肥えた金魚は沈むだけ



 私は金魚。水盤の中で、静かに泳ぐことしか出来ない金魚。

 水盤の縁から外を覗き見る事で、私は満足することが出来るのよ。ああ、そうじゃないわね。満足しなければならないの。
 外に出たいとは思わないわ。だって、私はこの世界でしか生きられないんだもの。水盤から飛び出たとして、待っているのは自由なんかじゃない。待ち構えているのは、無残な死。それぐらい馬鹿な私にだって理解できるわ。
 
 だってほら、見てごらんなさいな。この微温湯に浸りきってふやけ出した体じゃあ、まともに外を歩くことなんて出来やしないじゃない。そんな体を曝け出して、世間様の荒波にもまれてごらんなさいな。この、なんの力もない手足なんてすぐにバラバラにされてしまうのが関の山よ。

 それに。最近じゃあね、この狭い世界すら、自由に泳ぎ回ることもままならないの。私、この世界で長く生き過ぎたのね。この世界の大きさに合わなくなってしまったのね。
 でももう、遅いの。
 そう。気が付いた時には何もかも遅いの。手遅れなのよ。藻掻くことすら、出来ないの。

 泳ぎ回るためのヒレを自分で切り捨てて、甘言を貪りぶくぶくと太った金魚はね、水の底に沈むことしか出来ないの。今まで自分が落としたフンの上で、事切れるのを待つしかないのよ。
 滑稽でしょう。笑ってもいいのよ。馬鹿な金魚の――私の最期を。



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