押しに弱き者
『梶くんが好きです!連絡先教えて下さい!』
「〜〜〜〜〜っ…!なんで!」
『きゃはー!女の子耐性無いの最高にグッドです!』
「うぐっ…」
手をわきわきさせ、卑猥な表情を浮かべながら近付いて来る名前に梶はひくりと頬を引き攣らせた。
今までの彼の少ない人生経験の中では見た事のない部類の人間で、どう対応していいのか分からずに梶は逃げるという選択肢を選んだ。
この話しを榎本や楠見にするや否や、死ぬほど笑われたのでもう二度と奴らにはこの話題を出さないと腹に決めるのだった。
*
『あっ、偶然ですね〜!今日も大好きです!』
翌朝、満遍の笑みを浮かべながら手を振るのは
件の女子である。
彼女が何処に住んでいるのかは梶は知る由もないが、自宅から学校への通学路を知られているのは何故なのだろうか。彼女のあの抜かりがない様子からして絶対に偶然ではないと根拠はないが何処か確信が持てた。
『梶くん、おはようございます!私は苗字名前、学年は梶くんと一緒ですよ』
「今さら自己紹介かよ」
『名乗ってなかったなあと思いまして。というわけで今日からは名前って呼んで下さい!あと大好きです!』
「………」
『あ、いけない、学校遅刻しちゃう!梶くん、また来ますねー!』
慌てた様子で名前が一歩脚を踏み出した瞬間、足下に落ちていた石ころに躓くというお決まりを決め込み、地面へと倒れて行く。
名前はぎゅうっと目を閉じ、これから来る痛みや衝撃を覚悟していたが、突然大きな力で腕を引っ張られ、気が付けば彼に抱き留められていた。
「…っ、危ねえ…気を付けろ」
『…………』
「おい、聞いてんのか」
『…………』
「……?」
いつまでも反応がない事に疑問を持ち、目線を下に向けるとパーカーの胸元あたりを掴み、腕の中で名前が顔を真っ赤にさせていた。
瞬間、梶は心臓が大きく跳ねた。
*
「梶」
「………」
「聞こえてるかぁー?」
榎本がため息を吐きながら楠見に視線を向けると"聞こえてないね"とでも言うようにふるふると左右に頭を振る。
というのも、今朝からずっとこの調子で、いくら声を掛けても揺すってもうわの空であった。
そんな調子でなんやかんや気づけば時計の針はてっぺんを指していた。
そして榎本はおにぎりを頬張りながら思考していた。梶に何が起こったのかと。
それからふと先日のやり取りを思い出す。
"変な女に毎日待ち伏せされている"
あの時はひーひー笑って終わったがもしや。
「梶、前に言ってた女子と何かあったか?」
「……!」
どうやら図星だったようで、梶はぴくりと肩を揺らす。
「話してみるぉ」
先日に大笑いされていた梶としてはこの件についてはもう二度と口にしないと誓ったばかりであったが、この昼時までに色々と迷惑をかけていた自覚もあり、渋々ながら重い口を開いた。
「笑ったら殺す」
物騒な言葉をぼそりと吐き捨て、かくかくしかじかと事の経緯を説明すると、隣で静かに聞いていた楠見がずいっと梶の方へとスマホを向けた。
"ギャップ萌えってやつじゃない?名前ちゃんって子のこと実は気になってたりして"
打ち込まれた文章を半眼で見た梶はみるみる顔を赤くし「そんなわけあるかあ!」とどでかい声で叫び散らかすのだった。
*
『梶くんこんにちは。朝はありがとう!大好きです!』
「〜〜〜っ!」
朝の事といい、楠見の事といい、毎度の事さらっと告白をまぜてくる事といい、頭の中でそれらがフラッシュバッグしてぶわっと汗が吹き出す。
「…な、なに!」
『…今日は梶くんに聞いてもらいたいことがあって』
「……?」
いつに無く真面目な雰囲気を纏う名前に梶は少しばかり狼狽えるが、彼女の意思を汲み取り静かに話しを聞く体勢を取った。
『…私ね、初めて梶くん見かけた時、口は悪いし怖いし、正直言って第一印象はあまり良くなかったんだ』
「………」
『うちのお婆ちゃん、もう亡くなっちゃってるんだけど、生前はよく気に掛けてくれてたよね』
「…亡くなってる?」
亡くなったお婆さんと言えば梶の中でひとり心当たりがあった。
「お前、もしかして花屋の隣に住んでた婆さんとこの」
『そうだよ』
病気で呆けが始まっており、スーパーではレジを通さないまま外に出ようとしたり、まあ色々あった。
そんな状況の中で梶と縁が繋がり、そこからは何かと気にかけていたのである。
名前としても大変ありがたかったのを覚えていて、他人にここまでしてくれる人間がいるのかと名前は梶に興味を持つようになった。
『おばあちゃん、いーっつも梶くんの話ししてたよ』
梶の言葉は確かにキツい部分もあるが、ただ不器用なだけでそこには優しさがある。
凄くシンプルな事だが、名前は自然と梶蓮という人間に惹かれていった。
『もうそれからは私の王子様見つけた!って感じでつい舞い上がっちゃって!』
「……っ、」
『ちょっと行き過ぎた所もあったかもしれないけど…』
「…自覚は…あったんだな」
『えへっ!でもね、どうしても梶くんが好きだから』
「………」
『だから、その…改めて、梶くんが…好きです!だから、私とお付き合いして下さい!』
名前はぎゅうっと目を瞑り、梶の返答を待つ。
「………」
沈黙の時間が訪れたが、暫くすると名前は手を引っ張られる。咄嗟に目を開けた時には彼の胸に自分の頬がとん、とぶつかった所であった。
梶に抱き締められた事に名前は驚いたが、彼の答えはこの行動が全てを物語っているとすぐに理解すると、目を伏せながら自然と笑みが溢れた。
『…梶くん、大好きです』
「……何度も聞いた」
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