05


 


「柘浦君には謝れたのかい?」
『ちゃんと謝ったよ』
「えらいえらい」
『…………』

蘇枋との踊り場での一件から"物理的な"距離感がより一層近くなった気がした名前はふわふわとした感覚が抜けないままであった。

こちらは色々と意識してしまうのに随分と余裕じゃないかと、ただただ揶揄われているのではないかと思い始めていた。

「何考えてるの?」
『…っ!』

いつの間にか蘇枋の顔が真横にあり、驚きのあまりぴしりと固まる。
すると蘇枋はくすりと笑い「君は本当に分かりやすいね」と、ひと言。
名前は一気に頬が熱くなった。

甘い雰囲気を漂わせる蘇枋に名前は目のやり場に困り、おろおろと視線を彷徨わせる。


『…あ、あのね蘇枋くん!毎回思うんだけど、心臓に悪いからその…近いのと、色気みたいなのを撒き散らすのはやめて欲しいと言いますか…』

踊り場での出来事を含む蘇枋の行動はまるで少女漫画のようなシチュエーションを連想させてしまうのだ。
名前は元々女子校出身であったが為、男に免疫はほぼない。

「ははっ、色気って。君は面白い事を言うね」
『結構真剣なんだけど…』
「そっかあ、苗字くんにはそう見えるんだねえ。へえ、何だか照れちゃうなあ」
『………』
「あははっ」


食えない人間とはこういう男の事を指すのだろうと半目で睨んだ。







場面は変わり、1年1組。


「苗字って喧嘩弱そうなのによくここ選んだな」

奔放に机が置かれ、雑多なざわめきの音がまるでBGMのように響く教室。数人が集まる輪の中で桜から発せられた言葉に名前はきょとんとした様子で顔を向けた。

「桜ちゃん直球すぎでしょ」

彼の雑な物言いに桐生が苦笑いする。

『一風変わった学校だって知らなかったんだ』
「ああ、外部から来たんやったっけ?」
『うん。まあ、喧嘩は出来ないけど、自分なりに出来る事やって街に貢献してるつもりではいるよ』

ペンキ塗りとか、ペンキ塗りとか…

聞こえないようにぼそりと呟いたつもりだが皆にはしっかりと聞こえていた様で、桜からは「ペンキ塗りばっかじゃねぇか…」と呆れられていた。

「それでも、出来る事からこつこつ行動する事はとても良い事だと思いますよ」
『そう言ってもらえて嬉しいよ。ありがとう楡井くん』
「まあ…無理すんなよ。喧嘩出来ねぇんだし」
『…桜くんは頭の中喧嘩のことばっかだね』
「言われちゃったね桜ちゃん」
「うっせ!」





なんでもないただの会話だ。

そんな些細な事が名前にとってはとてもありがたくて、今この時間を噛み締めていた。
ただの普通の会話すら前にいた環境では出来なかった事なのだから。


「苗字くん、なんだか楽しそうだね」

蘇枋がにこりと傾げる。

『…うん、みんなと喋るの、すごく楽しいんだ』
「そう」
『ああ、今、ちゃんとした学校生活が送れてるんだなって、ふとそう思って』


伏し目がちにそう呟く名前に蘇枋はそれ以上踏み込むような事はせず「そっか」とだけ短く返した。



back / home