めて突きつけられたような気持ちになっていた。


『……僕は色んな事から逃げてばかりだから』
「ん?」
『美学なんてそんな大層なもの持ち合わせてないかな。なんかごめんね』
‪「ちょお待ち、そんな悲しい事言うたらあかん。もっと前向きにいかな!」
『そう、だよね…!でも、ごめん』

改めて自分の事を見つめ直したくて、無理やり会話を終わらせると、背中を丸めてとぼとぼ教室を出て行く。
一連の流れを静かに見守っていた蘇枋は、オロオロする柘浦の背中を元気づけるようにぽんと叩いた。

「蘇枋〜、どないしよ…ワシやらかした?」
「大丈夫だよ。でも、何か落ち込んでるようだったし、ちょっとオレに任せてくれる?」
「ぐう…!任せたわあ…」







「みーつけた」
『わっ!』

死角からひょっこりと顔を出してきた蘇枋に名前はびくりと肩を揺らす。
そこは階段の踊り場で、人通りも少ない事からひとりになるには最適の場所であった。
階段の隅にちんまりと座る名前の隣に蘇枋は腰を下ろした。


『………』
「………」
しばらく沈黙の時間が流れたが、早々にそれを破ったのは名前の方であった。


『ごめん』
「それは何に対して謝ってるの?さっきの事?」
『わたし、柘浦くんに嫌な態度とっちゃったし蘇枋くんにも迷惑かけて…』
「へえ。苗字くんてやっぱり女の子だったんだ?」
『へっ?』


何の話しだと、名前は思わず素っ頓狂な声が出る。


「一人称が"わたし"になってるよ」


満遍の笑みで見下ろす蘇枋と空いた口が塞がらない名前。
"やってしまった"と言わんばかりに両手を口元に持っていく彼女を蘇枋は笑った。

「君は本当に分かりやすいね」
『これは、ちがくて…』
「もう隠さなくていいよ。きっとそうだろうなって思ってたから」
『え?…あ……』


そう言われて先日の蘇枋とのやり取りをふと思い出す。

彼に男装がバレている可能性があるという事を分かっていながら、自らそれを露呈させてしまった事に名前はがくっと項垂れた。


「…さっきも言ったけど君は自分が思ってる以上に分かりやすいから気を付けた方がいいと思う」
『そう、だよね。はあ…なんだかなあ』

自分なりに色々考えて、ここに来たにも関わらず、全てが中途半端になってしまっているようで情けなさからほろりと涙が溢れる。


「…大丈夫?何か追い込ませちゃったかな」
『ううん。蘇枋くんは悪くなくて、これは、私の問題で…』
「何か事情がありそうだね」
『…っ、』
「ほら、泣かないで」


彼女がそこまで思い詰めている理由とは一体なんだろうかと思考を巡らせながら、なんとなく手を伸ばすと頬を伝う涙にそっと指先が触れた。

突然触れられた事に驚いた名前は思わず変な声が出てしまい、恥ずかしさからその顔をみるみる熱くする。


『ごめん、なさい、ちょっと…びっくりしてしまって…』
「………」
『すおう…くん…?』


沈黙したまま名前の顔をじっと見つめる蘇枋の視線に居た堪れなさを感じ、ごにょごにょと口を開いた。

『あの、なんか、ごめん…』
「分かってないなあ」
『…え?』

焦ったような、困惑した様子の名前の顎に手をやると、鋭い三白眼がその瞳を捉えた。
突然のその行動に対しぴたりと静止した名前に蘇枋は続けて口を開く。

『あ、あの…すおうく「次は襲っちゃおうかなあ」
『…っ、え…?』
「改めて言うけど、ここは男子校だよ」

顎に触れていた蘇枋の手が少しずつ下へと移動して名前の首筋を撫でる。
くすぐったいのとは少し違う、妙な感覚に気付けば色の含んだ声が出てしまい、名前は反射的に口元を手で抑えた。

「男はそんな反応しないよ。この意味分かるよね」
『…っ、』
「なんてね」
『え…?』

そう言って触れていたその手をパッと離す。

「オレも出来る限りフォロー出来たらって思うけど、立ち振る舞いは気を付けようか」
『………はい』





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